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騎士と魔剣と、大乱闘 2


 森の奥の方から砂煙が立ち上がるのを見て、シュルクは即座にイスラデュカの名前を呼ぶ。


「デュカ!」

「地図や情報からして、ミュアーズ池の方角だな」


 シュルクの意図を汲み取り、イスラデュカは即座に答えを返す。

 それを聞いて、シュルクは真面目な顔で、疑問を口にした。


「……ヌシが起きたか?」

「可能性は高い」


 それに、イスラデュカも首肯する。


「隊長! 周辺のゾンビたちの活動が活発になってきたようですッ!

 魔導具の静止していた光たちが急に動き出しましたッ!」

「最悪逃げるぞッ! はぐれても良いように二人以上で班を作れッ!

 ゾンビから生えた剣はもとより、周辺に転がる剣のカケラなどにも注意しろよッ!」


 上手くゾンビを倒せても、刺さっていた剣が消滅しないのを確認している。

 この森に何でも屋が調査で出入りしていたことを思えば、彼らが倒したゾンビに刺さっていた剣が転がっていても不思議ではない。


 それに――


「理性あるゾンビの中に斥候や罠師がいる可能性もあるッ!

 草の影や木の影などに、剣が仕掛けられているかもしれないから、それにも警戒しておけッ!」

「それは私も想定していなかったな……いつになく冴えているじゃないかシュルク」

「そりゃあ俺だってたまにはな」


 シュルクが苦笑すると、イスラデュカは一つうなずいて声を上げた。


「隊長の注意を補足するなら、刃が木の枝などに刺さっているコトもあるかもしれないッ! 見た目は分からずとも、木そのものがゾンビ化している可能性があるコトを忘れるないようにッ!」


 警告を発しながら、シュルクとイスラデュカはつくづく厄介な状況だと、胸中で毒づく。


「刃に触れ、手足などがゾンビ化するなら、その浸食が到達する前に切り落とせば防げるッ! そういう対処法は、ちゃんと頭に入っているなッ!?」

『はいッ!』


 隊員たちの頼もしい返事に、これなら大丈夫だろうとシュルクは小さく安堵する。

 討伐するにしても、ゾンビ化した隊員を切り捨てたりするのは心苦しいのだ。


「隊長ッ! ひときわ大きい反応が近づいてきますッ!」

「総員警戒ッ! 巨大なワニ型魔獣(エリドコルク)が出てきた時は、戦おうとせず離れろッ!

 イーヨッツ! 退路の確保だッ! 何人か連れていけッ!」

「はッ!」


 シュルクは斥候能力の高い部下を名指しして、退路を任せると、魔導具を確認。

 反応の大きい方へと身体を向けて、まだ姿の見えぬ迫り来る脅威を睨みつけた。


「大物の前に、ゾンビ……来ますッ!」


 部下の言葉にシュルクとイスラデュカが身構えると、茂みから第一隊の隊員が姿を見せる。


 その姿に安堵したようなテレデレッダが小さく息を吐いて近づいていく。


「ズクトンじゃないか。どうした何があった?」

「テレデレッダ、ズクトンから離れろッ! 安易に近づくな!」

「え?」


 シュルクに警告されてこちらへと振り向くテレデレッダ。

 次の瞬間、左の掌から生えた刃を振りかざし、ズクトンがテレデレッダに襲いかかる。


「ズクトン……ッ! こいつは……やばい……ッ! ゾンビ化しているのか……ッ!」


 咄嗟に身を捩り、テレデレッダは振り下ろされる攻撃をギリギリで躱す。だが、無茶な動きをしてしまったが為に足をもつれさせたテレデレッダは、その場で尻餅をついてしまった。


「まず……ッ!」

「よく初太刀を躱したッ!」


 だが――この場にいるのはテレデレッダだけではない。

 隊長であるシュルクが素早く動き、テレデレッダとズクトンの間に入ると、剣を閃かせる。


 ズクトンの左肩を切り落としたシュルクは、尻餅をつくテレデレッダの襟首を掴んで後ろへと大きく退いた。


 腕を切り落とされたズクトンはその場で膝から崩れ落ちていく。倒れた彼はそのまま動き出す気配はない。


 お世辞にも仲が良いとは言えない相手であったが、同じ騎士団に所属し、部隊は違えど共に任務に当たっていた仲間がゾンビになる。

 そして、それを切り捨てるという行為は、ほどほどに言っても気分の良いモノではなかった。


 だがそんな感情などおくびにも出さず、シュルクは告げる。


「第一隊との接触には気をつけろッ! 隊員のゾンビが出ている以上、それが生きているかどうかは分からないからなッ!」

「ありがとうございました、隊長」

「お前が理性あるゾンビになられても厄介だからな。

 いつも助けてやれるとは限らん。もっと用心深くなれ」

「はい!」


 普段ならシュルクも、テレデレッタくらい気楽に動いていたかもしれない。だが、今日の自分は隊長なのだと――そう言い聞かせながら、深呼吸をする。


 そんなシュルクの様子を見ながら、イスラデュカが隊員たちに告げた。


「イーヨッツたちが戻り次第、撤退するッ!

