第二騎士隊と、燃えやすい芋の話 1
モキューロの森で黒幕と思われる魔獣を見つけた翌日の朝。
コンコン……ではなくドンドンというノックが聞こえてきて、バッカスはのそのそと起きあがる。
薄っぺらい掛け布団を乱暴に剥いで、不機嫌を隠そうともせずベッドから降りた。
「誰だ?」
寝起きの乾いた喉に顔をしかめながら、掠れた声で誰何をすると、聞き慣れた声が帰ってくる。
「アタシよアタシ、ムーリーよ」
ライルでないことに少し驚きながら、バッカスはドア越しに訊ねた。
「どうした?」
「市場で爆発騒ぎがあってね。ちょっと協力して欲しいのよ」
その言葉を寝ぼけた頭で考え、訊ねる。
「何で?」
そういうのは治安維持の警邏や騎士の仕事ではないだろうか。
「原因がお芋っぽいのよね」
「あー……」
ムーリーの言いたいことを理解して、バッカスは大きく息を吐いた。
「寝起きだから少し準備をする。外で悪いが待っててくれ」
「もちろん。無理に起こして悪いわね」
洗面台で顔を洗い、目が覚めてきたところで、バッカスはムーリーに訊ねた。
「ところで、主神にする祈りは、朝の祈祷と昼の祈祷のどっちだ?」
「まだ朝で大丈夫よ……っていうか何その質問?」
「いやまぁなんだちょっとな」
無事に朝の祈祷を終えたバッカスは、玄関のドアを開ける。
「待たせた」
「平気よ。こっちが誘ってるだもの。場所は東門近くの市場」
「あいよ」
階段を下りきった時、工房の入り口においておいたタルから盗まれても良い剣が全てなくなっていることに気づいた。
「盗んだ奴がどうでも良い痛い目にあってくれてると嬉しいんだが」
「盗むと痛い目に遭う魔剣って、ホント変なの作ったわよね」
バッカスは、ムーリーと共に大通りに出て、町の東門へと向かう。
道中で朝食代わりに、リンゴ似の果物を一つ買って、かじった。
そこで気持ち的にはようやく人心地だ。
頭もゆっくりと回り始める。
「しかし、炎上する芋か」
「そうなの。料理ギルドから頼まれちゃって」
「まぁ芋が絡んでるならそうなるか」
「ギルドが警邏から調査協力を頼まれたんですって」
「んで、ムーリーのところに話がきて、ムーリーが俺を誘った、と」
「ええ。そんな感じ」
「別に俺でなくても良いんじゃないか?」
「アナタとなら手っ取り早く仕事が終わりそうだし、あと甘味の方のミルフィーユについて聞いてないから」
「後者が本音だろ」
「両方本音よ」
小さく嘆息してから、話しながら食べ進めていたリンゴ似の果物の最後の一口を食べた。
残った芯をどうしようかと考えたが、周囲にゴミ箱がなかったので、収納の腕輪の中へと片づける。
「持ち帰るのね」
「ポイ捨てはしない主義でね」
歩きながら周囲を見回していたが、そこまで騎士たちがいる感じはない。
二つの部隊を合計しても五十人ほどだったはずだから、そこまで町中で見ないだけかもしれないが。
そういえば問題児はどうしているだろうか。
少なくとも昨日の午後から今に至る僅かな時間では、あまり悪さができてない可能性もあるが――
「そういや、おたくンとこの従業員、大丈夫か?」
「ええ。アナタから貰った魔剣のおかげでね。
今のところ、アタシの周囲での被害は彼女だけなのが、幸いってカンジかしら?」
「ま、昨日の今日じゃあそこまで悪さできねぇってところか」
なんであれ、問題が起きないのであれば、それに越したことはない。
そんなやりとりをしているうちに、二人は東門近くの市場までやってきた。
ここは何もない大きな広場で、許可を貰えば誰でも店を出せる場所だ。
一日限りの店もあれば、数ヶ月あるいは年単位で許可を取り、同じ場所に店を出し続けている人もいる。
取り扱い商材の簡単なチェックはあるが、それを確認するのは専門家ではないので、漏れや確認ミスも多い。
それを分かっていてワザと変な商品を持ち込む輩もいるという話も聞く。
今回もその類だろうと、バッカスは気楽な調子で市場を進む。
「あそこね」
「だな」
警邏兵たちや、消火に呼ばれたであろう魔術士たちが集まっている一角を見て、二人はそこへと足を進める。
「この感じだと、ボヤ程度か?」
「実際そうよ。一つ二つが爆発したくらいだって聞いてるわ」
爆発してしまったのは大変なことだが、それらが他のモノに引火しなくて良かった――とそう思うべきだろう。
現場に到着すると、ムーリーは手近な警邏兵に声を掛けた。
「ごめんあそばせ。料理ギルドから派遣されたムーリーよ。
お芋の確認をしにきたの。こっちはお手伝いのバッカス君」
「ああ、助かります。我々では見分けがつかなくて」
警邏の一人がムーリーを見て安堵した様子を見せる。
そのまま二人が少し話を始めたのを横目に、バッカスは地面に転がる芋の一つを手に取った。
「いきなりビンゴかよ」
危険物であるこの芋を、バッカスはとりあえず腕輪にしまうことにした。放置しておくよりはマシだろう。
バッカスは、ムーリーが警邏の現場責任者とやりとりしている間に、とりあえず周辺に転がってる芋の確認と回収をしていくことにする。
