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厄介ごとの、ミルフィーユ 5


 ギルドでの報告を終え、バッカスはロックたちとムーリーを連れて工房へと戻ってきた。


「久々にバッカスのメシだぜ」

「はいはい」


 何故かライルもメンバーに加わってしまったが、バッカスは気にせず机を出して準備をする。


 その準備を手伝いながら、ロックが訊ねた。


「バッカス、入り口の脇にあったタルはなんだ? 魔剣が無造作に放り込まれてたが……あのままだと盗まれるぞ」

「盗まれてもいい魔剣だよ。時々ああやって外に出してるんだ」

「なんだそれ?」

「持っていると何か居心地が悪くなる魔剣とか、持っていると何だか美味しいご飯もあんまり美味しく感じなくなる魔剣とか」

「つまり失敗作か」

「いや失敗はしてないぞ? ただ扱いに困るくらい微妙な性能ってだけで」

「まぁ確かにだからどうしたって性能っぽいが……ふつうに剣としてはどうなんだ?」

「刀身も凡作。悪くはないがそれだけだよ」

「何で作ったんだよそんなの」

「何となく作ってみたかったってだけだ。

 とりあえずまぁ、あのタルの中の剣は盗まれてもいいというより、盗むとかえって痛い目を見る魔剣――が正しいかもしれん」


 盗人がその効果で微妙な苦しみを味わってくれると楽しい――というのがバッカスの弁である。

 なお、盗まれたはずなのに巡り巡って手元に戻ってくる魔剣もいる。別にそういう効果を持っているワケでもないのに不思議だ。

 制作者の知らないところで呪いでも内包したのだろうか。


 机とイスの準備が出来たところで、バッカスは腕輪から小型コンロを取り出した。


 それを見て、ムーリーが声を掛けてくる。


「そういえばバッカス君。小型コンロを商業ギルドに登録したのね。少量だけど、店頭に出てたから買っちゃったわ」

「お買い上げありがとさん。でも、ムーリーはそこまで必要でもないだろ」

「新型コンロと聞いたから、買っちゃったの。使い道は確かにないんだけどね」


 二人のやりとりを横で聞いていたロックたちは、思わず苦笑する。

 ムーリーもバッカスの同類で、特定の事柄にコダワリ続けるタイプの変人だ、と。


「だが小型コンロが出回り出したのはありがたいぞ。

 料理するのは面倒だが、旅先で暖かい茶やスープが飲めるのは助かる」

「特に寒い場所だとな。

 冷たい茶や酒で、味気ないダエルブやパサパサの保存食を流し込むような食事はシンドいわけだし」


 アイクの言葉に、ロックがうなずく。

 何でも屋たちに好評のようで何よりである。


「まぁ確かに。焚き火だと料理がしづらいからな」

「収納の魔導具同様に、ギルドも貸し出し用にいくつか抱えておいたらどうだ、ライル」

「なるほど。悪くない案だな」


 腕を組んで考え始めたので、脳内の計算機を弾きだしたのだろ。

 ライルは現場あがりのギルドマスターだが、こういうところでちゃんと頭を使えるので、一つのギルドのトップに立てているのだと、バッカスは思っている。


「バッカス。酒にモテる料理とはどういうモノだ?」

「酒が絡むとぐいぐいくるな、サンタス」


 寡黙な男と言われているが、酒と肴が好きな男でもあるのだ。

 そこの趣味は一致しているので、バッカスにとっては、ロックたちのパーティの中で、一番気があうのがサンタスかもしれない。


「ミルフィーユってのは、重ねるって意味の言葉だって言った通り、重ねて作る料理でな……そこは酒にモテる料理も、女にモテる料理も一緒だ」


 サンタスとムーリーに説明しながら料理を始めると、イスキィも近寄ってくる。女にモテるというフレーズに反応したのだろう。


「酒にモテる料理には、こいつを使う」


 バッカスが腕輪から取り出したのは、全体的にオレンジ色の白菜に似た野菜だ。

