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騎士が来たりて、白バラ目覚める 1


 バッカスの自宅のリビングで、テーブルについている男が二人。


 片方が家主であるバッカス。

 そして、もう片方は――


「本当に、すまんッ!」

「あのなぁ、おっさん。俺に頭下げたってどうしようもないだろ」


 何とも言えない顔をしているバッカスの視線の先にいる人物は、三十代後半の男性だ。


 濃い緑色の髪をオールバックにするように撫でつけた、お世辞にもスマートとはいえないぽっちゃり体型の男。

 雰囲気はどこか気弱そうな、だけど人好きするような、そんな金持ちのおじ様だ。


 彼は貴族であるので、お忍び用に商人ぽい格好をしていてもそれなりの気品はある。

 そんな彼が、深い青色の瞳を申し訳なさそうに震わせながら、息を吐くように言葉を発した。


「それでも、恐らくは君に迷惑を掛けているだろうと思ってね」

「それを理解しているってコトは、なんでおっさんがこの町へ『肴探(さかなさが)し』を任命されたのかも理解してるんだろ?」

「……もちろんだよ」


 うなずくまでに間があったのは、別に任務を理解していないからではないだろう。その任務の内容は、息子との決別なのだから、ためらいがあるに違いない。


 この男はバッカスの飲み仲間。

 名前をシダキ・マーク・ドルトンドという。


 ドルトンド伯爵家の現当主であり、重なり合う彩輪剣(ツイン・ホイーラーズ)夜色(タインク・)の騎士(タインダイム)の一人。緑を背負う男。

 王家直属の諜報組織、酒盗機関(シュトーきかん)のメンバーでもあり、諜報業務が無い時は王家を守護する近衛騎士だ。


 一見、だらしのない体型に見えるのも、諜報員として世間にとけ込み、疑われ辛くする為、その体型を維持している。


 その肉体の在り方は、前世の相撲取りに近いのだろう。

 一見するとややたるみがちの脂肪の下には、鍛え抜かれた鋼鉄の筋肉が隠れているのをバッカスは知っている。


 そんな男が――身体を小さくして申し訳なさそうにしているのだ。

 バッカスはその姿を見るだけで――シダキには悪いが――彼の息子シムワーンに対する苛立ちを覚える。


「バルクォートのおっさんとは、おっさん同士で話は付けてるんだろ?」

「貴族としては、な……」

「そりゃあまぁ、バルクォートのおっさんの娘好きっぷりは有名だしな。

 外では厳格な騎士。内では娘大好きなだだ甘パパだ」


 娘――クリスティーナがされた仕打ちを思えば、貴族としての表向き対応だけでもちゃんと終わらせたのは、さすがとしか言いようがない。


「シダキのおっさん。アンタがシムワーンに抱いている血縁の情というモノを、バルクォートのおっさんもクリスティアーナ嬢に抱いている」

「わかっている……わかっているさ……」


 結局のところ、あとはシダキの割り切り次第なのだろう。

 そして、ここまで苦悩している父のことなど、一切考えていないのがシムワーンだ。


 だからこそ、バッカスもまた飲み仲間としての情と、物事の筋を天秤にかけて割り切っていく。


「クリスティアーナ嬢は、今はクリスという名前で何でも屋(ショルディナー)をしている」

「ああ、知っているよ」

「クリスは、シムワーンの持つ魔剣の効果に縛られている」

「……薄々は、そうだと思っていた……」

「クリスがちょくちょくウチにメシを食いにくるせいで、すっかり情が移っちまった」

「……そうか」

「直接指示は受けてないが、悪友からの根回しの気配は感じている。

 騎士の名門ドルトンド家の歴史。それが継続するか終焉に向かうか……ここがギリギリの瀬戸際だ」

「……わかって、いるよ……」

「俺だって、おたくを手に掛けたいとは思ってないさ」

「……そう、だよな……」


 この場にいるのがバッカスだけだからだろう。

 シダキは涙を堪えずにこぼし始める。


 最終的には国のため、貴族として、騎士として、その矜持を選ぶだろう。

 とはいえ、このシダキという男は、貴族としても騎士としても、些か情に篤く、涙脆いのだ。


 任務の為に非情な選択を出来る男ではあるが、それを選ぶたびに、バッカスの元を訊ねてきて、泣き上戸で酒をあおるような男なのだから。


 立場上、人前では泣けない。

 だからこそ、バッカスの前で酒を飲んだ時だけ涙を流す。


 そんなシダキが、バッカスの前で酒を飲むことなく、涙を流す。

 彼にとってその選択がどれだけ重圧を感じているか察して余りある。


 それでも、バッカスもシダキも選択しなければならない。

 チカラを持つモノの責任として、中途半端な選択を取るわけにはいかないのだ。


「もっと早く気づいていたら……なんて話をする時期は過ぎちまってるからな」

「……ああ。それでも、もっと早く気づけてたらって……何度だって思うよ」

「気づけていたから防げたかっていうと微妙なところだけどな」

「そうだな。その通りだ……」


 バッカスはうなだれるシダキを見ながら、小さく嘆息すると立ち上がった。

 冷めた花茶を入れ直そうと、シダキのカップに手を伸ばした時――


「バッカスいるー?」


 ノックの音とともに、クリスの声が聞こえてきた。


「あー」


 思わず天井を仰ぐ。

 最悪のタイミングでの訪問だ。


 いっそのこと、ムーリーの店のバックヤードでも借りれば良かった……などと思いながら、返事をする。


「いるにはいるぞ。来客中だけどな」

「それは……ごめんなさい」


 シダキに視線だけ向けて黙ってろと告げると、彼も理解したのかうなずいた。


 そして何を思ったのか、シダキのおっさんは急に気配を消した。


 声の主がクリスティアーナと気づいて、シダキは自分がここにいると気付かれるのはマズいとでも思ったのだろう。

 あるいは唐突なクリスの来訪にテンパってしまったのかもしれない。テンパっているなら仕方がないとバッカスは思う。そう思いはするが、このタイミングでそういうミスはしないでほしかった。


「え?」


 バッカスが惚けた声を上げた時、クリスの語調が強まる。


「来客って、暗殺者なのッ!?」

「いや待て違う! 落ち着け!」

「待たないわよッ、今の気配の消し方はその手の連中のそれよッ!!」


 制止を叫ぶが、慌てたクリスは玄関のドアを開けてしまう。

 どうやらバッカスも、今日は鍵を閉め忘れていたようである。


 そんな自分のことを棚にあげて、シダキに非難めいた視線を向けるバッカス。シダキもまた「やらかした!」という顔をしている。


「……ドルトンド卿……」


 ここへ来て、クリスもまたバッカスがこちらを制そうとしていた理由に気づいた。

 これは、シダキとクリス――その双方の為だったのだろう。


「クリスティーナ嬢、本当にすまなかった」


 そして、シダキは土下座する勢いでクリスに頭を下げる。


「…………」


 何とも言えない顔のクリス。

 頭を下げるシダキ。

 その異様な空気の中心にいるバッカス。


 いたたまれない雰囲気が広がっていく中で、バッカスはとりあえず叫ぶことにした。


「お前ら貴族だったらもうちょっと慎重に動けよッ! こっちが気をつかってるってのに、なんで衝動的に動きあって、最悪の状況作りだしてくれてんだお前らッ!?」


 それでどうにかなるような空気ではないのは、叫ぶ前から分かっていたのだが、そう叫ばずにはいられなかった。



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