何度も言うが面倒を招くな、幸運を招け 8
10/24にコミカライズ3巻発売されております٩( 'ω' )وよしなに!
バッカスの家のリビングでくつろぎながら、クリスは自分の口元を指で撫でる。
「ゲッコード・アウマ・ウルートー、ね」
黒ずくめから話を聞き出したあと、バッカスはストレイと目を覚ましたクリスを連れて自宅へと戻ってきていた。
昼食にも夕食にも中途半端な時間だが小腹も空いたので、ちょっとしたティータイムも兼ねて、クリスへの事情説明だ。
「……ゲコ・ウトーじゃないの?」
クリスの問いに、ストレイは「誰だそれ?」と首を傾げる。
それに対して、バッカスは軽く肩を竦めて答えた。
「前にどこぞのぼっちゃんが口にした名前だよ。どっちが偽名なのかは分からんが、ゲコ・ウトーはこの国での活動名なんだろうさ」
「どっちがどっちだろうと、安直な名付けではあるな」
ストレイは思わずそう言って嘆息する。
そのタイミングで、バッカスは完成した料理をテーブルに置いた。
「とりあえず、出来たぞ」
テーブルに置かれた料理は、揚げ物の挟まったダエルブだ。
丸い形のダエルブに挟まれた揚げ物も丸くて分厚い。
一緒に、千切りにされたキャベツ似の葉も挟まれている。
バッカスが用意したのはメンチカツバーガーだ。
それも、唐突に前世の某大盛りカフェチェーンで食べた大きいやつを思い出したので、サイズもそれである。
その為、バッカスとストレイのものはそこらで売っているサンドイッチなどと比べるとだいぶ大きい。
――だが、クリスのは別格だ。
その直径は人より大きい手を持つストレイが全力で広げた掌よりも大きい。
これは一時期、その某カフェがフェアだかキャンペーンだかの期間限定でやっていた大きなメンチバーガーというやつをイメージしたモノである。
ただでさえ大きめのパンが出てくる店、大きなとついたらどうなるか――推して知るべし。
もっとも、このサイズに対して、もはやバッカスもストレイも疑問を抱かない程度には、クリスの大食漢っぷりは有名になっているのだが。
「待ってました」
「ティータイムと言ったわりにはガッツリしてるな」
手を合わせて嬉しそうにするクリスに対し、ストレイはどこか呆れ気味だ。
「いやだったか?」
バッカスが問うと、ストレイはとんでもないと首を振る。
「嫌いじゃないから問題ない」
「それならいい」
さらに三人分のお茶を出して、バッカスも席に着いた。
「待たせたな。喰おうぜ」
それぞれに食前の祈りを捧げてから、がぶりつく。
ダエルブの甘く香ばしい風味と、ザクザクの衣。
噛みしめれば衣の中のメンチからたっぷりの旨味と脂がスープのように溢れ出す。
下に敷かれたシャキシャキのキャベツ似の葉にシャキシャキとした食感と甘み。
それらが混ざり合う中で、バッカス自家製なんちゃってウスターソースが絡み、一体感を高めていく。
(……ああ、我ながら良い感じじゃないか。
キャベツは松葉型のエガブニプじゃなくて四角い形の一枚葉であるエガヴェッカを千切りにして正解だった。
エガブニプでも良かったが――あっちは、歯ごたえと歯触りがコレより良いからな。
その場合、衣のザクザクとケンカしちまうだろうし。なにより、似たような味でも野菜としての甘みと旨味はこっちの方が強い。
何気ない仕事だが、こいつがあるのとないのとじゃあ、絶対味わいや口触りが変わるだろうしな。やっぱ妥協しなくてよかったぜ)
ガツガツとかぶりつきながら、胸中で自画自賛していると、いつの間にか食べ終わっていたクリスが満足そうな顔をしてお茶を飲んでいる。
「……待て。もう食べ終わったのか?」
思わずバッカスがうめくと、クリスはなんてことのない顔をして首を傾げる。
「そうだけど?」
「結構、デカいの作ったつもりだったんだがな?」
「うん。大きかったわ。良い大きさだった」
ありがとうと本当に嬉しそうに言うクリスを横目に、バッカスとストレイは自分の手元を見た。
二人もそれなりのペースで食べていたのだが、自分たちの分はまだ半分ほどしか食べれていない。
「日に日に食べっぷりが化け物じみてきてないか?」
「失礼な~!」
わざとらしくプンプンと怒ってみせるクリスに苦笑して、バッカスは自分のバーガーにかぶりつく。
「ねぇ、バッカス。ストレイさん。ゲコはどうするの?」
バーガーにかぶりついているバッカスへ、クリスは少しだけ真面目な顔をして訊ねた。
それに二人も真面目な顔で思案する。
