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何度も言うが面倒を招くな、幸運を招け 7


 いつもの治療院。

 おばちゃんには「お早いお戻りで」などと言われたが、バッカス個人としては別に戻ってきたくて戻ってきたワケではない。


 ともあれ、クリスと黒ずくめを診てもらい、特に問題ないとお墨付きをもらって一息だ。

 もちろん黒ずくめとやりあっていたルナサやテテナにも問題はなかった。


 診断の結果、クリスと黒ずくめの二人はじきに目覚めるとのことだったので、バッカスは病室で待つことにする。


 クリスの方にはルナサたちに任せて、バッカスとストレイは黒ずくめの方だ。

 ちなみにムーリーは全員の無事を確認した時点で、お店へと戻っていた。


 そうして、バッカスは備え付けの椅子の背もたれを抱きかかえるように座り、ストレイは壁に背を預け、男が目覚めるまで待つ。


 しばらくして――


「むぅ、ここは……?」

「よう。目覚めたか」

「…………」


 黒ずくめの男は目を醒まし、バッカスとストレイに対して目を(すが)める。

 明らかに戸惑っている様子の黒ずくめに対して、ストレイが壁に預けていた身体を戻し、男の方へと数歩歩きながら訊ねた。


「お前、どこまで覚えている?」

「覚えている……?」


 反応は悪いのは寝起きだからか、本当に記憶があやふやなのか。


「町中で女を襲った。そこを何でも屋のガキ二人が割って入った。

 二人とやりあってるところに俺が加勢し、最後に乱入した何でも屋のルーキーにトドメを刺された。

 ……その流れを覚えているか?」


 バッカスの言葉を吟味するような様子を見せてから、男はゆっくりとうなずいた。


「どこか夢心地な、ぬるま湯のような悪夢に浸ってる感覚はあった。だが、現実であったのであれば覚えていると答えよう」

「あやふやだな。ハッキリと覚えているワケではないのか?」


 ストレイが訊ねると、男は首肯する。


「ああ。記憶は判然としないんだが、どこかの時期からずっとそんな感じになった。

 ターゲットではないはずの女に襲いかかった覚えもあるんだが、夢心地の中ではその女を狙わないといけない感覚があったのは確かだ」


 男の言葉にバッカスとストレイは顔を見合わせた。

 嘘を言っている様子はなさそうだが、そうすると別の問題が浮上し始める。


「お前以外にも町の有名な腕利き何でも屋が同じような状況になって暴れていたんだが……お前らをそんな状態にした相手に心当たりは?」

「すまない。正直、自分がいつから正気を失っていたのか分からないんだ」


 これも嘘ではなさそうだ。


「バッカス。これ、かなりマズいぞ」

「ああ。いつぞやのゾンビや魅了なんかと違って、対策手段が見えないのがやべぇな」

「私にしたように解除手段はあるだろう?」


 ストレイとバッカスのやりとりに、男がそう口を挟むが二人は本気で言っているのか――と肩を竦めた。


「それは対処療法であって対策じゃあない。イタチゴッコじゃ限界があるし、お前さんやお前さんと一緒に操られてた何でも屋は、その状態でも十分に驚異的な戦闘力があった。

 身体に染みついている無意識の戦闘技能はある程度発揮されるんだよ。ここまで言えばやばさも分かるだろ?」

「……それは確かにまずいな」


 僅かに考えて、すぐに答えがでたのだろう。

 黒装束の男は苦い顔をしてうなずく。


「だが、すまない。覚えてるコトがあれば協力したいところだが、本当に気がつくとこうなっていて、何も覚えていないんだ」


 真面目な顔でそう告げるのだから、この男の根は真面目なのだろう。

 だが、戦闘中の動きや、今の姿から推察するに、裏方の人間であるのは間違いない。


 だから、バッカスはとりあえず一度うなずいて見せた。


「わかった。この話はここまでだ」


 そんなバッカスの様子にストレイ僅かに顔を顰める。だが、バッカスの性格を考え、変にツッコミは入れずに傍観を選ぶ。


「――で、次の話なんだが」


 案の定、バッカスが人の悪い顔をしてそう口にした。

 その意味を理解したのか、黒ずくめの男の顔が渋くなる。


「お前、完全な闇側の人間じゃないだろ?

