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魔剣技師ムーリーの、甘味食堂 3


 飲食店で、料理を待つのは苦ではない。むしろ、バッカスはその時間を楽しいと思えるタイプだ。


 それが味に期待できそうであるなら、尚更である。


 一人で静かに待つのも悪くないが、誰かと一緒に来ているのであれば他愛の無いおしゃべりに興じるのも悪くはない。


「ところで、貴方の頼んだペスカトーレってどんな料理なの?」

「簡単に言えば、魚貝類にトマト似の野菜(オタモーツ)で作ったソースを合わせるパスタだ。

 ニーダングの港町なんかじゃ定番メニューらしいぞ」

「それはそれで美味しそうだけど、魚貝……? 港町はともかく、内陸のこの領都で?」


 首を傾げるクリスに、バッカスは笑う。


「方法はいくらでもあるさ。

 それこそ、この腕輪とかな。ニーダング産の魔導バッグだってあるだろ?」

「輸送する時はそれでいいかもしれないけど、保存は?」

「んー……」


 バッカスとしては簡単に想像はついたのだが、微妙にそれを口にしづらい。

 だから――というワケでもないのだが、何となくそれっぽい理由を口にする。


「それも、魔導バッグとかあれば問題はないだろ?」

「店を賄えるほどの容量のあるバッグは、店舗を構えるより高い可能性があるでしょ? ちょっと現実的じゃないわ」

「まぁ、あの手の魔導具の相場を知っているクリスならそう思うよな」


 だが、クリスは誤魔化されてくれなかった。

 仕方ない――とバッカスはこっそり嘆息しながら、答える。


「冷蔵庫って魔導具がある」

「冷蔵庫?」


 自分が開発者登録してある魔導具について口にするのは、なんか無駄に自慢しているようでイヤなのだが、話の流れだ。


「冷たい空気で中を満たしてある箱だよ。生物(ナマモノ)の保存期間を伸ばせる」

「へー」

「俺も使ってるだろ? チーズとか取り出してた保存箱だよ」

「あれもそうだったのね。でも、アレだとちょっと小さくない?」

「そりゃあ、アレは自宅用だからな」


 業務用サイズのモノなんて、庶民の家には設置する場所がない。


「小型でも自宅に冷蔵庫があるなんて相当だと思うのだけど」


 そこへ、料理を運んできたムーリーがツッコミを入れてきた。


「魔導バッグほどでないにしろ、結構な価格するわよ。小型であっても」

「バッカス、買ったの?」


 クリスも気になるのだろう。やや身を乗り出すように訊ねてくる。

 それに対して、バッカスは肩を竦めて答えた。


「俺のは自作だよ。俺が使えればいいだけだから、一般普及用じゃあ使ったら怒られるような低価格素材と、俺以外に使えない特殊仕様が山盛りさ」

「相当無茶して安く抑えたわね、アナタ」

「さすがご同業。分かるか」

「推測の範囲だけどね」

「腕に覚えがあれば安くなる」

「命がけじゃないの、それ」


 ムーリーは呆れた顔をする一方で、理解を示しているかのようにも見える。


 魔剣製作は、魔導具製作にも通ずる。

 ムーリーは安く抑える為の無茶な方法や仕様などに気づいたのだろう。


 とりわけ魔獣を狩るなどして、自らが素材調達を行えば、買ったり取り寄せたりするよりコストダウンできるという感覚は、ムーリーも理解してくれたようである。


「さておき、お待ちどうさま。

 林檎似の果実(エルッパ)のリゾットとペスカトーレよ」

「ふふ、良い香りね」


 コトリと静かに置かれた皿から、料理の香りが舞う。

 

「本当にエルッパの香りがするのね」

「そりゃそうよ。エルッパを使ってるんだもの」

「どうにも、(エシル)と甘酸っぱいエルッパを合わせるコトが想像できなくて」

「ふふ。それはちょっと分かるわ」


 クリスとムーリーのやりとりを聞きつつ、バッカスは自分のところに置かれたペスカトーレを見る。


 トマト似の果実(オタモーツ)を使った赤いソースに、輪切りにされたイカっぽいモノ、ホタテの貝柱っぽいモノ、エビっぽいモノにパスタが絡められている。前世でも見慣れたペスカトーレに似ているものだ。


