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何度も言うが面倒を招くな、幸運を招け 4


 治療院で思ったよりも時間を使わなかったな――と考えながら、バッカスは町の中を歩いていく。


 両手をポケットに突っ込みながら考えるのは、今後の対応方法だ。

 色々と思い浮かぶことはあるが、根回しや下準備を考えると即座にとはいかない。


 いかに効率よく立ち回って根回しするか。


 それを考えながら、傾く前の日を見上げる。


(しかしなぁ……俺は魔剣技師だしな……嫌がらせするにも魔剣が――あーいや、でなくとも最悪は魔導具は欲しい。というか作りたい)


 作らずとも、既存のモノを利用した何かをやりたいところだ。


 悪友を支援する為の、大馬鹿者たちへの嫌がらせは、ただ嫌がらせするのではなく、悪友を楽しませてナンボである。

 ましてや今回は、魅了事件と比べればバッカス的にはのんびり対応できるというのもあるのだ。


「とりあえずギルドか」


 小さく息を吐いて、ショルディナーズギルドへと向かうことにする。


 そこでするのは、何でも屋たちへの根回しだ。

 この町に観光へ来ているバッカスの知り合いの貴族が、お家騒動絡みで殺し屋に狙われているという話を、知り合いにしておく。


 三流が混ざっているので、ヘタすると一般人も巻き込みかねないので、それとなく警戒しておいて欲しいと言っておけば、協力的なやつは気に掛けてくれるだろう。


 ついでにギルドマスターであるライルと、実力と人間性が信用できるストレイとロックの三人には、ルナサ指名で護衛兼案内の依頼を出してる女が(くだん)の貴族――と言っておいた。


