表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/167

男はみんな、立派な魔剣を持っている 8


 来客用のイスを連ねてベッドを作りそこへルナサを寝かせ、仮眠用に用意してあったタオルケットをかけてから、バッカスは本題に入る。


 ミーティは仕事の邪魔をする気はないのだろう。

 バッカスがストロパリカに向き直った辺りで、少しその場からズレて遠巻きにしていた。


「とりあえず、だ。ストロパリカ注文の品は一応完成している」

「助かるわ。今日の夜に指名予約が入ったから、使いたかったの」

「ただ、正直言っちまうと、俺が――というよりも、魔導工学としても初に近いモンになっちまったんだよ」

「それは、また……予定通りの支払いでいいの?」

「予算内に納めてるからそこは気にしなくていい」


 結果として業界初クラスの魔導具になってしまっただけなので、ストロパリカが気にする必要はない。


 視界の端でミーティの顔がどんどん(とろ)けていっている気がするが、無視である。


「少し待ってろ」


 ストロパリカに告げて、バッカスは工房の奥にある部屋へと入る。

 ややして戻ってきたバッカスが持ってきたのは、親指を模した模型と、二つの魔導輪具(パレットリング)だ。

 片方は指輪サイズ。もう片方は頭用のモノである。


「これは?」

「術式が正常に動くか確認するために作った試作品だよ。

 現物はすでに梱包してきた。そのまま持ち運ぶのもアレだしな」


 バッカスはミーティを手招きして呼ぶ。


「実物の魔導輪具は三つだ。魔剣バンドを装着する前に、足用と書いてあるやつを両方の太股の付け根に付けろ。

 ちなみにこの試作品は右手の親指用な。付け根に付けてくれ」


 そう言って、バッカスはミーティに手渡す。

 それを受け取ったミーティはそれはもう嬉しそうな表情で、右手の親指に付けた。


「こっちは頭用だ。魔宝石が額の正面にくるように付ける」


 同じようにミーティに手渡すと、彼女は喜々としてそれを頭に装着した。


「機能のオン・オフは額の魔宝石で行う。

 普段は仕事中は外してるかもしれないが、これを使う時だけは日常用の魔導輪具は身につけておいてくれ」

「わかったわ」


 ストロパリカがうなずくのを確認してから、バッカスはミーティに視線を向ける。

 すると彼女は心得たとばかりに、額の魔宝石に触れた。


「起動しました。

 特に何かあるって感じじゃないですけど?」

「この親指の模型に、左手で触ってみな」

「?」


 言われるがまま、ミーティがその模型に触れると――


「ひゃう!?」


 悲鳴とともに触れた左手を引っ込めた。

 それから、自分の右手に触れながらマジマジと、右手の親指を見る。


「バッカスさん、今の……」

「模型の感覚と、お前さんの右手の親指の感覚を共有してるんだよ」

「へー!」


 なんとなく理屈を理解したのか、今度はしっかりと模型に触れた。


「うあ、なんか不思議! 自分で触ってるハズなのに自分じゃないような……」


 ミーティの様子を見ていたストロパリカの顔にも笑顔が浮かんでくる。


「ねぇ、私も試してみたいんだけど」

「ちょっと待っててくださいね。今、止めて渡します」

「あ、止めなくていいわよ。コレだけあれば」

「え?」


 言うなりストロパリカは親指の模型を手に取ると、妖艶に笑った。

 そして、口を開き舌を伸ばすとレロり……と艶めかしくそれを舐めた。


「ひゃわ……ッ!?」

「いい反応ね」

「あ、あの……!」


 何か直感したのか、ミーティがストロパリカを止めようとするも、彼女は気にせずに模型を口に含んだ。


 ミーティに見せつけるように口の中で弄ぶ姿に、バッカスもバッカスで何となく居心地が悪い。


「なんか、親指が……舐められてるだけ、なのに……うう……」

「ゾクゾクしちゃうでしょう?」


 いつの間にかミーティの背後へと移動していたストロパリカが耳元で囁く。


「あぅ……」

「私に掛かれば、言うコトを聞かない悪い子なんて――その指を舐めるだけで、簡単に壊せちゃうの」

「あ、あの……」

「自分の欲望に素直なのはいいけど、お友達に魔術を掛けるのは良くないわ。そういう子はね、もっと欲望と欲求に素直な悪い大人の玩具にされるのがオチなのよ」


 やり方はともかく、どうやらストロパリカなりのお説教のようだ。

 バッカスもあとでするつもりだったのだが、してくれるのならばそれで良いかと静観することにした。


「うう……」


 ミーティの耳元で指の模型をぴちゃりぴちゃりと音を立てるように舐めながら囁く。


「そういう危ない大人の手管によって、アナタは本来の欲求は、悪い大人に仕込まれる別の欲求で上書きされてしまう。元に戻れなくなるくらいまで(もてあそ)ばれたりしたら、大変でしょう?」

