一人前のひよっこに、乾杯 2
きまぐれに本日更新2話目
バッカスはテーブルの真ん中に大きめな土鍋を置く。
この土鍋は、バッカスがアマク・ナヒウスから取り寄せた一品だ。
炊飯器が存在しないこの世界で、ご飯やお粥を炊くなら、土鍋が良い。
その土鍋の蓋を開くと、湯気とともに良い香りが立ち上る。
「この香り……柔らかい出汁の香りと、お米の甘い匂いがまざったこの香気、ほんと良いわよね!」
「クリスはほんと米が好きだな」
前のめりになっているクリスを笑いながら、バッカスはレードルを手に取った。
「お米とオロロテ芋のお粥だ。楽しんでくれ」
バッカスは器に軽くお粥をよそって、ルナサとミーティの前に置く。クリスにはレードル大盛りにしたのを三杯ほど入れた。
オロロテ芋は前世で言うところの自然薯や長芋のようなネバリがある芋だ。
それをお米と同じくらいのサイズの角切りにして、一緒に煮込んだのがこのお粥である。
「スープ……?」
「にしてはトロっとしてるけど……」
ルナサとミーティは、何か粒々したモノが入った白濁したスープにしか見えないそれに首を傾げる。
「二人はお米料理は初めて?
これはね。お米っていう穀物を、スープでトロトロになるまで煮込んだオカユっていう料理なの。優しくて元気の出る味がするのよ」
ニコニコソワソワしながら説明してくれるクリスの様子から、二人はクリスさんはこれが大好きなんだな……と漠然と気づいた。
そのクリスは、ソワソワした様子のままバッカスに訊ねる。
「ねぇ、バッカス。これには薬味はないの?」
「もちろん、あるぞ」
クリスの問いにうなずくと、バッカスはキッチンから何かを持ってきた。
小さな皿に、クリスとミーティには見慣れないモノが乗っている。
「まずは、味付けした長ネギだな。
ネーグル・ノイノーはそのままだと、少し辛いんで軽く熱した後に細かく刻み、アモーグ油っていう、アマク・ナヒウスで使われている独特の風味がする油で和え、塩とニンニクで味を調えた」
薄茶色の油で和えられた、輪切りにされた白い野菜を指し、バッカスが説明する。
ちなみに、アモーグ油の風味は完全にごま油だ。
アモーグの実も、サイズこそ大きいが味は完全にゴマである。乾燥させてから粉砕したものが調味料として売られている。
以前、クリスに出した卵粥の薬味として出した黒い粒はこれである。
「次にこっちが、辛子薬菜と俺が呼んでいるものだ。
傷薬などにも使われている薬草――ルオナ草を調味液につけ込んで作った」
バッカスが辛子高菜を目指して作ったモノだが、似ているけど高菜として食べると違和感のある仕上がりになったのがこれだ。
辛子高菜ではなく、辛子薬菜という別物であると思って食べればこれはこれで美味しい。
食感は高菜だが、風味としてはザーサイに近いかもしれない。
「最後に、麦紙を油で揚げたモノ。
俺は、ニーダングにある似たような料理を意識して揚げワンタンと呼んでいる」
麦紙と呼ばれているが、別に本物の紙ではない。
小麦を水やミルクで溶き、薄く伸ばして焼いたクレープ生地のようなモノがそう呼ばれている。
バッカスはそれを作る際に、小麦をミルクではなく酒と出汁を加えて練った。水分量を減らしたそれで餃子の皮のような生地を作ったのだ。
あとは、その生地を薄くのばし、焼かずに油で揚げてから砕いて作ったのがこれである。
目を輝かせながら話を聞いているクリスを横目に見、バッカスは小さく苦笑してからルナサとミーティを見た。
「まずは一口二口、ふつうに食べてみてくれ。
それから、これら薬味を少量乗せ、好みの味付けにしながら食べていくんだ。
無理して食う必要はない。残してもいいから、まずは一口食べてくれ」
困ったように固まっていた二人は、バッカスのその言葉に小さくうなずく。
そしてバッカスとクリスが食の子神に祈り始めたのを見て、ルナサとミーティも慌てて、自分らの祈りも合わせた。
「いただきます」
クリスはバッカスに言われたことを思いだし、スプーンで少量すくって口に運ぶ。
「あ」
思わず、小さな声が漏れる。
柔らかな口あたり。優しい塩気と、穏やかな甘み。
とろとろになったお米が、舌の上を流れて、溶けながらするすると喉の奥へと落ちていくよう。
最後には胃に落ちて、お腹の中からゆっくりと全身を暖めてくれているかのような錯覚を覚える。
学校でお昼を食べた時は、何を口にしても胃が受け付けてくれなかった。まるで胃の前の門番が、流れ込んできた食べ物を追い返すように。
だけど、このお粥は門番を素通りして、ルナサのお腹を満たしてくれるかのようだ。
「美味しい」
ミーティも小さく呟き、二口目を口に運んでいる。
きっと、同じようなことを感じていることだろう。
ルナサも二口目を口に運ぶ。
ゆっくりとだけど確実に、気持ちが落ち着いていく。
バッカスとクリスは何も言わない。
もっともバッカスはともかく、クリスは料理に夢中なだけではあるが。
ともあれ、バッカスはゆっくりと、だけど止まることなくスプーンを動かす二人を見守るように眺めていた。
そんなバッカスの眼差しに気付かないまま、ルナサはスプーンを動かし続ける。
時折、お米とは異なる滑らかな粘りと風味を感じる。
これがオロロテ芋なのだろう。食感のアクセントとは異なる、強いていえば風味のアクセント。
だけど、主張はあまりすることはなく、気付かないならそれで良いという程度の控えめな主張。
だけどだからこそ、胃が拒絶することなく、受け入れてくれているのかもしれない。
気がつけばあっという間に食べきっていた。
だけど、物足りない。
だからルナサは、少し遠慮がちにその器をバッカスに示した。
「おかわり、いいかな?」
「あたしもいいですか?」
どうやら、ミーティもおかわりしたいようである。
「もちろん」
バッカスがうなずくと――
「私もお願いするわッ!」
元気良く遠慮のないクリスの声もそこに続くのだった。
明日は更新がないかもしれません
もし、よろしければ作者の他の作品を読んで次の更新までお待ち頂ければと思います٩( 'ω' )و