父さんの遺したもの
その日の朝はいつもと違っていた。
勿論温度が普段より寒いとか湿度がいつもよりあるとか
光の当たり加減が異なるとか風の流れが昨日とは違うとかそうではない。
あえて言うならひどく曖昧だけど空気と言うか雰囲気が違った。
それは旅立つシオンを祝福してる様にも、必死に止めようとしているようにもどちらにも感じられた。
そんな中、シオンが家の玄関から出て来た。
ダークグレーのコートを纏い、背中にはリュックを背負い、スーツケースを片手に引っ張っている。
玄関にはシオンの母親と隣のシルファの両親が見送りに出てきていた。
「あれ?シルファは?」
シオンは周りを見渡した後、シルファの母親であるミルフィオラの方を向いて尋ねた。
「部屋見たらもう居なかったわよ。
春休みだし誰かと遊びに行ったのかしらねぇ」
ミルフィオラは首をかしげながら答える。
「そっか・・・今日出発って伝えてたんだけどな。。。
仕方ないか・・・じゃあ母さん、おじさん、おばさん、僕そろそろ行くよ。」
少し、いや大分残念そうな表情が顔から伺えるが、それで旅立ちを辞めるわけにはいかない。
「シオン気をつけるのよ?貴方はゲート使えないんだから、魔獣を見掛けたらすぐに逃げるのよ?
それから一日一回夜に電話する事。それから・・・」
心配そうに注意する母親の声を明るい笑顔で遮る。
「母さん、それは何回も聞いたから・・・。
大丈夫!何かあったら必ず連絡するから、心配しないで。」
その声には全く迷いが無かった。
「あっ、そうだ。
シオンちょっと待って。」
母親がパタパタと家の中に入っていく。
暫くすると母親がある物を片手に戻ってきた。
「シオンこれ持って行きなさい。
父さん捜す手掛かりになるかもしれないし、あなたの身を守る力になるはずだから。」
そうして渡されたのは白金色に輝く美しい装飾の施されたナイフだった。
刀身には七つの穴が空いている。
「母さん・・・これは?」
ナイフを手に取り、母親に尋ねた。
「父さんが研究していた七星の御剣よ。」
「七星の御剣?あぁアクセサリーショップで売ってる奴?でもこれ石が入ってないよ…。」
シオンは不思議そうにナイフを見ている中、母親は言葉を続けた。
「そこら辺に売ってる七星剣はこれの模造品よ。
オリジナルはこれだけ。
これに入るべき石は今は無くなってるけど、材質も模造品に使われてる銀より遥かに魔力伝導率が高い白金だから。
お父さんの手掛かりになるかもしれないし、あなたの旅には必ず役立つはずよ!」
「まぁ魔力がない俺には余り関係ないけどさっ。
ナイフは有り難く使わせて貰うよ。」
シオンはナイフを腰に取り付けた。
「これでよしっ。
じゃあ母さんそろそろ行くね。
おじさん、シルファによろしく伝えておいて下さい。」
シオンはシルファの父親であるエルフレアに告げた。
「あぁ・・・・・・うん・・・伝えておくよ。」
どもりながらシルファの父親は答えた。
かなりばつが悪そうに話しているがシオンは旅立ちに気を取られ、それに気がつく様子はなかった。
「じゃあ行くね。見送りはここまでで良いから。」
シオンは母親達に背を向け歩き始めた。
「気をつけるのよー。」
後ろから届く声を心地よく受け止め、
いつまでも手を振る母親にたまに振り返り、手を振りながらゆっくりと家を離れていく
。
母親達はシオンが見えなくなるまでずっと見送っていたのだった。