 バッカスとしては三人を口止めする気はない。

 わざわざ相手を限定してこの話をしている時点で、三人は察して、三人にとって信用できる相手にだけこの話をするだろう。


 同じような話を町の警邏隊にも言っておく。

 騎士隊の方は、クリスや領主から話がいっていることだろう。


「ま、これで多少は連中の仕事もしづらくなるだろ」


 町の武力持ちたちの警戒度を高めた。

 それだけで、余所者の不可解な動きは牽制されることだろう。


「さて次は……」


 日は沈むまで時間はありそうだが、はっきりと傾いている。

 日が落ちるまでにするべきことはあるだろうか――空を見上げながら思案していると、腹の虫が鳴った。


 思わず自分の腹に触れる。


「そういや腹減ったな……何も喰わずにマーナたちに付き合ってたしな」


 どこかで一息入れたいところだ。


「ムーリーは店にいるかね」


 根回しも兼ねて、食事にでも行くか――そう考えて、バッカスはムーリーの店へと足を向けた。




 明らかに女性向けを意識した外観と内装の店で、最初こそ二の足を踏んでいたバッカスだったが、馴れてしまったので気にせず中へと入っていく。


「いらっしゃいませー! あ、バッカスさん。店長ならいますよー」

「おう。ならメシのあとに話をしたいって言っておいてくれ」

「わかりましたー! それなら奥の方の席がいいですよね? 空いてますよ-!」


 そしてお店のスタッフとはすっかり顔見知りである。


 バッカスは案内された奥の席で、カルボナーラの大盛りを頼み、それを平らげた。

 食後のお茶を楽しんでいると、ムーリーが厨房から顔を出してこちらへとやってくる。


「はぁい♪ お待たせしたわね」

「いや、待っちゃいないさ。まずは腹を満たすのを優先したかったしな」

「そう?」


 ムーリーは笑顔を浮かべながら、持ってきた皿をテーブルに置いて、バッカスの対面に坐った。


「ミルフィーユ。これでいいかしら?」

「お? 出来たか?」

「一応ね。でも難しいわ。これ」

「だろうな」


 皿に乗っているのはムーリーの言う通り、ミルフィーユだ。

 パイ生地をバターを挟みながら織り上げて焼いたあと、砂糖を振りかけて溶かし焦が(キャラメリゼ)して仕上げるサクサクのお菓子である。


「食べていいのか?」

「もちろん。感想ちょうだい」


 バッカスはうなずいて一つ手に取る。

 サクサクとした生地は脆く、食べ方を失敗するとポロポロおちる。

 それに気をつけながら口に運べば、甘くて食感の楽しいパイが、バターの風味を香らせながら、ザクザクと音楽を奏でていく。


「お、美味いじゃないか」

「ふふ。バッカスくんが褒めてくれるなら、上出来ね」

「俺のコト信用しすぎだ」


 そんな大層なモンじゃない――と、バッカスは苦笑する。


「これ、ミルフィーユ以外の名前ってあるのかしら?」

「ん? どうした急に?」

「クッキーと一緒に並べられそうなお菓子だけど、ミルフィーユって名前に聞き馴染みがないせいで、売れるか不安なのよね」

「なるほど?」


 一瞬うなずきかけるが、この店には二百年前の美食屋が生み出した数々の独創的な――というか前世知識で広めただろう――料理がそのままの名前で提供されている。


「だが美食屋の名付けたこの国の名前じゃない料理とか普通に取り扱ってるだろ?」

「そうなんだけど……それはなんていうか、ここ二百年で定着してるじゃない?」

「うーむ……」


 確かに定着はしたかもしれないが、それでもまだ美食の国での定着化であって、この辺りではそこまででもない気がするのだが――


 まぁいいか……とバッカスは小さく嘆息すると、前世の知識を絞り出す。


「ミルフィーユ。元々は、千枚の葉っぱって意味の名前だった気がするな」

「薄いパイ生地を重ねるコトを葉っぱに例えてるのね。素敵じゃない」

「ならミルフィーユでいいんじゃね?」

「それが伝わらないなら意味がないのよ」

「ようするにこの辺りでも通じやすく翻訳してくれって話か?」

「そう! それ!」

「そうは言ってもなぁ……」


 言いたいことは理解した。

 だが、パッと出てくるかというと――


「そういやリーフパイって呼び名もあったか」

「リーフ?」

「葉っぱって意味だ。この辺りの言葉回しに変えるなら、エフェル……エフェルパイってところじゃないか?」

「あら良いじゃない! エフェルパイ!」

「なら焼き上げる時に板状じゃなくて葉っぱっぽい楕円形に整えるのもありじゃないか?」

「確かに! そのアイデアいただきよ!」


 なにやらテンションの高いムーリーだ。

 せっかくだから、前世の知識を絞り出してた時に思い出した情報で、もっとテンションを高めてやろう。


「ちなみになんだがな、ムーリー」

「なに?」

「実は伝えてなかったんだが……一言でミルフィーユと言ってもいくつか種類があるんだ」

「ほほう?」


 キランっと目を輝かせて、ムーリーがズズイっと迫ってくる。


「まずはフィユタージュやミルフィーユ・ロンとも言われる、これ――エフェルパイ。まぁフィユタージュっていうのは手法の名前でもあるんだが……ややこしいコトはさておいて派生料理において、こいつが基本だ」

「なら、ますますこれを極めなきゃなのね」

「次にややこしいんだが――同じようにミルフィーユと呼ばれるモノ。

 これはエフェルパイでカスタードクリームや生クリームを挟んだモノになる。最低エフェルパイは三枚使った方がいいな。パイ・クリーム・パイ・クリーム・パイって感じで重ねるたものだ」

「エフェルパイさえ作れるなら、簡単で美味しそうね」

「実は甘い方のミルフィーユって話をしたときに思い浮かんだのはこれだ」


 ミルクレープと混同されがちな料理でもある。

 実際に、以前のミルフィーユ鍋の時にバッカスが思い出したのは、ミルクレープの方だったりするのだ。こっちはあとから思い出した。


「真ん中のパイの代わりにケーキなんかに使うスポンジを挟むと、ミルフィーユ・ブランになる」

「サクサクの中にふわふわが混ざってくるのね! 食感が色々あって楽しくなりそう!」

「すぐに想像できるのは、ムーリーのすごいところだよな」


 そう笑ってから、バッカスは続ける。


「次にミルフィーユ・グラッセ。エフェルパイの表面を砂糖を溶かしたものなんかで綺麗に包んで、その表面にチョコなんかのクリームで模様を描いたモノだ。この溶かした砂糖を塗って包むコトを糖衣(とうい)がけとも言ってな、そこに絵や模様を描くコトで豪華や優雅さを表現する。まぁ貴族向け……そうでなきゃ、お高めの贈答用だな」