ややしてストレイはお茶に口をつけ、口の中のモノを洗い流すように飲み込んでから答えた。
「正直、どうしようもできないな」
同じようにバッカスも口の中を空にしてからうなずく。
「ストレイの言う通りだ。正直、現状でこちらからできるアプローチはない……というか見つける手段も、接触する手段もない――が、正しいか?」
口の端についたソースを親指で拭って舐めながらそう言うバッカスに、ストレイも同意した。
「だな。名前だけ分かっても、姿形はイマイチ分からんしな」
「情報としては男。年齢は俺と同じくらいだが、見た目はやや老け気味に見える程度に不健康そうってところか?」
「ああ。だが、それだけの情報でこの町近辺に隠れ潜んでいる男を捜せるかというと、難しいと思わないか?」
「……それを言われると……そうよねぇ……」
バッカスの中には、いくつか調べる候補があるが、それが正解かは分からないし、ヘタしたらただの余計な情報になりそうなので、敢えて口にしない。
「なのでまぁとりあえずは、マーナを護衛しつつ、自分の身を守りつつ……だな。
そんで、ゲコのやつが作っただろう魔剣は、発見次第全否定して叩き折る」
「ただ壊すだけじゃダメなの?」
「ダメだな。完全否定し、ゲコの魔剣技師としての矜持を踏みにじった上で叩き折るんだ。そうすりゃあ、そのうちキレて姿を見せるだろ」
バッカスの物言いに、ストレイとクリスは眉を顰めた。
「お前はそれで平気なのか? 同業者だろ?」
「同業者だから許せねぇんだよ。何でも屋を名乗って雑な仕事して、犯罪じみたコトやって、この自由さこそ何でも屋の本質だとか叫んでるようなヤツを想像してくれ」
「……なるほど」
どうやらストレイはそれで納得してくれたようだ。
「少なくとも俺とムーリーの職人感覚と、ゲコの職人感覚は相容れない。ただ相容れないんじゃなく、許せる範囲を超えてるんだ」
向こうはどうか知らないがな――と言って、バッカスはバーガーを乱暴に噛みちぎる。
「ゾンビ騒動といい、魅了の魔剣といい、今回の騒動といい……ゲコとやらの後手に回ってるのは面白くないがな」
「そうねぇ――こっちから打って出る手段とかないの?」
ストレイとクリスに見つめられ、バッカスは肩を竦めてから、バーガーを嚥下する。
「無くは無いが今すぐどうこうできる手段でもない。
それにマーナを狙ってる連中含めて、町に入り込んでる連中をある程度見極めておきたいってのもある」
「でもマーナさ……さんに関しては、依頼人や黒幕は王都の連中でしょう?」
「そうだな。その黒幕にも目処を付けておきたいところではある。まぁそのうち悪友から連絡は来るだろうけど」
バッカスの答えに、ストレイは首を傾げる。
「王都にいる黒幕をどうにかできるのか?」
「ここからどうにかするには物理的に無理だ。
だが、黒幕と戦ってる悪友をここから支援する算段はついてる」
「は?」
何言ってるんだこいつ――という顔をするストレイに、バッカスはいつものシニカルな笑みを浮かべて見せた。
「その為の武器が届くのを待ってるのさ。あと、その武器を使うのに必要なモノも、そろそろ準備が終わるようだしな」
「バッカスは本当に何をしようとしてるのかしら?」
「こっちから物理的に手を出せないっていうのは、向こうからも物理的に手を出せないのさ。だけど、こっちから一方的にケンカを売るコトは可能だ。いや近々可能になると言うべきか」
ストレイとクリスは顔を見合わせて首を傾げている。
「分かる必要はねぇよ。敵を欺くにはまず味方から――ってワケでもねぇが、この手段を知っているヤツは少なければ少ないほど成功率があがるからな。王都とマーナ絡みの方はこれでカタがつく予定ではあるんだ。今は、変に詮索しないでくれると助かる」
そう言って、バッカスはバーガーの最後の一口を口に放り込んだ。
「お前がそう言うなら、まぁ信じてやるよ」
「そうね。片方だけでも片付くならそれに越したコトはないだろうし」
納得する二人から視線を逸らして、バッカスは窓の方へと視線を向ける。
(ただまぁ初手からプロパガンダは悪手かもしれないんだよなぁ……。
その辺りのフォローも込みで、もうちょっと手段を詰めておかないとな。
でもなぁ――事件関係なく、魔導具ギルドには組織その物に一撃ツッコミたい)
冷静と欲望に揺れながら、バッカスは反撃の為の手段を色々と思案するのだった。
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