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男はみんな、立派な魔剣を持っている 6


 背瘤疱の(エグビル・プム)這いずり獣(フ・ペーラクネー)という魔獣がいる。


 全体的なシルエットはワニ系の魔獣(エリドコルク)に近いのだが、頭部はどちらかというとカバ系の魔獣(スマトポピフ)の形に近い。


 名前の通り、短い手足を器用に扱い、湿地帯を這いずるように動き回る。

 基本的に温厚なのだが、肉食獣だ。腹をすかせれば人を襲う。その為、定期的に討伐依頼が張り出される魔獣でもある。


 背瘤疱(はいりゅうほう)という名が付いている通り、その背中には無数のコブが出来ている。

 このコブを這いずり獣が何に使っているかは不明だが、そのボコボコした背中が生理的にダメという人がいるので、何らかの威嚇効果があるのかもしれない。


 そんなコブだが――この魔獣を狩猟対象として見た時、多くの者はコブを邪魔者として扱う。


 なんだかよくわからないブヨブヨした液体の一歩手前みたいな変なモノが詰まっているし、そのブヨブヨは別に食べられるワケでもなく、使い道もイマイチわからない。


 爪や牙、皮などは使い道が多く、肉もそれなりに美味しいのに、コブだけが邪魔なのである。


 討伐依頼を受けて、町から南の方へ向かったところにあるアガリー湿地帯までやってきていたロックたちのパーティとて、それは同じである。同じであったのだが――


「引き取ってくれるっつーなら、助かるけど……マジでコブだけでいいのか、バッカス。こんなものが欲しいの?」

「おう。俺が作る義肢には使うのさ」

「そうか」


 誰の為の義肢か。

 言わずとも、ロックたちには理解できたので、それ以上の追求はしない。


「自分で倒さずとも素材が手には入ったのはラッキーだったぜ。ありがとな、ロック」

「別にいいよ。こいつらのコブの使い道なんてマジでなかったから、貰ってくれるのは助かる」


 労せず欲しい素材が手には入ったバッカスは、嬉しそうにアガリー湿地帯を後にするのだった。


 そのバッカスの後ろ姿を、コブと義肢が結びつかないロックたちは、首を傾げながら見送るのだった。




 工房に戻ってきたバッカスは、這いずり獣のコブの中に詰まったブヨブヨを丁寧に取り出す。

 正直、感触は気持ち悪いのだが、必要なのだから仕方がない。


 子供とかは好きそうな感触かもしれない――などと益体のないことを考えながら、作業準備を進めていく。


 ちなみにこのブヨブヨ。特に名前が無いようなので、バッカスは勝手にシリコン原液と呼んでいた。

 そして例のごとく、気が付くとマネして使い出す者たちが増えている。もっともプラスチックと違い、こちらはまだ魔導具職人などの間で……ではあるが。


 シリコン原液という名前の通り、特定の薬剤と組み合わせ、一度溶かしたものを冷やし固めると、熱硬化エラストマーっぽい物質が作れる。つまるところ広義のゴムだ。

 いくつかの薬剤の組み合わせで、ウレタンっぽいモノにもシリコンっぽいモノにもなる。


 とりあえず、シリコンっぽいモノが作れると気づいた時に、バッカスはシリコン原液と呼び始めてしまったが、実は薬剤などの組み合わせでいろんな物質に変化してくれる面白素材ではある。


 別の薬剤を使えば、熱可塑性(ねつかそせい)エラストマーによく似た物質にもなるのだ。


 そして、たった今――シリコン原液と薬剤を混ぜ合わせている最中に、ふと気づいてしまったのだが……。


 熱可塑性エラストマーが作れるということは、男の魔剣を使った大人の一人遊び用の鞘が造れるではないか!


 ……バッカスはそれには気がつかなかった事にする。


(ストロパリカの依頼を受けてから、どうにも発想がそっちに寄りすぎてるな。呪いの類か?)


 自分は魔剣技師である。

 自分は魔導具職人である。

 自分は魔導工学者である。

 決して大人の玩具職人ではない。


 ――自己暗示、(ヨシ)