「は、はい……」


 うなずくミーティの眦から滲む涙は、反省か、恐怖か、それとも別の何かか。

 何であれ、お説教とはいえやりすぎなのも困るのでバッカスは軽く制する。


「あんまやりすぎんなよ。ミーティが変な扉を開けたらどうすんだ?」

「その時はちゃんと責任はとるわよ?」


 あっけらかんと口にするストロパリカに、バッカスは肩を竦める。


「冗談よ」


 そう言うと、ストロパリカは妖艶な雰囲気を霧散させてから、ミーティの額の魔宝石に触れた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ペタリとへたり込んでしまうミーティに、ストロパリカは優しい眼差しで見下ろした。


「魔導具への情熱を注ぐコトは悪いコトじゃないのよ?

 でもね、周囲を省みなさすぎる行いは、それをやりすぎた時に、巡り巡って大変な出来事として還ってくるモノなの。気をつけないさいね」

「は、はい……」


 息も絶え絶えにうなずくミーティに、柔らかな微笑みを返してからストロパリカはバッカスに向き直る。


「舐めちゃったし、これも貰うわ。使い道はいくらでもありそうだしね。いくら?」

「それくらいならタダでいいよ。むしろこっちからの迷惑料として収めてくれ」

「それじゃあ遠慮なく」

「一応、魔剣バンドの方にも説明書は付けてあるから、使う前に目を通しておいてくれ。専用の機能もいくつか付けてある」

「分かったわ」

「ただ、どの機能も初めての試みのモノが多いんだ。気づいたコトや不具合があったら、すぐに言ってくれ。

 説明書を無視したり、不具合を放置したりして怪我をするのはお前さんだけでなく、お前さんの遊び相手もだからな。下手したら遊び相手の方が酷い怪我をする可能性がある」

「心しておくわ。色々ありがとう」


 丁寧にお辞儀するストロパリカに、バッカスは肩の荷を降ろすように息を吐く。

 楽しい作業ではあったが、だからといって疲れないワケではないのだ。


 何であれ、あとはストロパリカから報酬を貰えばこの仕事も一段落である。


 バッカスがそう思っていたところに――


「あのー……」


 なぜかクリスの声が聞こえてきて、バッカスの顔がひきつっていく。


「なんで気配を消してるんだお前は」

「いやその、ミーティちゃんが変な声出してたから、その……」


 顔を真っ赤にしているクリスを見、思わず頭を抱えるバッカス。


「ここは、いつからそのぉ……卑猥なコトを楽しむお店になったのかしら?」

「それに関しては完全に私のせいだわ。ごめんなさい」

「ええっと、貴女は?」

「これの依頼人なの。この子はちょっとイケナイコトをしてたから、お仕置きをね」

「イケナイコト……!」


 クリスが目を見開き、耳まで顔を朱に染める。

 ストロパリカの釈明は、どうやら逆効果だったらしい。


「どうして俺の周りの女どもは、誤解ばかり招くんだよ! ホントそろそろいい加減、幸運を招いてくれッ!!」


 居たたまれなくなったバッカスはそう叫ぶ。

 それに対し――


「い、言い訳なら聞くわよ、バッカス」


 ――なぜか戦闘でもするかのように身構えるクリス。

 とはいえ、言い訳を聞こうとしてくれるのは大変ありがたい。


「素直に聞き入れる態度になってくれるのは助かる」

「出来れば食事をしながらを望むのだけれど」

「結局お前はそれかよ」

「今日はパスタの気分ね」

「日に日に図々しくなってるな」

「オタモーツ系のソースがいいわね」

「要求が細かいな」


 盛大にして非常に長時間の嘆息を漏らしたあと、バッカスは椅子から立ち上がる。


「ストロパリカ。昼は食ったか?」

「えーっと、まだだけど?」


 突然の質問に理解が出来ないのか、ストロパリカは首を傾げた。

 逆にそれだけで意味を理解できたハラペコ騎士は手を叩く。


「分かったわ! 彼女の分も上乗せで問題ない。三人分の支払いをするからよろしくね?」

「あそこでルナサが寝てるんだけどな」

「じゃあ四人分で。でも何で寝てるの?」

「ミーティから事情聴取しとけ。俺は準備してくる。

