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たまにはちょっと、そんな気分 7


 ステーキのように切り出した小柄なカルヴの肉にしっかりと塩をまぶす。

 すぐには火に掛けず、バッカスはそれをそのまま放置する。


 肉を寝かせている間に、バッカスは雑木林の中で良さげな木を探し、それを魔術と剣技を組み合わせて切り出すと、一枚の板を作る。

 その板を流されないよう川に漬けてさらす。今度はその間に河原の石を組み合わせてかまどを作った。


「手際が良すぎて怖いわ」


 ストロパリカが何かを言っている気がするが、気にせずにバッカスは準備していく。


「何してるか分からないコト多いけど、おっさんすごいな」

「なんで準備する前に肉に塩を振ったんだろうな?」

「この場にあるものだけで料理する気なのかな……?」


 少年たちは純粋で好奇に満ちている。


「野営の経験はあるけど……バッカスだけで数人分の仕事しちゃってるわね……出る幕ないわ」


 なぜかクリスも呆れている。

 だが、バッカスは気にしない。


 かまどに火を付けたところで、バッカスは寝かせてある肉を見る。


「よし、いいかな?」


 小柄なカルヴには独特の臭いとクセがある。

 その臭みとクセの原因は、この肉の持つ、ふつうの肉と比べると多めの水分だ。


 塩をふってしばらく寝かせておくと、かなりの量の水分がにじみ出てくる。

 こうして余計な水分を抜くだけで、小柄なカルヴの肉はかなり食べやすくなるのだ。


 バッカスは腕輪から布を取り出すと、肉から塩と水分を丁寧にふき取った。

 それから格子状の切り込みを入れ、改めて塩とスパイスをもみ込んでいく。


「まぁこんなもんか」


 肉の下拵えが問題なくできたと判断したバッカスは、雑木林で見つけた大きな葉っぱを用意する。


 ギビナキムという木の葉であるこれは、前世でいうところのバナナの葉にも似ている。

 この葉――というかギビナキムという木は、熱すると仄かに柑橘っぽい香りを放つ。


 消毒作用もあり、料理を乗せる皿としても、香り付けの葉っぱとしても便利なのである。


 バッカスは川から板を取り出し、軽く水気を払うとかまどに乗せる。

 これが今日の鉄板の代わりだ。


 木の上にギビナキムの葉を乗せ、その上にカルヴの肉を乗せた。


「あとはフタをして……っと」


 腕輪から、クロッシュを取り出す。


「そんなモノを持ち歩いてるの?」

「意外と便利なんだぜ、クロッシュ。野営の時の料理の幅が広がるし」


 クリスに問われてうなずくと、なんだか微妙な顔をされた。解せない。


「あの……現地にあるモノで料理するんじゃ……」

「ん? 俺、そんなコト言ったか?」

「……………そういえば、言ってないですね」


 なぜかアーランゲ少年は不満げだ。こちらも解せない。

 とはいえ、そんな二人の様子も、肉の焼ける香りが漂いだせば緩んでくる。


「うわー……匂いがもう旨そう……」

「不思議と柑橘類(ニラダナム)っぽい香りもしてるけど……」

「あの板と葉っぱだよ、ガリルくん! あの板もギビナキムの木なんだ!

 柑橘類(ニラダナム)ではないんだけど、そういう香りのする木!」


 興奮する少年たちの横で、クリスはちょっと慌てた様子で、バッカスに問いかけた。


「バッカス、良い香りなのはいいけど……すごい煙と湯気がでてない?」

「その煙と湯気でクロッシュの内側を熱し、肉を焼いているからな」


 その答えで、ストロパリカは納得したようだ。


「燻製に近い料理なのね」

「おう。小柄なカルヴは食べれるとはいえクセがあるからな。

 ギビナキムの香りで、味を変えずにクセだけ抑えるワケだ」


 こともなげに言うバッカスに、ストロパリカは驚く。


(単に料理が上手いだけとは思えないほどの知識量ねぇ……)


