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男はみんな、立派な魔剣を持っている 1 


 すっかり日が暮れてしまった時間帯。


 ミルツエールを三本飲んで気分を良くしていたバッカスのもとへ、アポイント通りの来客が現れた。


「こんばんは」

「おう、悪いな。下にいるつもりだったんだが、飲みたい気分だったんでな」


 やってきた女性客へそう詫びの言葉を口にしてから、バッカスは場所を自宅から工房へと移す。


 工房の奥にある机の前まで行くと、来客用のイスを差しだし、自分はその対面に座る。


 女性がそれに座るのを確認してから、バッカスは訊ねた。


「で? わざわざその場で依頼せず、後日に顔を合わせる時間の指定までしての依頼ってのは何だ?」

「普段、かわいい女性たちの出入りが多そうだったので……。この時間の方がいいかな、てね。

 ほら、私の仕事が仕事でしょう? 仕事に関するモノを依頼したかったのよ」

「なるほど?」


 失礼にならない程度に、バッカスは女性を観察する。


 名前は最初に会った時に聞いていた。

 少し覚えづらい名前だったので印象に残っている。

 確か、そう――ストロパリカだ。ストロパリカ・テストンという名前だったはずである。


 歳はバッカスと同じか、少し下くらいだろうか。


 メイクはハデだが嫌味はない。むしろ彼女の(あで)やかさを引き立てるものとなっている。

 露出度が高く、ボディラインをハッキリ見せるような衣服を身に纏い、豊満な双丘や、白く美しくしなやかな肢体を惜しげもなく晒していた。


 それでいて不思議と清廉な空気を持っているので、男性だけでなく同性である女性すらも誘引するかのような空気を放つ。その妖艶さ清廉さを合わせ持ったストロパリカに、底なしの野心でもあれば、傾国の一つでもできることだろう。


 そんな美しさと(つや)の持ち主だ。酒が入っているせいもあってか、バッカスもついつい胸や太股などに視線を向けてしまう。


 あるいは、見た目だけでなく僅かな仕草の一つ一つすら、人の目を引き付ける為の動作を徹底しているのかもしれない。


 だが見た目も、服装も、仕草も、彼女の職業を考えれば仕方ないモノだ。

 彼女の――ストロパリカの職業は幻娼(げんしょう)幻夢館(げんむかん)と呼ばれる店で、客にひとときの夢を見せる仕事である。

 前世での呼び方をするのであれば、娼婦。


 昔は男女問わず、違法奴隷や借金などのカタに働かされていた幻娼が多かったらしいが、昨今はそうでもないようだ。


 ストロパリカも、自らの意思でその世界に入った女の一人。

 今でこそこの町で暮らしているが、かつては王都で働いていた。


 王都でもトップクラスの美貌と美躯(びく)。そして鍛え抜かれた媚技(びぎ)で客を骨抜きにしてきた。

 名実ともに、この町の――いやこの国でも最高峰の幻娼の一人だ。


 それほどの女を前にしているのだ、バッカスが保有する――男なら誰もが持つ魔剣が反応してしまうのも仕方がないことである。


 バッカスといえども健全な成人男性。

 ましてや、前世含めても女性経験は少ない。

 そういう意味では、前世も今世も、立派な魔剣の使い道は主に自己研鑽だけだったとも言える。

 そんな男性にとって、ストロパリカという女性は、目の前に存在しているだけで、立派な魔剣が魔力を暴走させかねない危険人物であった。 


 ――閑話(阿呆なシモネタ)休題(さておくとして)


「幻娼が欲しがる魔導具、ね……。なにをお求めで?」

「ズバリ、魔剣よ」


 ストロパリカの言葉に、バッカスの目が(すが)まった。

 幻娼の仕事と、魔剣を求める動機が結びつかない。


「斬り殺したい迷惑な常連客とかいるのか?」

「そんなお客さんがいるなら、用心棒が斬り殺してるわ。

 それにただ斬り殺すだけなら、魔剣である必要はないじゃない」

「それもそうだ」


 まったくもって道理である。


「なら、どんな魔剣が欲しいんだ?」

「立派な魔剣を」

「ん?」


 あまりに抽象的な表現だ。

 バッカスはよく分からず首を傾げる。


「ああ、ごめんなさい。こんな言い方じゃ伝わらないわよね」


 どう説明したものかしら――と、彼女は小さく息を吐く。

 その仕草すら計算されているのか、あるいは天然なのか、ドキリとさせてくるので困る。


「上手く言葉にできないなら、魔剣が欲しくなった経緯とか聞かせてもらってもいいか?