 だが、このペスカトーレ。

 恐らくはパスタと具をソースと絡めたあとで、大きめにカットされた白身魚を上に乗せたようである。


「この上に乗ってる白身……見慣れない魚だけど、何だ?」

「ふふ。聞いて驚きなさい。泥土の絡(アイムガウク・エ)まり魚(ルグナート・ハシフ)よ」

「え? あれって食べられるの?」

「なるほど、これがか」


 ムーリーの答えにクリスが驚いた顔を見せるが、逆にバッカスは感心していた。


 泥土(でいど)(から)まり(うお)はその名前の通り、泥濘(ぬかるみ)を泳ぐ魚だ。世界各地の湿地帯に幅広く生息している。


 見た目としては羽の生えたウナギだ。

 獲物が近づくと、名前の通り飛びかかって絡みつき、鋭い歯で噛みついてくる。

 また魔術も使える為、飛びかかった相手に絡みつけない時は、小さな水の刃を放ってくるのだ。なので、飛びかかってきたら即倒さないと面倒な魔獣である。


 厄介な上に見た目がよろしくない。しかもその血には毒もある。

 その為、一般的には人気のない魔獣だが、ニーダング王国の貴族たちは好んで食べると聞いて、バッカスが気になっていた食材もあった。


 ただ、バッカスが絡まり魚を知ったのこの町で暮らすようになってからだった。

 だが運が悪いことに、このミガイノーヤ領内には、泥土の絡まり魚の生息域が無い。気になってはいるが、試す機会のない魔獣だった。


 泥土の絡まり魚に対するバッカスの反応を見て、ムーリーは好奇心に満ちた猫のような笑みを浮かべる。


「バッカス君とは、魔剣だけじゃなくて料理のコトでもお話したくなってきたわ」

「そいつは俺もだな。だが、今は出来立てを頂きたいんで、今度にしてくれ」


 ムーリーの誘うような言葉に、バッカスはいつもの皮肉げな笑顔を少し和らげたような表情を返す。

 バッカスの言葉に、それもそうだ――と納得したムーリーは自信に満ちた笑顔でうなずいた。


「ええ、もちろん。美味しいモノは美味しいうちに美味しく食べてちょうだい」


 ムーリーの言葉は自信に満ちている。

 自分が提供したモノは美味しいモノであるという絶対の自信のある態度だ。


 そういう態度、バッカスは嫌いではなかった。


「そうさせてもらうぜ。頂こうか、クリス」

「ええ」

「お二人ともごゆっくり。ティーワスは食べ終わった頃に持ってくるわね」

「ティーワス?」


 ムーリーが口にした言葉にクリスが首を傾げたことで、去ろうとしていた彼も足を止める。


 そしてクリスの疑問にムーリーが答える前に、バッカスが補足した。


「古い言葉で甘味を意味する。まぁ当時の感覚だと、ティーワスってのは甘い果物のコトを指すのがほとんどだけどな」

「ふふ。そこから転じて、アタシは自分の作る甘味をティーワスって言ってるの。ダメかしら?」

「良いんじゃないか? 言葉は生き物だって言うしな。時代とともに含む意味も変わってくるコトもあるだろうよ。

 むしろ流行らせるのに成功すれば、流行り言葉発祥の店ってコトでここの宣伝に出来るじゃねぇか」

「あらやだ。宣伝だなんて……そこまで考えてなかったわ! でも流行ったならそれはアリね!」


 前世のスイーツって言葉と似たようなものだろう――と、バッカスは胸中で苦笑する。


「ティーワス……ティーワスか。いいわね。

 単に甘味って言うだけより、ちょっと洒落た言い回しに使えそうよ」


 そしてクリスが流行らせるなら、貴族も平民も問わず、若い女性の間で使われる言葉になっていくのかもしれない。


「是非とも、お嬢様の間でも流行らせて欲しいわ」

「食後のティーワスの味次第ね」

「良かったわ。それなら広めて貰えそうね」


 それにしても、ムーリー。自分の料理に自信満々である。


「二人とお喋りするのも楽しいけど、食べるのをお邪魔しっぱなしね。

 改めてごゆっくり、お二人さん。またあとで」


 そうして去っていくムーリーの背中を見てから、バッカスとクリスは顔を見合わせる。


「うし。喰うか」

「ええ」


 食の子神クォークル・トーンへと祈りを捧げ――


「いただきます」


 二人は、それぞれの料理に手を付けた。


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