深紅の竜
シオンの叫び声と同時に手にした七星の御剣が赤色の光を帯びて輝きだした。
光はやがて剣に納まっているルビーに収縮していく。
やがて収縮された光は赤い球体となり剣から離れた。
「それは・・・なんだ?」
振り上げた剣を下ろさずにいるバルトが止まっていた。
目の前にある赤い球体は徐々に球体から形を変えていった。
球体からは6つの突起が生え、そのうち1つの先端が裂けるように口となり目鼻立ちの輪郭が露わになっていく。
4つは手足となり、手足の先には全てを割くかの如く鋭い爪が生える。
残りの1つは尻尾となり徐々に全身が鱗のようなもので覆われていった。
最後その背中から一対の翼が現れ、その姿が顕現した。
「やっと出てこれたぞ。
封印は完全に解けてないからな。
まぁ、今の時点ではこんなものだろう。」
その生物は自身の身体を見渡すとやや不満そうに呟いた。
生物の言葉通り見た目は可愛らしい掌サイズであった。
「お前が我が契約者か?
よくぞ我が名を呼んだ。
我がシグマである。
しかし随分と貧弱じゃのう。」
掌サイズのシグマと名乗る生物はシオンと相対し、その鋭い視線でシオンを値踏みするように見ている。
「はぁ・・・。」
事態が完全に飲み込めていないシオンにシグマは告げる。
「お前がそこの指輪を使って封印を弱めたのだろう?
それでもまだ封印が強いせいで、この姿でしか出て来れなかったがな。」
事態が呑み込めないシオンに対し、シグマは身体を反転させバルトの方を向いた。
「準備運動代わりに今日は特別大サービスだ。
殺すのはあいつか?」
シグマの声にバルトは笑い出した。
「ブハッ・・・殺す?
その可愛い竜の人形が?
ハハハハ・・・気でも狂ったか?」
「あ゛?」
シグマの一声で周りの空気が別の意味で凍り付いた。
「貴様、面白い事を言うな。
仮にも全ての精霊の頂点に立つ我を侮辱したのか?」
掌サイズにして、尚余りある殺気にシオン迄もがたじろぐ。
次の瞬間シグマはバルトの目の前に居た。
「なっ・・・。」
瞬間バルトは驚きながらも反射的に大剣を振り下ろした。
ジュッ
振り下ろした大剣が一瞬で蒸発した。
「これで終わりか?
口ほどにも無い。」
シグマはバルトの目の前で悠々と浮いていた。
「さて我を愚弄した罪、貴様の死をもって償ってもらおうか。」
シグマの目付きが代わり、周囲を熱した空気が集まり始める。
「ひっ・・・。」
バルトは丸腰で魔力の大半を使い切り、怯えた表情で一歩後ずさる。
「死ね。」
「駄目だっ。」
とっさにシオンは叫んだ。
「何故?」
シグマはシオンに問う。
「そいつを裁くのはレイナさんとアルジュリア様だ!」
その言葉を聞きシグマはバルトに告げた。
「命拾いしたな。
貴様は中々運が良い。
普段なら人間の命令など聞かぬが、今日はすこぶる気分が良い。
契約者に感謝するが良い。」
安堵と共に腰から砕け落ちるバルトに向かって、シグマは翼を羽ばたかせた。
「だが・・・。」
その瞬間、バルトは全身炎に包まれた。
「我を愚弄した罪は消えぬ。」
暫くした後炎が消え、服は焼かれ全身焼けただれたバルトが地面に倒れた。
「なっ!」
言葉を失うシオンにシグマが告げた。
「案ずるな。
皮一枚焼いただけだ。
死んではおらん。」
シグマはフワフワと浮きながらラルフの氷の上に来る。
「今日は出血大サービスだ。」
シグマが再び羽ばたくと一瞬炎に包まれた氷が炎が消えると同時に消滅していた。
ラルフはその場に何事もなかったかのように横たわる。
だが以前意識はない。
「ラルフ、ラルフラルフラルフ・・・。」
レイナはすぐに近寄ったがラルフは動かない。
「凍っていたのだ。
すぐには意識は戻らぬ。
だがじき戻るだろう。」
シルファの氷も溶かしたシグマが話しながらシオンの肩に乗った。
「さてこやつはどうするつもりだ?
燃やすか?」
シグマは怯えているカイトを見ながら言った。
「ひっ・・・。」
カイトはヨダレと涙を垂らしながら失禁している。
「ツァルファード家に引き渡します。
我々が裁いて国交が更に抉れる可能性もありますから。」
しかし、レイナの言葉とは裏腹に突如カイトの動きが止まった。
「ぐ・・・が・・・。」
カイトは言葉にならない悲鳴にも似たような声をあげた。
そのまま一瞬何かに締め上げられる様に形を伸ばし、言葉の通り握り潰される様に小さくなっていく。
「何が起こってるんだ?」
シオンは溶かされたシルファを抱き抱えながら見ていた。
やがてゆっくりとカイトだったモノは凝縮していき、完全に小さな透き通るような水色の宝石に変化した。
その色は人から成るような色ではなくとても神秘的で、だが心を握りつぶされるような恐怖を感じる色だった。
その宝石はゆっくりと上昇していく。
シオン達がその宝石を眼で追うと、その先にはまるでそこに最初からいたかのように人影が浮いていた。
宝石はゆっくりと上空に浮かびその者の手に吸い込まれていったのであった。