決意の夜
「母さん…僕、来年旅に出ようと思うんだ」
夕食のハンバーグを切りながらシオンは切り出した。
母は突然のシオンからの申し出に一瞬固まったが、すぐに平静さを取り戻すように言葉をつなげた。
「どうしたの急に?」
怪訝そうな顔で尋ねる母にシオンは答えた。
「来年、一年間時間があるからさ。父さんを探しに行きたいんだ。
それに僕の魔力の事も何か解るかもしれないし…」
言い終えるとハンバーグを口に頬張る。
口の中のハンバーグを味わいながら母の顔色を窺うと
いつもなら明るい母が今日は少し暗い感じに見えた。
「そう・・・お父さんが居なくなってもう5年が経つものね。
連絡の一つも無いし、何処で何やってんだか・・・。
でもねシオン。
魔法の使えない貴方が旅をする事がどれだけ大変か解る?
母さんは反対よ」
フェアリアードでは全てのエネルギーは魔力でまかなわれている。
言うなればテレビ、洗濯機、冷蔵庫に始まり自動車、飛行機の移動手段さえもあらゆるものは魔力で動く。
母はそんな魔力が必須の世界で必死にシオンを育ててきた。
だからこそ母は反対するしかなかった。
それはシオンが苦労するのは目に見えているからだった。
魔力の無いシオンにとってはこれほど暮らしにくい世界は無い。
それでもシオンが何不自由無く暮らして来れたのは、
母、シルファ、他に友人や、先生達、周りの人達の理解があり、皆親切だったからに他ならない。
勿論シオンはそのことを理解しているし、感謝に絶えない。
しかし感謝の気持ちとは裏腹にこのまま頼り切った生活を続けていいのかという疑念があり、
また一方では申し訳ない気持ちもあった。
そしてその気持ちがより一層シオンを旅に駆り立てるのだった。
「解ってる。
僕は荷物も空間にしまえないし、魔物を倒す力もないし、
携帯も使えないし、腕時計すら動かない。
正直魔力がない僕には不便で窮屈で仕方が無いけど。
でも・・・決めたんだ」
シオンは力を込め、その決意に満ちた眼で母を見た。
母はそんなシオンの気持ちを理解した上で、いつかこんな日が来るのではないかと考えてもいた。
「そう・・・決めたのね。
いつかこんな日が来るんじゃないかって。
なら母さんはこれ以上何も言わないわ。
もしお父さん見つけたらひっぱたいて連れて帰って来てね?」
決意のシオンの眼差しを受け、母は一瞬さみしそうな眼をするも一際明るい口調で言った。
「それでいつ出発するつもりなの?
年末の大掃除はちゃんと手伝ってから行くわよね?」
母はシオンを見て少し意地悪な笑みを浮かべた。
「も・も・も・勿論だよ」
明らかに手伝わずに出掛けようとした動揺が顔と声に出る。
この後二人は話し合った末、出発は年が明けた4日と決まったのだった。