 王侯貴族に飼われてる暗部系の人間だと思うんだが、どうだ?」

「どうしてそう思った?」

「真面目すぎるし、受け答えが一般人に寄りすぎてる。

 暗部の仕事をしてない時は、真面目な一般人として働いてるタイプだと見た。

 加えて、犯罪組織や闇ギルド系に所属するような暗殺者特有の、裏の匂いみたいなのが薄い」


 真面目な顔をしてキッパリと告げるバッカスに、黒ずくめの男は観念したように両手をあげた。


「相手が悪すぎるようだ。

 しかも、ヤキでも回ったのか仕事中に操られたしな……仕方ないか」

「いや、このバッカスと会ってしまったという点に関しては本当に相手が悪かっただけだし、この町の実力者たちの目を盗み、お前さんみたいなヤツを簡単に操れるヤツも大概例外だと思うぞ。ヤキが回ったと思うには些か早計だ」


 あまりにも憐れに思えて、ストレイは思わずフォローを口にする。


「俺に対する評価だけはあとで根掘り葉掘り聞かせてもらうからな?」

「お前だって自覚がないワケじゃあないだろう、バッカス?」


 憮然(ぶぜん)と口を尖らせるバッカスにやれやれと肩を竦め、ストレイは黒ずくめへと視線を戻す。


「それで、お前は誰が狙いだ?」

「情けない姿を見せているがこれでも暗部の人間だぞ。口を割ると思うか?」


 それもそうか――と、ストレイは腕を組む。

 だが、横にいるバッカスはそれなら――と、問いかけを変えた。


「答えられる範囲でいい。こっちも知人がターゲットにされてる状況だからな」


 バッカスの言葉に、思わずそうなのか――とストレイは口にしかけて、口を噤む。

 事実であれハッタリであれ、それは余計な口だ。相手から情報を引き出そうしている時に、文字通り口を挟んで台無しにしかねない。


「……そのターゲットと言うのは、操られている時に私が襲った女性か?」

「いや。ただ、見た目は少し似てるな」


 なるほど――と黒ずくめの男は口にしてから、ゆっくりと首を横に振った。


「ならば、私のターゲットではない可能性が高い。一応確認するが――お前の知人というのは、貴族か?」

「ああ。この国の貴族の女だ。重要か?」

「とても重要だ。私のターゲットは男だし、この町近辺に隠れ潜んでいるという、ブュイリュング王国出身の貴族だ」

「そうか。なら、全く違いそうだ」


 その返答を受け、バッカスは脳内で手札の情報を確認しなおす。


(マーナを狙ってるワケではない暗殺者……か。勘違いしやすいタイミングで、勘違いさせるようなコトしやがって……いや待てよ)


 完全に記憶の片隅に追いやっていたカードを思いだし、それに手を伸ばす。


(そういや、マーナがこの町の来る途中に襲ってきた連中……あいつらも、マーナ狙いじゃあなかったな)


 つまり――


 この町にはマーナを狙うこの国の貴族が刺客として放った暗殺者。

 この国に潜伏している隣国の貴族を狙う、隣国が放った暗殺者。


 ――その二種類がいるコトになる。


(そんでもって、マーナを迎えにいった時にやりあった連中は……)