 人数的に部屋だと狭いから、工房(こっち)に持ってくる。あそこにあるテーブルと椅子を並べとけ」

「はーい」


 あれよあれよと進んでいく会話に、ストロパリカは置いてけぼりだ。ちなみにミーティは放心したままである。


 工房から外へ出ながら、バッカスはぼんやりと考える。


 ……注文はパスタ。しかもトマト似の野菜(オタモーツ)ベースをご所望ときた。

 そして今日のランチ仲間の中に幻娼のストロパリカもいるとなれば、メニューは決まったようなものだろう。


「こういうのもお誂え向きって言うのかね」


 ぐったりとうめきながら、バッカスは工房横の階段を上っていくのだった。


今日は次の準備が出来次第もう1話行きます!٩( 'ω' )و

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミカライズ版【魔剣技師バッカス】連載中!٩( 'ω' )و
【コミックノヴァ】
コミカライズ魔剣技師バッカス
https://www.123hon.com/nova/web-comic/bacchus/

第三金曜日 17時頃更新予定!


【ピッコマ】
https://piccoma.com/web/product/165180?etype=episode
話読み先行配信中!
ノヴァ版より先行して最新話が更新されます!


【ニコニコ漫画】
https://manga.nicovideo.jp/comic/70493?track=official_list_s1
毎週日曜日11時頃更新予定!

【コミックス1巻~】発売中!
魔剣技師コミックス1



書籍版【魔剣技師バッカス】
一二三書房 サーガフォレスト より発売
2023/7/14発売 発売中!
魔剣技師バッカス1

2024/08/09発売 発売中
魔剣技師バッカス1





他の連載作品もよろしくッ!
《雅》なる魔獣討伐日誌 ~ 魔獣が跋扈する地球で、俺たち討伐業やってます~
花修理の少女、ユノ
異世界転生ダンジョンマスターとはぐれモノ探索者たちの憂鬱~この世界、脳筋な奴が多すぎる~【書籍化】
迷子の迷子の特撮ヒーロー~拝啓、ファンの皆様へ……~
鬼面の喧嘩王のキラふわ転生~第二の人生は貴族令嬢となりました。夜露死苦お願いいたします~
フロンティア・アクターズ~ヒロインの一人に転生しましたが主人公(HERO)とのルートを回避するべく、未知なる道を進みます!
【連載版】引きこもり箱入令嬢の結婚【書籍化&コミカライズ】
リンガーベル!~転生したら何でも食べて混ぜ合わせちゃう魔獣でした~
【完結】その婚約破棄は認めません!~わたくしから奪ったモノ、そろそろ返して頂きますッ!~
レディ、レディガンナー!~家出した銃使いの辺境令嬢は、賞金首にされたので列車強盗たちと荒野を駆ける~
コミック・サウンド・スクアリー~擬音能力者アリカの怪音奇音なステージファイル~
スニーク・チキン・シーカーズ~唐揚げの為にダンジョン配信はじめました。寄り道メインで寝顔に絶景、ダン材ゴハン。攻略するかは鶏肉次第~
紫炎のニーナはミリしらです!~モブな伯爵令嬢なんですから悪役を目指しながら攻略チャートやラスボスはおろか私まで灰にしようとしないでください(泣)by主人公~
愛が空から落ちてきて-Le Lec Des Cygnes-~空から未来のお嫁さんが落ちてきたので一緒に生活を始めます。ワケアリっぽいけどお互い様だし可愛いし一緒にいて幸せなので問題なし~
婚約破棄され隣国に売られた守護騎士は、テンション高めなAIと共に機動兵器で戦場を駆ける!~巨鎧令嬢サイシス・グラース リュヌー~



短編作品もよろしくッ!
オータムじいじのよろず店
高収入を目指す女性専用の特別な求人。ま…
ファンタジーに癒やされたい!聖域33カ所を巡る異世界一泊二日の弾丸トラベル!~異世界女子旅、行って来ます!~
迷いの森のヘクセン・リッター
うどんの国で暮らす僕は、隣国の電脳娯楽都市へと亡命したい
【読切版】引きこもり箱入令嬢の結婚
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