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どうあっても、正体不明な奴もいる


 この世界スカーバは、バッカスの持つ日本人の知識から見ると、間違いなく剣と魔法のファンタジーだ。


 だからこそ、日本人ないし地球人としての常識からズレた面も多々ある。

 とはいえ、バッカスは転移ではなく転生だし、赤子からスタートだったので、この世界に馴染むことはそう難しいことではなかった。


 日本人や地球人の視点で見ると意味不明なモノも、この世界の視点で見ればそうでもない――なんてことも良くある話。その逆も然りだ。


「正体不明の魔獣っぽい何か、ねぇ……」


 何でも屋(ショルディナーズ)ギルドの来賓室。

 そこに置かれた高めのソファに腰を掛けて向かい合うのは、バッカスとギルドマスター・ライル。 


 ライルから説明を受けたバッカスは、面倒くさそうに眉を顰めていた。


「ロックたちのパーティが見かけたって話でな」

「なら、その調査をロックたちにさせれば良いだろ」


 この町ケミノーサの中でも上位に入る何でも屋(ショルディナー)の名前を出しながら、二人は睨み合うように顔を向け合っていた。


「得体が知れ無さ過ぎるんだ」

「知るかよ。その手の調査と対策は何でも屋と領衛騎士の仕事だろうが」


 町の近隣に現れたらしい謎の存在。

 それが町や住民に対して脅威であるかどうかの調査となれば――バッカスの言う通り、何でも屋や騎士の仕事だ。


「魔術を使ってきたって話だ」

「別に魔術を使う魔獣なんざ珍しくはねぇだろ。

 そもそも魔植獣(ましょくじゅう)と一般的な動植物(どうしょくぶつ)との差異に関する定義は、内包する魔力(カラー)を魔術なり彩技(アーツ)に変換し、外部へ放出するコトが可能かどうかだ。

 その定義に従えば、人間だって魔獣だぞ」


 バッカスの言い放つような解説に、ライルは軽く肩を竦める。

 舌戦でバッカスに勝てるワケがない。それを理解しているから、ライルは小さく嘆息し、真面目な視線をバッカスに向けた。


「素直に言おう。オレのカンだ。

 下手に何でも屋に任せられる案件じゃない気がする。ロックやストレイでも不安がある。だからお前に頼りたい」


 真っ直ぐに向けられたライルの視線と言葉に、バッカスは居心地が悪そうに身動(みじろ)ぎしてから、頭を掻く。


「しゃーねぇなぁ……」


 バッカスが大きく嘆息しながらも、引き受けてくれそうな態度になったことに、ライルは小さく安堵する。


「情報資料をよこせ。家帰って読んでから、準備して向かう」

「恩に着る」

「報酬は弾めよ」

「常識の範囲でな」

「正体不明の非常識を相手取るかもしれないのに、報酬を常識に納めるのかよ」


 バッカスが資料を手にギルドを出ていくのを確認してから、ライルは改めて盛大に安堵の息を吐くのだった。





 自宅で資料を読み、装備を整えたバッカスは、すぐに目撃情報のある雑木林へと向かう。


(影だけ見るとバルーン種のようだったって話だが、さて……)


 バルーン種とは宙に浮かぶ球体の魔獣だ。

 漫画的表現で描かれた魂の形に似てるかもしれない。ひょろりとしている部分は、バルーン的には尻尾になるのだが。


 大きさはバスケットボールサイズから、ちょっとしたタルくらいのサイズまでいる。


 それが、全国のどこにでも基本種なり派生種なりが分布しているのだ。

 前世で例えるなら、この世界のマスコットに抜擢されかねない勢いで世界中どこでも見かける存在である。


 もっとも人間の顔にも似たその顔は、常に苦渋と苦悶に満ちていて、可愛げなんぞ微塵もないから、マスコットに選出されるなどまずありえないだろうが。


 強さはピンキリ。

 ただ基本種であり誰もが知っているノーバルーンという個体は、駆け出しや見習い……なんなら子供の戦闘訓練にも使われるくらい弱い。


 空中――と言っても大人の胸くらいの高さが限界だ――を漂い、体当たりを主に使ってくるが、大したことはない。


 もちろん、上位種ともなればもっと高く飛んだり、身体を硬質化させて体当たりしてきたりと危険度は増す。

 だが、強い個体は、ほとんどレア種族なので、遭遇率は非常に低い。その上位種との遭遇率の低さも特徴と言えば特徴だろう。


 人間を簡単に殺せるようなバルーンは、それこそ秘境や洞窟などの最奥付近にまでいかないと出会えない。


(となれば、バルーン種である可能性は限りなく低いんだが……)