 ケミノーサ近辺ではあまり有名ではない葉野菜である。


 その野菜を見て、イスキィは興味を失ったようにロックの横へと戻っていく。


「あら? アッパン?」

「さすが。ムーリーは知っているか」

「葉っぱの塊にしか見えないな」

「実際、葉っぱの塊のような野菜よ」


 首を傾げるサンタスに、ムーリーが笑いながら肯定する。

 ちなみに、この世界の白菜(アッパン)は木に実る果実だ。


 バッカスも最初見たとき、驚いた。

 いわゆる芯の部分を上に向け、アッパンの木からぶら下がっているのである。


 アッパン畑のシュールさときたらない。

 だが、味も見た目も間違いなく白菜だ。農家の人に料理をもらった時に感動したのを覚えている。


「そしてコイツだ」


 続いてバッカスが取り出したのは、薄切り肉。


「ボアの薄切り肉ね。この感じ、鎧甲皮の(ロムラー)ボアのモモ肉かしら?」

「正解」

「見てわかるのだな」

「料理人やってるから、それなりにね」


 最後に、バッカスは底が深めの鍋を取り出してコンロにセットした。


「本当は縦に入れて渦を巻くように鍋に詰め込んでいくんだが、面倒なんでふつうに重ねてく。

 底の方には白菜(アップン)の芯に近い部分を入れる。上に薄切り肉。白菜。肉……」

「積み重ねていく……なるほどね」

「しかし、ここからどうなるか全く分からんな」


 理解した様子のムーリーと、首を傾げるサンタス。

 バッカスはその二人の正反対の様子に小さく笑いながら、積み重ねていった。


「鍋からはみ出してきたぞ」

「蓋するから問題ない」

「蓋が閉じないだろこれ?」


 ますます首を傾げるサンタス。

 バッカスはその様子を内心で笑いながら、積み重ね終えた白菜と肉に塩を振っていく。


「味付けはお塩だけ?」

「重ねる時に昆布(ウブノク)を挟んだり、少量の魚醤を入れても旨いが、今日は塩だけだな」

 

 その代わり――と、バッカスは腕輪から酒の瓶を一つ取り出す。


神皇酒(しんこうしゅ)か!」

白ワイン似の酒(エパルグ)でも悪くはないんだが、あるならこれがいい」


 和風の国アマク・ナヒウスで作られた清酒――すなわち日本酒に近いモノだ。


「こいつをたっぷり鍋に注ぐ!」

「高そうな神皇酒が!」

「豪快ね。だけど嫌いじゃないわこういう料理」


 鍋の半分ほどの位置まで注いだら、蓋をしてコンロに火を付けた。


「あとは酒精が飛び、肉や白菜(アップン)に火が通りきるまで煮る」

「ずいぶんと簡単なのね」

「ミルフィーユ煮あるいはミルフィーユ鍋なんて呼ばれる料理だ。分類するならスープ料理か?」

「酒しか入れてないのにスープになるのか?」


 出来上がりが想像できないのかサンタスが首を傾げているが、ムーリーは興味深そうに蓋の閉じられ……きっていない鍋を見ている。


「さて、出来上がりまで少し時間があるから……ムーリーとライルには話して起きたいコトがある」


 告げれば、サンタスがうなずき、ロックとイスキィと共に喋っているライルを呼んだ。


「ロックたちには話したが、騎士に混ざる問題児の話を二人にも共有しておきたい」


 そうしてバッカスがいくつかの情報は伏せつつ、先行してやってきた騎士隊は問題児が多いことを告げる。

 その中にいる一人は、女性の精神に作用する魔剣を保有しているということも。


「……なに、その魔剣」


 当然、この男はその魔剣の存在に対し、怒りを露わにした。


「ふッざけんじゃないわよッ! アタシはそんなモノッ、魔剣だなんて認めないッ!」

「同感だよ。だから対策として、ムーリーには頼みたいコトがあるんだ」

「ええッ、ええッ!どーんと頼ってちょうだいッ! アタシに出来るコトなら協力するわ! 作った奴も使った奴もけちょんけちょんにするっていうなら、全力で協力してあげるッ!!」