「二個目もか……いや、待てよ。もしかして、もしかするのか……?」
周囲に散らかる芋を回収する手を止めて、屋台に積み上げられた芋の確認しようと、手近な警邏に声を掛ける。
どの露店であるかを確認すると、バッカスはムーリーと現場責任者をすり抜けて、その先にある芋の山に手を伸ばした。
「…………」
この世界にはイエラブ芋という有名な芋がある。
見た目が馬鈴薯なら、味も馬鈴薯というほぼほぼ馬鈴薯な芋であり、この国ヤーカザイ王国だけでなく、様々な国で食されているシロモノだ。
さらにこの世界にはもう一つ、ジャガ芋という名前の――ジャガと呼ばれることの多い芋がある。
これがまたイエラブ芋によく似ているのだ。
そして困ったことにこのジャガ芋、燃えやすい。
皮と実の隙間に、火薬膜という名前の特殊な膜があるのだが、これが非常に燃えやすい成分を持っているのだ。
芽が出てるとさらに危険度が増す。
地球の馬鈴薯や、この世界のイエラブ芋同様に毒があるのだが――そこは問題ではない。
この芽が、燃えやすい膜の成分をたっぷりと含んでいることが問題なのだ。
ツルとして伸びていくにつれその成分は薄れていくのだが、顔を出した直後のモノは、導火線のような役割を持つ。
しかも、強い摩擦で発火するほどに燃えやすい導火線だ。
火が内側の火薬膜に到達すれば、爆発するように燃え上がる。
その為、爆弾芋という別名もあるほどだ。むしろそっちの方が通りが良いまである。
「ジャガ芋だな、これ……。
他のこれも、こっちも……こいつもか」
手に取った芋を確認して、バッカスは小さく嘆息する。手に取ったいくつかの芋だけでなく、恐らくこの売り物として積まれている芋の山の全てがジャガ芋の可能性が高い。
「店主はどこだ?」
やや低い声を口にすると、ムーリーと現場責任者もバッカスを見た。
「バッカス君? どうしたの?」
「売り物の芋の比率が想定と逆だ。爆弾芋の中に、僅かにイエラブ芋が混ざっている」
次の瞬間、ギャラリーの中の一人の男性に視線が集まる。
特にこれといった特徴のない中年男性だ。
バッカスはその人物を睨みつけながら近寄っていく。
「アンタが店主か?」
「そ、そうだが……?」
「ここの自由市は確かに許可証を貰えば誰でも店は構えられるが……そこにもルールってモンがある」
低い声のまま告げながら、胸ぐらを掴むような勢いで顔を近づける。
「ジャガの取り扱いは原則禁止されている。取り扱う際には別途専用の許可証が必要だ。出せ」
「え?」
「ジャガの取り扱い許可証を出せと言っている」
「いや、それは……」
「持ってねぇとは言わせねぇぞ?」
ジャガ芋は水の中で皮を向き、そのまま水の中で火薬膜を取り除いてやれば、イエラブ芋と同様に食べられる。
味としては、イエラブ芋よりも上だ。極上の馬鈴薯の味がする。
だがその危険性から、販売する側も購入する側も、取り扱いの許可証が必要だ。前世のフグのような扱いをされているのである。
「も、持ってない……! イエラブ芋だと思ってたんだ! そんな許可証、取るわけがないだろ……!」
次の瞬間、バッカスの拳が男の頬を捕らえて吹き飛ばす。
地面に転がる店主に向けて右手を掲げると、バッカスは告げた。
「滴り続ける琥珀よ、太古からの呪縛となれ」
続けて、魔術で琥珀色をしたU字型の杭が虚空に生まれ、それが店主の足首をめがけて飛んでいく。
しっかりと店主の足を地面に縫いついたのを確認したバッカスは、歩み寄りながら下目遣いで見やる。
「イエラブ芋の取り扱いがなってねぇな。
まぁいい。なら次の質問だ。この芋をどこから仕入れた?
イエラブ芋の買い付けをする商人にジャガを売りつけるような輩だ。俺が直々に潰してくるよ」
この手の商人はのらりくらりと色々はぐらかして時間を引き延ばそうとするので、暴力とハッタリでとっとと口を割らせてしまった方がいい。
「そいつらが実在して悪さしていたのを確認次第、アンタに謝罪するし、ここにある芋全部の金額の倍を慰謝料として支払ってやる」
バッカスは店主の股間を踏みつけるフリをしながら、股間の手前に右足を置き、彩技の要領で左手に魔力を纏わせて、わざとらしくバチバチとスパークさせた。
「素直になった方が利口だぜ?」
ちなみに、素直に分かってて持ち込んだと答えた場合、テロリストや犯罪組織の関係者かどうかを徹底的に洗われる。
素直に仕入先を吐いた場合は、仕入先と一緒にやっぱり徹底的に洗われる。
無許可の爆弾芋の大量仕入れは、そう扱われても仕方のない食材だ。
ただでさえ問題が重なりまくってるこの町で、余計な騒動を増やしたくないバッカスなりのやり方である。
だが――
「君は何をしている?」
「……この流れは想定していなかったな」
派遣された騎士の片方。
シムワーンの部隊ではない。ちゃんとした部隊の騎士だと思われる男が一人が、バッカスに駆け寄ると剣を抜き、その切っ先をまっすぐに向けてくるのだった。