 ゼロ――とは言い切れない。何らかの理由で上位種がこの辺りへと迷い込んだという可能性は否定できないのだ。


(上位種だったとしても、俺が勝てるレベルだと助かるんだがなぁ)


 クリスとメシューガを呼んでパーティを組む必要があるような相手だったりするのは勘弁願いたい。

 そんな強い相手と、常識的な報酬だけで戦ってなどいられない。


「ん?」


 警戒しながら雑木林を歩いていると、不自然な影が視界に入った。

 バッカスは一気に警戒心を高めた足を止める。


(ただのバルーンか、それとも別の何かか……)


 気配を殺し、木々の影からその存在の様子を伺う。


(……紫色の、バルーン?)


 バッカスの視界に映るのは、彼の知識にはない体色のバルーンっぽい魔獣だった。

 正面だけでなく、左右にも特徴的な顔が浮かんでいる。


 ふよふよと雑木林を漂うそのバルーンっぽい魔獣。

 バッカスはしばらくその様子を見ていると、それは急に動きを止めた。


(気づかれたか?)


 まともな情報収集が出来てない状態で対面したくはないが、戦闘になるなら仕方がない――そう腹を括るバッカスだったが、どうやらバルーンっぽい魔獣が動きを止めた理由は別のようだ。


大兎(ギビ・チブバル)?)


 魔獣であるお化け兎とは異なる、動物に分類される大型の兎だ。

 大型と言っても、地球にいる大型兎とそう差はない。


 どうやらバルーンっぽい魔獣の狙いは、アレのようだ。

 動きを止めたバルーンっぽい魔獣から突然細長い触手が生えて、大兎を捕らえる。

 すると、顔でも何でもない体表の一部がぐわりと開いて、兎をそこから取り込むように飲み込んだ。


(……ありゃ、バルーンじゃねぇな……一体なんだ?)


 触手を使って獲物を捕食するバルーンなど聞いたことがない。

 よしんばバッカスの知識にないバルーンにそんな種がいたとしても、あんな獲物の食べ方をするとは思えない。少なくとも多くのバルーン種は、その人間に似た口から、ふつうに餌を食べるのだから。


 訝しんでいると、そのバルーンっぽい魔獣の頭頂部に、ピンと伸びた兎の耳が生えてきた。


(あいつはバルーンに似てるんじゃねぇ……バルーンを取り込んだことでバルーンに似たんだッ!)


 その瞬間、バッカスの脳裏に閃くものがあった。

 それがどういう存在なのか理解すると同時に、術式を展開し魔術帯(キャンパス)に魔力を流す。


(じゃああの体表の顔は何かって言えば、食われた人間だろうよ……クソッタレ!)


 バルーンっぽい魔獣がこちらに気が付くが、バッカスは承知の上だとばかりに、茂みから飛び出した。


(魔術を使ったのを目撃されてるってのも理解した。

 取り込んだ人間が使っていた魔術を使ったんだろうよッ!)


