絶望の氷
【魔法の詠唱】
詠唱は1,2,3,5,7,11・・・と素数の唱節で構成される。
唱節一つ一つには意味はないがそれが連なると魔法としての意味を持つ。
唱節が長くなるにつれて詠唱は高威力の魔法となる。
また無詠唱で魔法が唱えられるのは一部の天才のみ。
ただし無詠唱で唱えられるものは3唱節までとされている。
「・・・何を言ってるんだ?」
カイトは意味が解らないままバルトの方を振り返り聞き返した。
「簡単な事です。
今ここにいるのは呪いを継続するために魔力を消費し続けてる脆弱な王子と泣いてるだけで何も出来ない哀れな王女、ついでに何の力もないガキ二人だ。
そしてここに来ている事は誰も知らない。」
バルトの言葉の意図を察したカイトは睨みつけながら言った。
「つまり欲に目が眩んだという事ですか。」
一方シオンもバルトに対峙しながらコテツに手をかけたのをバルトは見逃さなかった。
「おっと刀は捨ててもらおうか。
でないと真っ先にコイツが死ぬぞ。」
バルトは言葉を荒げながらナイフを抜きレイナの首に当てた。
切っ先がレイナの喉元の白い肌に押し当てられる。
「くそっ。」
バルトの行動に真実味を帯びているのを察したシオンは刀を雪の中に投げ捨てた。
「馬鹿な、レイナには手を出さぬと約束したではないか。」
カイトが必死で叫ぶがその声はバルトには届かない。
「私が王になるには全てが邪魔なんだよ。
そう、貴様すらな。」
バルトはそう告げると呪文を唱え出した。
「仄暗い最果ての地。
したたり落ちる黒き血潮。
吹き荒ぶ凍てつく風。
其は常世の闇の住人。」
レイナの目は虚ろで、ただ涙を流していた。
その詠唱を途中まで聞いた時、シオンは気づいてしまった。
「まずいっ、あれは7唱節か。
シルファーッ!!」
シオンはシルファに向かって叫ぶ。
シルファはシオンの声に応えるように詠唱を開始しようとした。
その瞬間、バルトはレイナを突き飛ばし、その手をレイナにかざす。
「駄目だっ、間に合わないっ!」
そしてバルトは詠唱を続ける。
「暗き奥底よりそれは現れる。
永遠よりも刹那を望む。
切なる絶望をもって決して溶けることのない氷を汝に。
コキュートス!!」
バルトから放たれた魔法は真っ直ぐレイナに向かって飛んで行った。
レイナは思わず目を瞑った。
そしてそのままレイナに直撃したかに思われた。
しばしの沈黙ののち、レイナは自分に意識があることに気付く。
レイナはゆっくりと目を開けた。
目の前には1人の男がたたずんでいた。
「ラ・・・・・・ル・・・フ・・・。」
レイナの目の前には彼女をかばうようにラルフが立っていた。
「レ・・・イナ・・・よか・・・った。」
ラルフは振り返るとレイナを見ながら告げた。
その足元はキラキラと輝く氷が包み込んでいた。
その氷はゆっくりと上がっていく。
「ラルフ・・・・・・ラルフ・・・私は・・・・・。」
「わかっ・・・てる・・・・・よ。
無事で・・・よか・・・・・・。」
ラルフが言葉をつむぎ終わるよりも早く覆う氷は全身を包みこみ、
そしてラルフは完全に沈黙した。
「なぜここに居るかは知らないが好都合だ。
こいつも始末するつもり予定だったからな。」
バルトは腰を抜かして怯えてるカイトを一瞥した。
「まったく、カイトから金を受け取ってレイナの前から消えれば良かったものを。」
「どういう・・・事・・・・?」
「なんだ?
王女のくせに察しが悪いな。
カイトは金で別れさせようとしていたんだよ。
まぁ、こいつは突き返したらしいがな。」
レイナは氷漬けにされたラルフに触れていた。
「じゃあラルフは・・・。」
「そうだ、こいつはお前がアルジュリア王女だと知っていたんだよ。」
「レイナさん離れて!
シルファ。」
シオンはレイナを突き飛ばし、シルファを見た。
「蒼炎の矢!」
シルファが叫ぶとラルフの氷の塊に向かい8本の青白い矢が放たれた。
「無駄だ。」
一瞬溶けたように感じた氷もバルトの言葉通り溶かした部分がすぐに凍り付いた。
「これは永久凍結魔法だ。
そいつの魔力を使いながら永遠に凍らせ続ける。
全ての氷を一瞬で溶かせれば話は別だが。
だがあの瞬間であの魔法とあの純度、お前は危険だな。」
そう言うとバルトは再び詠唱を始めた。
「しまった。
シルファ逃げろーっ。」
シオンの叫びも虚しく呪文は唱えられた。
「コキュートス。」
「しー・・・・・・君・・・。」
放たれた呪文は容赦無くシルファを凍らせていく。
シオンはシルファに駆け寄り、徐々にシルファを覆っていく氷を七星の御剣で必死に削った。
それが全く意味を成さないと知りながら。
「シルファ・・・シルファ・・・シルファ・・・。」
「し・・・く・・・ん。
しん・・・じ・・・・・・て・・・。」
氷の進行速度はラルフの時と比べると遥かに早く、それでも必死に言葉を紡いでいたシルファもやがて沈黙した。
「あ゛ぁーーあ゛ーーー!!」
シオンは叫び声にならない声をあげながら拳を握り締めた。
「必ず、必ず助けるから!!」
シオンは振り返りバルトを睨みつけたのだった。