 ゾンビ化した第一隊員たちには気をつけろッ!」


 文句は言わせない――とイスラデュカがシュルクに視線を向ければ、シュルクはそれに問題ないと視線で返す。


「隊長、第一隊はどうなったんでしょう?」

「さてな……。全員やられてるってコトはないと思いたいが……」


 テレデレッダの疑問へ、シュルクはうまく返せない。


 そんな折り、ガサガサと木々が揺れる音が近づいてくる。

 手元の魔導具を見るに、ゾンビではない。


 野生の魔獣か、それ以外の何かか――シュルクたちが警戒をしていると、茂みから自分たちと同じ騎士が飛び出してきた。


「シムワーン?」

「シュルク? 第二隊か!」


 こちらを見て忌々しげとも安堵とも取れる表情をするシムワーンに、シュルクは訊ねる。


「何があった?」


 その問いに、シムワーンは僅かに逡巡するがすぐさま首を横に振って答える。


「木で手を切ったコーザと、森の木の実を食べていたダーメットが急にゾンビになった。

 混乱する隊員たちをまとめあげているうちに、他のゾンビも集まってきてな……応戦しながら逃げているうちに、ミュアーズ池に誘導されていた」

「ミュアーズのヌシは?」

「動き出している。うちの隊員を利用して、俺たち全員を食うつもりだったようだ」


 シムワーンに続いて、無事そうな第一隊の面々がやってくる。

 こちらを見て、「第二隊だ」「助かったのか?」などと口々に言っているが、そんなワケはない。


「何人ゾンビになった?」

「わからん。逃げ回っているうちに、だいぶ散ってしまったからな」


 隊長のクセに把握していないのか――と言いたかったが、シュルクは小さく息を吐くにとどめた。


「ゾンビ化したズクトンが襲ってきたので切り捨てた」

「そうか」


 シムワーンの反応は小さい。

 これは、自分とシムワーンの隊長としてのスタンスの違いだろうとは思うものの、シュルクはイラっとしてしまう。


「副長! ゾンビや魔獣の少ない道を確保しました!」


 戻ってきたイーヨッツの報告を受けて、イスラデュカがうなずく。

 そしてイスラデュカが向けてきた視線にシュルクはうなずき返してから、シムワーンを見た。


「逃げて何でも屋(ショルディナー)の皆さんと合流する。

 共に逃げるなら、指示には従ってもらうぞ」


 シムワーンは舌打ちでもしそうな表情を見せてから、仕方なさげに首肯した。


「……文句を言っている場合ではなさそうだからな。

 お前らッ、生き延びたかったら第二隊の指示に従えッ!」


 これでいいだろ――とでも言いたげなシムワーンにシュルクは首を縦に振ると、周囲を見回し告げる。


「総員ッ、撤退を開始するッ!

 イーヨッツ! 先導してくれッ!」

「はッ!」


 こうして、シュルクたちは背後を警戒しながら、撤退をはじめるのだった。




 全員が撤退に動き出した中、シムワーンは部隊の中にいる女性隊員コナに目をつけてニヤリと笑う。


(どういうワケか魔剣の効果が薄れているようだが……問題ないな。

 この状況、利用させて貰うぞ……シュルク!)


 隙を見て魔剣の効果を掛けなおし、再びコナを傀儡にするとしよう。


 池のヌシは確かに恐るべき魔獣のようだが、女を操り特攻させて弱らせればよい。

 騎士だけでなく何でも屋や傭兵たちの中にも女はいる。腕利きの女を突撃させてやれば、十分効果があるだろう。


 撤退し、何でも屋たちと合流すれば、女を操る機会が増える。

 それでなくても、昨日の自由時間に、町の女たちに魔剣の魔力をこっそり浴びせて回ったのだ。


 大量のジャガ芋でも持たせて魔獣に突撃させてやれば、腕利きであるかどうかはそもそも関係ないだろう。


(そうだッ、まだ挽回できるッ! 挽回してやるッ!!)


 あの化け物を討伐して生き延びる――そうすればシムワーンは英雄として扱われるだろうし、騎士団の中でも覚えがよくなるはずだ。


(現状に満足している父とは違うッ! オレは父を越える男だッ!)


 この魔剣が、父のいる場所の先へと導いてくれる。

 シムワーンは胸中で高笑いをあげながら、シュルクたちの撤退に付き合うのだった。



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