 大本の姿は不明。

 その正体もよく分からない。

 だが、一つだけ分かったことはある。


「悪いがッ、テメェはここで死ねッ!!」


 生かしておくのは危険だ。


 取り込んだ生き物の特徴や能力を使える異形。

 そんなものが、ケミノーサの町に入り込んだら最後だ。


 魔術だけでなく、人間の知恵や考え方などを身につけられたら、恐らく手がつけられない存在になる。


 両手を魔獣へ掲げて、手加減抜きの魔術を組み立てていく。


 広げた魔力帯へ、黒の魔力を注ぎ、黒の神へと祈る。

 刻み込む内容は、死、腐敗、破滅の神に関する記述だ。


「厄災を(もたら)す勇者よッ、英雄の破滅を仰げッ!!」


 呪文と共に魔術を発動させる。


 見るだけで不安を煽る黒い魔力がうねりをあげ奔流となり、魔獣を襲う。


 触手を伸ばしてそれを防ごうとする魔獣だったが、衝撃波と化した魔力の奔流は、触れた触手を腐食させてから破裂を引き起こす。

 そして触手によって防がれることなく本体へ到達した衝撃波もまた、同様の結果を引き起こした。


「ふつうの魔獣なら、十割に近い確率で即死する魔術だったんだが……」


 腐食しきらず、破裂することなく残った部分は、まだ宙に浮いている。

 それどころか破裂した部位の断面がボコボコと気色悪く泡立つと、ゆっくりと再生していた。


「まともな生き物かどうかも怪しいな、こりゃあ」


 完全復活されても面倒くさい。

 バッカスは再び両手を掲げ、魔力帯を広げていく。


 先ほどと同じく、黒の神に祈りながら、死・破滅・崩壊の神に関する記述を刻んでいく。


「破壊を求める御手(みて)よ、冥府の掌握を(にな)えッ!」


 放たれたのは、魔力の色である黒に染まった衝撃波。

 先の術と異なるのは触れたモノを腐食させて破裂するのではなく、触れたモノを振動粉砕していくという凶悪なモノ。

 しかも、その振動は破壊前に触れてたモノにある程度伝播していく為、連鎖的に様々なモノを破壊していく。


 一定範囲に広がるころには振動も弱まり、崩壊効果も消え失せる。だが使い方を間違えれば仲間すらも即死させる極悪な魔術である。


 使用者であるバッカスすら、ちょっと効果がやばすぎて使うのを躊躇うレベルのシロモノであり、切り札の一つだ。

 今回それを向けた相手は宙に浮いており、木々にも触れてない為、直接ぶち当てても周辺への被害は少ないのも、これを切る決断をさせた要因である。


「さすがにこれも耐えられると、即座に打てる手はないんだが……」


 ズタズタに砕けて地面に落ちゆくグロテスクな欠片の群れと化していくのを見て、バッカスは小さく息を吐く。

 再生する気配はなく、魔術の余韻が死体の触れた地面を削ることもない。


 グロテスクな欠片の群れは動く気配はなく、動きを完全に止めているようだ。

 だが、その中で小さく蠢くモノがあり、それを凝視する。


 オタマジャクシのようにも見える小さなそれは、紫色の極小サイズのバルーンにも見える。

 血と肉の海をうねうねと泳ぎながら、脱出しようと試みているように思える。


 顔の無いオタマジャクシ。

 あるいは生き物の精子に近い……姿、かもしれない。


「こいつが本体か」


 もし野生の生き物なのであれば、通常は大きなサイズになる前に死んでしまうのだろう。そしてこの大きさだからこそ、誰にも気づかれずに生まれては死んでいたといったところか。

 だが、取り込んだ生物の組み合わせや順番によって、生き延びてしまった存在が、今回のような化け物バルーンと化した――と考えるのが妥当な気がするが……。


「逃がすわけにはいかねぇよな」


 直接触る気はしないので、魔術でぷちりと押しつぶす。

 動き出す気配はない。完全に絶命したようだ。


「外側の肉体を失っても本体が生き延びてれば再起できるって、もうこれ真っ当な生き物じゃねーな」


 野生にいるなら――などと想定はしてみたが、改めて考えてみると、あまりにも野性的とはいえない生態だ。


「相手を殲滅するまで再生と成長を繰り返す――とかかね。

 これ、どっかで秘密裏に開発された生体兵器だったりしないか?」


 それがどこからか逃げ出してきたか――

 もっとも、それすらもバッカスの推測にも満たない妄想であり、答えではない。


「ここで悩んだところで、何も分からねぇってだけなんだがなぁ」


 このバルーンに似た魔獣が何だったのか、結局正体は分からずじまいだ。


「正体が何であれ――ライルと、領主への報告は必要……か」


 地球人の視点でも、スカーバ人の視点でも、正体不明な存在というのは当然のようにある。

 それが何であるか分からずとも、存在している以上は付き合い方を考えていかねばならないのは、どちらの世界であっても変わらない。


 そしてそれを考えるのは、少なくともバッカスの仕事ではない。


「疲れた。今日はもう何もしたくねぇ……。

 ライルのところに顔を出したら、酒場だ。うまい酒とうまいメシを浴びたい……」


 まだ日が落ちるには早い時間だが関係ない。疲れたものは疲れたのだ。


 魔獣本体と、砕けて血塗れの破片となった身体の一部をサンプルとして採取し終えると、バッカスは残った破片を魔術で火葬してから、帰路へとつくのだった。



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