 ムーリーの頼もしい返事に、バッカスは工房の片隅から、柄だけの剣――楔剥がし(エグベウ・ラボメル)を持ってくる。


「悪いが、こいつの量産を手伝ってくれ。

 魔導具ギルドに通したくないから、内輪だけで量産したい」


 手渡されたそれが何であるかも確認せず、ムーリーは問う。


「設計図はあるかしら?」

「もちろん。何なら素材も全てこちらで持つ」

「知り合いの信用できる魔導具職人に声を掛けても?」

「問題ない。魔導具ギルドに目を付けられたくないから、その点を理解してくれるならな」

「了解よ。任せて。急いだ方がいいわよね?」

「まぁ最悪はストレイとロックにがんばってもらうだけだから、無理はしなくていいぞ」

「なにをさせる気だお前……」


 ムーリーとのやりとりを聞いていたロックが不安げにうめく。

 そんな彼に、バッカスは楔剥がし(エグベウ・ラボメル)を一つ手渡した。


「問題児の使う魔剣の影響を受けた女を助ける剣だ。

 その内側に根付いた呪いの術式だけ切れる」

「量産できれば手が増えるが、足りないなら足で稼げってか」

「そういうコトだな」


 どれだけ被害が広がるか分からないが、多いに越したことはないだろう。


「使い方、あとで教えてくれよ」

「ああ」


 ロックが引くと、今度はライルが訊ねてくる。


「お前の悪友の根回しはあるのか?」

「ある。だからお前が必要以上に前に出なくていい。

 問題児は既に手遅れだ。今回の仕事の途中で貴族籍を失うだろうよ」

「…………わかった」


 素直に引き下がるライルに、イスキィが眉を顰めた。


「バッカスさん。問題児を正しく把握しているのかい?」

「イスキィやめろ。その面倒事に触れるな。面倒くさいでは済まない事情を理解しろ」


 女好きを公言しているイスキィが許せないと思う相手だ。バッカスが把握している情報をもう少し知りたいのだろう。

 だが、それをアイクは制した。


 バッカスとライルのやりとりから、政治的なモノを読みとったのだろう。


「そうね。そっちの彼の言う通りよ。

 アナタは……イスキィ君だったかしら? 貴族社会に理解がないなら、深入りは厳禁よ。

 バッカス君、これでもかなりギリギリの際どいところまで、情報を出してくれてるっぽいから」


 ムーリーの言葉にイスキィはバッカスへと視線を向ける。

 その視線に、バッカスは肩を竦めるだけで答えない。

 縋るようにライルに視線を向ければ、彼も同じように肩を竦める。


 その様子に、イスキィは大きく息を吐いた。


「すまない。出しゃばった」

「気にするなイスキィ。本来、こういうのはいっぱしの何でも屋(ショルディナー)は、関わらないからな……。

 ましてや、貴族依頼を基本的に受けないお前たちなら、尚更だ」


 バッカスの胸中を代弁するようにライルが告げる。

 

「イスキィ君。女の子好きの先輩からのアドバイスを一つあげるわね。

 女の子が大好きなら、国の情勢や貴族の情報もしっかり押さえておきなさい。

 その話題そのものを表に出す必要はないけれど、情報を把握しておけば女の子を守りやすくなるわよ。

 それに流行は貴族から降りてくるモノだし、貴族情勢を把握しておくコトは流行の最先端を押さえておくコトにも繋がるの」


 片目を瞑って告げるムーリーに、イスキィは目を(しばたた)いてから、笑顔でうなずく。


「覚えておくよ、ムーリーさん」


 そこで、話は一段落だ。


 バッカスは小さく息を吐いてから、鍋を見る。

 すっかり嵩が減って、鍋蓋が綺麗に閉じていた。


「バッカス……いつの間にか蓋が閉まっているぞ!?」

「そういう料理だしな」

「????」


 鍋の僅かな隙間から漏れる湯気と共に食欲をそそる香りが漂っている。

 それを見、バッカスは鍋の蓋を開けた。


 一気に広がる湯気と香気。

 その隙間を縫うように中を確認したバッカスが笑みを浮かべながら告げる。


「うし、問題なく食えそうだな。

 難しい話はここまでで、メシにしようぜ」


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