 呪いかどうかはともかく、少しばかり自己暗示をかけて意識を上に向ける。どうにも意識を下にばかり向かってしまう状況を改めたい。


「ストロパリカの方は、シリコンをベースに使えば良い気もするが……ストレイの方はやっぱ骨となる金属や木材は必要だよなぁ……」


 その上、使う素材はやはりストレイと相性の良い属性を主軸にすべきだろう。反発しやすい属性を素材にしてしまうと、使い勝手が格段に落ちる。


「うーむ……」


 優先するべきはストレイではあるのだが、材料が揃いだしているストロパリカの方を完成させてしまうべきだろうか。


「ま、終わらせるに越したコトはないか」


 それに肉体と義肢の感覚を疑似的に接続する術式は、ストレイで何度も試作するよりもストロパリカの依頼を利用させてもらった方が効率が良さそうだ。

 そんなことを考えながら、ストロパリカ依頼の魔剣バンドに取りかかり出すのだった。




 魔導具と肉体を疑似的にリンクさせ、魔導具から五感を感じるようにする。

 前世では物語の中にはあれど、現実では中々難しい技術だった。


 だが、この世界の場合、魔力とそれを利用する術式という地球には無かった技術のおかげで、それが実行できそうである。


 緑と赤の魔力は身体強化や道具強化に使いやすい色だ。

 魔剣本体やそれを補佐する魔導輪具(パレットリング)にはこれを使えばいいだろう。


 赤の魔力の大本たる赤き神は、父性も司っているので、本体に付与するには都合が良い。

 加えて、緑は生命力を司る。とはいえ母性も司っているので、属性のバランスとしては、赤を主軸にタッチに緑を入れるのが良さげだとは思うが――


 ただの玩具であればこれで十分な気もする。だが、神経と疑似的なリンクを考えると、もう一色、色を足す必要がある。


 それが黒だ。

 死や腐敗など物騒なモノを司る色ではあるのだが、同時に禁忌や背徳も司ってもいる。

 また、夜を司っていることから、夜の営みも含むとされる場合もある。


 生命と物質を接続するというのは、黒き神の眷属たる禁忌の子神の領分だろうと、バッカスは考えた。


 完全に余談だが、この魔剣には白の魔力は使わない――というよりも、使えない。

 純血だとか純粋だとか高潔だとか潔癖だとか、そんな真面目で堅物なものを司る神のチカラなんて、この魔剣に入れられるワケがない。

 ……とはいえ白き神には、絆や愛、信仰あたりの眷属神もいるので、その限りではなさそうだが、まぁ無理に危ない橋は渡るまい。


 青は興味や執着、好奇心、知識や蒐集など司っているので、入れようと思えば入れられる。とはいえ、色が増えれば制御が面倒になるので、不必要に増やす気はない。

 ただ突き詰めていくと、フェチズムを司るのは、背徳の黒ではなく興味や執着の青な気もするのだ。別にフェチを司る眷属神がいるわけではないのだが。

 それを思うと、今回の魔剣に関しては悪くもない気がするのだが――組み込む為の祈りや術式の記述の仕方が思いつかないので保留である。


「魔剣本体の主基板(エニアムドローブ)は赤緑だけで、補佐基板(ブスドローブ)に刻む同期反応術式を黒にするか。

 逆に、魔導輪具側の主基板は黒主軸に赤緑で支える形にして……」


 ぶつぶつとつぶやきながら、紙に思いついた術式を書き込んでいく。


 まずは上限や下限を考えずに、構築したい術式を書き連ねていくのだ。

 それだけだとどうしても複雑な上に、必要な魔宝石の質や量、サイズなどが大きくなってしまうので、ここから削れる場所を削っていく。


 試行錯誤を繰り返し、バッカス個人としては、悪くないと思えるところまで削り切れた。


「だいぶ簡略化できたな。とはいえ、これでも一般化を考えるとまだ複雑すぎるし、必要な魔宝石は質も量もデカいか……」


 大型の魔導具であれば、大きい基板を使えるのだが、義肢というのは使う人の体のサイズや部位に合わせなければならない。

 基板そのものも、ただの四角い板を使えばいい家庭用魔導具などと異なる。細長かったり、曲がりくねっていたりする特殊な形に術式を刻む必要があるので、ただでさえ難易度が高いのだ。


 一般化するのであればもっと簡略化し、特殊変型の基板にも刻みやすい術式にするべきなのだろうが――


「やっぱこれ以上は難しいな……。

 まぁ医療用品なんて、どの世界でも高いモンだし、いいか」


 改良や改善は自分以外の、本当に必要とする人たちがやることだろう。

 自分は基礎となる理論と設計だけでいいや――と、バッカスは投げやりに、これを最終稿とする。

 もちろん後で修正案が思いつくこともあるが、その時はその時だ。


「ストロパリカの方はこの術式でいいとして……。

 ストレイの方は手だから、また少し術式を変える必要はあるか。

 まぁ、ここまで出来ているから、応用すれば何とかなりそうだが」


 魔剣バンドの依頼のおかげで、バッカス史上最高の義手が造れそうである。


 この義手を付けて喜ぶだろうストレイに、完成に至った経緯を事細かに語った上で複雑な表情を浮かべて貰いたい――そんなことを考えながら、バッカスはストレイの義手に必要な術式を考え始めるのだった。



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