「見た目をハデにするコトで贈答用にするってコトね。なるほど」


 それは別のことにも応用できそうね――と、即座に利用方法を思いつくあたりが、さすがムーリーといったところか。


「最後にミルフィーユ・オ・フレーズ。フレーズって果物を使うんだが……この辺りで取れるモノで代用できるとすれば……」

「ああ、そうか。地元でしかとれない果物というのもあるのね。確かにそれは難しい話だわ」

「イレーヴ種のワルタスだ。これもあんま見かけないんだが、フレーズよりは現実的だな」


 イレーヴ・ワルタスは、それこそ(フレーズ)に似た果物だ。

 形も味も、ほぼそのままのものに近い。低木の蔦ではなく、一般的な木から長く垂れ下がった先端に実がついているという違いはあるが。


「ワルタスねぇ……使ってみたいとは思っていたところなのよ」

「カスタードクリームと一緒に切ったワルタスを挟めばいい。それで、ミルフィーユ・オ・フレーズだ。

 完成したミルフィーユ・オ・フレーズにアーモンド似のナッツ(ドノモーア)のスライスをたっぷりとまぶしたりするコトもある」


 そのアーモンドたっぷりのモノは、ナポレオンパイと呼べば日本人にも馴染みがあるかもしれない。


「――とまぁこんなところだな。

 応用としちゃあ、柑橘系(ニラダナム)の果実酒の中でも酒精の強いヤツを熱して、酒精を飛ばしたモノを香り付けでカスタードに混ぜると、風味が良くなって大人向けっぽい味になると思うぜ」


 実際、前世でもコアントローを混ぜたカスタードクリームを使っているお店もあった。


「そのカスタードの情報だけでかなりありがたいわね!」


 ホクホク顔のムーリーを見て、バッカスはニヤりと笑う。

 これだけ情報を提供したんだ。見返りくらいは望んでもいいだろう。


 そう思って口を開こうとした時だ。


「それで?」

「ん?」

「あなたがこんなにボロボロと情報をくれたんだもの。何か狙いがあるのよね?」

「なんだ。バレてたか」


 両手を軽く挙げていつものシニカルな笑顔を浮かべる。

 そして、マーナが妊娠していて、子供ともども殺し屋に狙われているという話をした。


「状況は分かったわ。それでアタシは何をすればいいの?」

「今は特に何もねぇな。他の連中ともども怪しい連中に警戒してくれてればそれでいい」

「ふむ」


 ムーリーは腕を組み、難しい顔をしながら右手の親指で下顎を撫でる。

 その姿を見ながら、バッカスは続けた。


「ただ、状況によっては魔剣ないし魔導具を作る手伝いをお願いするかもな――ってところだ」

「そんなのでいいならいくらでも協力するわ」

「助かる」


 バッカスが小さく息を吐くのを見て、ムーリーは僅かに眉を顰めた。


(普段通りのように見えて……ちょっと真面目ね、今日は)


 それだけ悪友とやらとの関係が大事なのだろう。

 この博識な魔剣技師の意外な一面を見たような気分になり、ムーリーは微かに笑う。


 そんな時だ――


「きゃあッ!?」


 外から女性の悲鳴が聞こえてきた。

 バッカスとムーリーは一瞬顔を見合わせると、即座に席から立ち上がる。


「ゴメンなさいね! ちょっと様子みてくるわ!」


 ムーリーはエプロンを脱ぐと、カウンターにいる女の子に投げる。

 それを勝手知ったる彼女は受け取ると――


「いってらっしゃい店長! バッカスさん! 気をつけてくださいねー!」


 ――なんのかんの荒事に馴れてきているスタッフは、軽く手を振りながら二人を見送るのだった。



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