 もうこの後は客も来ないし、多少長くなっても聞いてやるよ」


 バッカスがそう告げると、ストロパリカは少し安堵したような顔をする。


「それなら……聞いてもらっても?」

「ああ」


 確認をしてくるストロパリカに、バッカスが小さくうなずく。

 すると、彼女はゆっくりと言葉を選ぶように語り始めた。 


「最近――というか、この町で働くようになってからかな。お客さんが増えたのよ」

「王都の時よりも増えたってんなら、大したモンだと思うが……。

 人口の比率を考えると、かなり不思議な話だな」


 ケミノーサもそれなりに栄えている町だが、それでも王都比べると、人口も訪問者も下回る。


「そうね。そう思うわよね。

 私はありがたいと思うのだけど、同じ状況になった時、そうは思わない()もいるかもしれないわ」

「ん?」


 ストロパリカの言葉の意味が分からずに、再びバッカスは首を傾げる。


「その増えた客層の話か?」

「その通りよ。この町が独特なのか、あるいはこの国にそういう傾向が増えているのか……。

 うちの店にね。女性客が増えているの」

「おたくが働いている紫猫館(しびょうかん)って、男娼(だんしょう)はいないよな?」

「ええ。男性向けの、女娼(じょしょう)だけのお店よ。

 そうは言っても、別に女性客をお断りはしていないのだけれど」

「前例がないだけだから、断れなかったんじゃないのか?」

「そうとも言うわね」


 微笑みながら、あっさりとうなずくストロパリカ。

 その笑みすら妖艶で、軽く首肯する仕草にあわせて、皿に載せたプリンのように揺れる胸に、酒の入ったバッカスは正気を失いそうになり、小さく咳払いをした。


「バッカス君、大丈夫?」

「おたくにその気はないんだろうが――どうにも酒が入っているせいか、なんてことない仕草が覿面(てきめん)に効いて困る」

「いっそ、スッキリする? 依頼料の前払い代わりに」

「魅力的なお誘いだがお断りする。

 まだ引き受けるとは言ってないしな。それに、仕事と私情は可能な限り分けておきたいんだ」


 バッカスをよく知るものが聞けばどの口で――とツッコミを入れられそうな発言だ。だが、ストロパリカは普段のバッカスを知らないので真面目な顔をして聞き入れた。


「それは申し訳ない提案をしたわ。貴方の矜持を傷つけちゃったわね」

「気にすんな。そうやって言ってくれるだけで十分だ」


 真顔で謝罪をしてくるストロパリカに、バッカスは軽く手を振る。


「話の腰を折って悪かったな。

 それで、女性客が多いコトと魔剣が欲しいコトに、何か関係はあるのか?」

「言ってしまえば、手札を増やしたいのよ」

「どういう意味だ?」


 ようやくストロパリカが求める魔剣が見えて来たバッカスは、少し真面目な顔で訊ねる。

 ストロパリカも少し真面目な空気を纏って応じる。


「私は、男を誘惑するコトで諜報と暗殺を担う達人を師事してたコトがあるの」

「意外と戦闘力あるのか?」


 ただの媚技の師匠というワケではなさそうで、バッカスは思わず訊ねる。


何でも屋(ショルディナー)として多少は戦闘もできるわよ。暗器を使った暗殺系の技が主力だし、護身用程度の技能(モノ)だけどね」


 お茶目な表情で片目を瞑る。

 この町の女はみんな強いのかもしれない。


「ともあれ、その達人から習った誘惑技能を応用して、幻娼の媚技として使っているの。

 多少はね。女性向けに応用できる技もあるのだけれど、やっぱり男性向けと比べると手札が少なくて」

「そうは言ってもな……技能や手段を増やすっていうのは、魔剣でどうこうなる問題じゃないだろ。

 まぁ魔剣を使いこなすコトで、技能や手段が増えるコトはあるだろうが」


 これは別に幻娼だけの話ではない。

 魔剣はあくまで、特殊な効果を持つ武器(どうぐ)でしかないのだ。


 その効果を生かすも殺すも使い手次第であり、魔剣を手にしたからといって、技能や手段が単純に増えるというモノでもない。


 魔剣を得た上で、その魔剣を使いこなす研鑽を経て、技能や手段が増える。


「理解しているわ。だから魔剣が欲しいの。当然、研鑽するわよ」

「ふむ」


 つまり、ストロパリカが求めているのは、アダルトグッズなのだろう――と、バッカスは検討を付けた。

 女性に対して使っていける大人のオモチャを、良い表現が思い浮かばずに魔剣と称しているのかもしれない。


「大人向けの、魔導オモチャが欲しいってコトでいいのか?」

「え? そういうのも造れるの?」

「あれ? 俺の解釈違った?」

「造ってくれるならオモチャも欲しいけど、ふつうに魔剣も欲しいのよ」

「悪い。その……おたくの求める魔剣の姿ってのが見えて来ないんだ」

「そっか、うまく伝えられなくてごめんなさい」

「別に構わないさ。だからこうやって聞き取りしてるんだからな」


 とはいえ、ラチが明かないというのも、互いに大変だ。

 どうしたものか――と、バッカスが思案していると、ストロパリカが何か思いついたような顔をする。


「アナタって、魔導義手や魔導義足とか造れるのよね?」

「まぁな。今も義手の予約が入ってるぜ」

「それを応用した魔剣が欲しいのよ!」

「むむ?」


 義肢技術を応用した魔剣というのがピンと来ないバッカスは、目を眇めて思案した。


 だが、ストロパリカの気持ちは完全にノってきたようだ。

 想像で興奮でもし始めたのか、僅かに上気しはじめた肢体を(あで)やかに揺らしながら、拳を握る。


「私自身も気持ちよくなれる魔剣! そう……男なら誰もが持ってる魔剣を、私も欲しいのッ! 脱着可能な感じでッッ!」

「……ああ、お求めはそれで」


 どうやら、閑話休題(さておくコトは)できていなかったようである。


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