 しかも、口ではぶつぶつと文句を言いながらも、作業している最中の彼はイキイキしていた。


「うし。そろそろいいか?」


 バッカスがクロッシュを開くと、そこから湯気と煙が解き放たれ、焼けた肉とスパイスの混じる香りとともに広がっていく。

 一緒に香るギビナキムの香りも相まって、胃袋を大いに刺激してくる。


 バッカスは木串を刺して具合を確かめ、問題ないことを確認すると、手早く肉を切り分けた。


 一口サイズにカットされた肉を、木串に三切れほど刺し、クリスに差し出す。


「お待ちどうさん」

「待ってたわ!」


 嬉しそうにそれを受け取るクリスを見て、少年たちもバッカスの元へと集まる。


「おっさんおれにも!」

「クリスさん、食べるの好きなんだな」

「美人のとろけた笑顔、いいですよね!」


 バッカスはクリスに差し出したのと同じように串に刺して彼らに差し出す。


 それから、ストロパリカを見た。


「もう少し小さく切るか?」

「気を使わないでいいわよ。私だって屋台の買い食いとかするもの」

「そうか」


 ストロパリカの分を串に刺して手渡したあと、自分の分も作った。


 そして全員で食の子神に祈りを捧げる。


「熱いから気をつけろよ」

『はーい』


 少年たちと一緒になってクリスも声をあげ、かぶりつく。


「んー♪」


 クリスの顔を見る限り、ちゃんと美味しくできているようだ。


「うめぇ!」

「うまい!」

「おいしい~!」


 少年たちからも上々だ。


「美味しいわ。肉にかぶりつくように食べる、いかにも野営料理って感じなのに……。

 仄かに香るギビナキムがすごい上品。なのに、絶妙な火加減のおかげで噛めば噛むほど肉汁があふれてくるから、屋台料理なのか高級料理なのか分からなくなってくる」


 ストロパリカも楽しんでくれているようである。


「んじゃ、俺もっと」


 噛みしめる。

 ミディアム・レアを目指した火入れは成功しているようだ。


 噛めば噛むほど、うまみとともに肉汁が溢れ出る。

 塩とスパイス、そしてギビナキムの香りのおかげで、小柄なカルヴ特有のクセと臭いは抑えられている。


 それどころか――


「我ながら旨いな。意図してなかったが使ったスパイスとギビナキムのおかげで、この肉独特の風味がかえって旨味になってるみたいだ」


 酒がほしくなるのは間違いないが、今は何でも屋としての仕事中なので控えることにする。


 食べながら周囲を見回す。

 美味しそうに食べているが、ハラペコ騎士に育ち盛りの少年たちがいるのだ。この程度では足りないだろう。


 それを見越して下拵えはしてある。


「追加で焼くか」


 さっさと自分の分を食べ終えたバッカスは、次の肉を焼き始めた。


 今度はダエルブも同じように板の上に載せて、別のクロッシュでフタをした。


 煙で香りを、湯気で水分を含みながら焼きあがるダエルブは、通常のトーストと異なりふんわりもっちり香りよく仕上がる。


 そうして焼きあがった肉は、今度は小さく切り分けず、一枚肉にしてダエルブに挟んでいく。


 ふと、顔を上げると――涎でも垂らしているのではないかという顔で、クリスとニーオンがこちらを見ていた。


「ほら、完成したから取りに来い」


 クリスとニーオンは顔を見合わせると、ドタバタとこちらへとやってくる。


「ったく、食が絡む時の精神年齢は食べ盛りのガキと同じだな」


 苦笑しながらも、バッカスは一番大きいモノをクリスに差し出すのだった。




 二日後――


 バッカスが魔刃探知の魔導具を作るべく試行錯誤していると、工房へと三人組がやってくる。


「こんにちわ!」

「おう。お前らか。どうした?」


 その三人組――ニーオン少年らは、何やら神妙な顔でやってくると、一斉に頭を下げた。


「すんませんでした!」


 その意図に気づいたバッカスは頭を上げるように告げて、笑う。


「何についての謝罪だ?」

「えっと、ナマイキなコト言ってたコトと……」

「めちゃくちゃ失礼なコトを言いまくってたコトと……」

「実力も知らずに無礼なコトを色々してましたので……」


 何やら神妙な顔をしているが、バッカスは別に気にしていない。


「気にするな。お前らにつきあったのは、そういう気分だったからってだけだよ」

「でも……ガリルとアーランゲが昇級したのって、おっさんが口添えしてくれたからじゃないの?」


 なるほど。そういうカンは働くらしい。

 実際、彼らに絡まれていた時、受付嬢からハンドサインで、実力を計っておいて欲しいと言われたのは事実だ。


「昇級したのか、おめでとさん」

「え、あ。うん。ありがとう!」

「オレもアーランゲも銅一級になったんです」

「しかも三人まとめて昇格試験の資格まで……」


 資格は得ても、昇格試験にまだ合格はできないだろう。

 彼らにはまだまだ足りないモノが多い。ギルド側も把握しているはずだ。


 ベテランの誰かが盗賊退治や、手配犯討伐にでも連れていって、新人病を患わせるべきだ。

 それをやるのはバッカスではないので、どうでもいいが。


「まぁなんだ。感謝も謝罪も気にするなよ。どれも俺の気まぐれでやったコトだ。そういう気分だったんだよ」


 そして、それによって間引き依頼のイレギュラーに押しつぶされることなく助かったのは、彼らの運でしかない。


「だけど、それでもおれたち……おっさんになんかお礼とかしたくて」

「お礼ねぇ……」


 とはいえ、それで彼らは納得しない。

 だが、彼らに出来るお礼など、今のバッカスに必要ないのも事実。


「それなら、俺に泥肉拾いをさせないようにがんばってくれ。

 お前らに関する泥肉依頼なんて受けたくないからな」

「泥肉?」


 もしかしたら、彼らはまだ泥肉拾いという言葉を知らないのかもしれない。

 実際、三人とも何のことか分からず困惑している。


 バッカスはそれを気にせず続けた。


「泥肉が何のコトか分からないなら、今は気にしないでいいさ。

 信用のある一定以上の実力者にしか来ない特別指名依頼の隠語だよ」


 彼らの年齢的にも、敢えてギルド側が聞かせないように気を使っている可能性もあるので、詳細を語る気はない。


 それでも――


「まぁなんだ。泥肉の意味が理解できる実力者になるまで、死ぬんじゃねーぞって話だ」


 それなりに気に入ったガキどもだ。

 そんなやつらの泥肉拾いなんてやりたくもない。


「どうしても礼をしたいっつーなら、相応の実力と実績を身につけてから返してくれ」


 これ以上、ここでダラダラされても仕事の邪魔だと手であしらう。

 そんなバッカスに、三人は無言で頭を下げると、気合いをいれたようなあるいは晴れ晴れとしたような顔をして工房を出て行った。


 それを横目で見ながら、ふと思う。


「いつの間にか俺……ギルドから教育係にされてたりしないか?」


 だとしたら勘弁して欲しい――と、バッカスは本気でうんざりとしながら、魔導具造りへと意識を戻していくのだった。




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