 確認しておいた方がいいかもしれない。

 バッカスはそう結論づけると、少しシリアスな顔をして訊ねる。


「なぁ、もしかしてアンタの狙ってる相手ってのはゲッコゲーコ・オウマ・プルプルトーンみたいな名前のやつじゃなかった?」

「絶妙に似ているのに違うせいで判断しづらい名前を出さないでくれ」


 思わずそう答えてから、黒ずくめはしまったという顔をする。


「バッカス。ハッタリをしかけるにしても、もうちょっとまともな名前はなかったのか?」

「え? いや、全然思い出せないからそれっぽい名前を出しただけなんだが」

「それっぽい名前は素かよ」

「どちらであれ、反応してしまった時点で、私の負けだな」


 バッカスとストレイのやりとりにそう嘆息して、黒ずくめは顔を上げた。


「正しくはゲッコード・アウマ・ウルートーだ」

「なるほど。判断に困るそれっぽさだ」


 ストレイは何となく黒ずくめに同情してしまう。


「まぁいい。お前らはそいつが狙いなのは間違いないんだな」

「ああ。そうだ。しかし、君はどこでゲッコードの名前を?」


 当然の疑問に、バッカスはシニカルながらも何とも言えない笑みで答えた。


「以前、俺のダチの馬車が襲われてな。襲ったのは盗賊に扮してた――恐らくはお前さんのお仲間だ。それをボコボコにした際にその名前を口にしてたのを思い出した」

「……何となくやりそうな連中に心当たりはあるが……どうして彼らは盗賊なんぞに……?」

「検問みたいなもんだろ。他国で堂々とそんなモンはできないが、盗賊に扮して馬車の中を改める分には、ビビリ散らしてる馬車の持ち主から文句は言われない。

 まぁそういうノリだろ。結果、盗賊として俺にボコられたワケだが」


 何やってるんだあいつら――とばかりに黒ずくめは天井を仰ぐ。


「しかし、解せんな」


 バッカスと黒ずくめのやりとりを聞いていたストレイは首を傾げる。


「どうしてお前たちはそのゲッコードという男を執拗に追いかけているんだ?

 他国に逃げ込んだやつを追いかけるにしても、些か物々しい上に、秘密裏にやろうとしすぎているだろう?」

「ストレイ。気持ちは分かるが、他国の政治問題なんて、母国の政治問題に首を突っ込む以上の厄介事だぞ?」

「……まぁそうなんだろうが、さすがにな」


 顔を顰めながらストレイはバッカスにそう返して、黒ずくめへと視線を戻す。


「この町に騒動と問題を持ち込んでいるのは間違いないだろう?」

「そこは否定しようがないな」


 バッカスはストレイにうなずくと、そこんとこどうなんだ――と、黒ずくめを見た。

 黒ずくめは些か困ったように、だが観念したように、小さく嘆息する。


「まぁ正直、ヤーカザイ王国に知られぬように対処というのがどだい無理だったのだろうな」

「つまり、バレるとウチの国からめっちゃ怒られる案件ってコトか」

「ああ。否定しないよ」


 それなら確かに秘密裏に処理したくなるのだろうが――


「――だとしたら、なおさら気をつけろ。やり方が杜撰(ずさん)すぎる」

「返す言葉もない」


 バッカスの指摘は正しい……と、黒ずくめは肩を竦める。


「ゲッコードは危険な魔剣や魔導具を不要になったら国内にバラまいていたり、その手の道具が暴走したり、危険な反応を見せたりしても、国やギルドへの報告はせず、雑に廃棄して問題を発生させたりを繰り返していた為に、指名手配された」

「そんで隣国であるこっちへ逃げてきた……と?」

「それもあるが、そもそも以前からヤーザカイ王国へ赴いては、そこで危険な道具の試運転などもしていたと聞いている」

「クソだな」


 思わずバッカスは毒づいた。

 手に入れるのは構わないが、手にしたならちゃんと管理しろと言いたい。


「……待て。雑に廃棄したと言ったな?」


 ストレイが何かに気づいて、不機嫌そうに目を(すが)める。

 その様子を見て、バッカスもその言葉が結びつく出来事があり、ストレイと同じような表情を浮かべて黒ずくめを見た。


 二人の鋭い視線に射貫かれた男は、その通りだと疲れたように嘆息しながら、答える。


「この町で起きたゾンビ騒動と、その原因となった人造魔獣。その報告は受けている。

 確証や証拠があるワケではないが――かなりの確率でゲッコードのやらかしであるだろうと、うちの上層部は結論づけている」


 そりゃあ、秘密裏に対処したくもなるか――と、隣国ブュイリュング王国の対応も、是非はともかく気持ちは分かった。


 だが、バッカスもストレイもこのケミノーサの町が好きな人間である。


 だからこそ――


「ゲッコード・アウマ・ウルートー、ね」

「祖国に暗殺される前に、落とし前付けさせないとならんな」


 ――二人は、まだ見ぬゲッコードなる男へ、怒りの矛先を向けるのだった。




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