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何度も言うが面倒を招くな、幸運を招け 1


 酒場で気持ちよく飲んできた帰り道。


 適度に雲が散り、その隙間に星々や月が輝く良い夜だ。

 だというのに――


「バッカス・ノーンベイズだな」


 ――黒ずくめの無粋な連中に、バッカスは囲まれていた。


「違うけど」


 とりあえず、即答する。

 なんと答えようとも、絶対に危害を加える気まんまんの気配を発している連中だ。


 そのくせ、儀礼的に誰何(すいか)してくるのだから、バッカスとしてもとりあえずは否定してみたくなるものである。


「…………」


 すると、「え、違うの?」みたいな空気が黒ずくめたちの間に走る。


 そこはもうちょっとターゲットについて調べておけよ――とは思うが、バッカスは空気を読んで口にしない。

 もちろん、読んだのは弛緩した方の空気であって、緊張感ある空気の方は読まずに霧散させたいところなのだが。


「人違いなら、そこどいてくれないか? 帰って寝てぇんだけど」

「…………」


 さらに困ったような空気が強まった。


(こいつら、さてはアホか?)


 こんな連中を刺客に寄越すようなやつだ。大本もアホなのだろう。


「何をやっている。そいつがバッカス・ノーンベイズで間違いない。さっさとやれ」


 そこへ、新たな声が加わったことで空気に緊張が戻る。


 もっとも――


「やっぱ馬鹿だよな、お前ら」


 空気が戻った瞬間にバッカスは動き出しており、手近な黒ずくめの頭を鷲掴むと、そのまま近くの壁に叩き付ける。


 身体強化して行った一撃だ。不意打ち気味だったのもあって、叩き付けられた者は白目を剝いてその場に崩れた。


「こいつ……!」

「遅せぇよ」


 黒ずくめたちが一斉に身構えるが、バッカスは続く相手の鳩尾に膝を叩き込み、身体をくの字に曲げたそれの襟首を摑んだ。


 それから、その男を包み込むように魔力帯を展開。術式を描いて、神への祈りを記述する。


硝子(ガラス)胞子(ほうし)の歌い手よ、降りしきる(ひょう)を弾けッ!」


 そして魔術の発動と共に、ぶっきらぼうにブン投げた。

 魔力に包まれ弾丸となった黒ずくめが、他の黒ずくめを吹き飛ばしていく。


「聞きしに勝る使い手だな、バッカス・ノーンベイズ」

「相手を褒めるフリして自分を格上に置いて強者ぶるなよ。素直に俺たちは弱いので降参します許してくださいゴメンなさいとでも口にしとけ」


 言いながらバッカスは最後に現れた男へと踏み込んでいった。


「そうしたら、スズメの涙程度の手加減はしてやる、ぜッ!」


 踏み込みから、左足でコンパクトに振り抜く後ろ回し蹴りを放つ。

 男はそれを受け止め、反撃の為にバッカスへと向かって一歩踏み出す。


 バッカスは蹴りを受け止められた不自然な体勢のまま、男に向けて手を掲げる。


「ちッ!」


 魔術を警戒した男は、舌打ちと共に動きを止めてバッカスから身体を離そうとする。

 逆にバッカスは軸足を強引に蹴って離すまいと前に出た。


 蹴り足で着地し、さらに左半身を右へ捻りつつ、半歩身体を男の背後へ出す。

 バッカスはその半歩分前に出たところから、捻った左半身を勢いよく戻すように男の後頭部へ向けて肘打ちを放つ。


 後頭部を強打され踏鞴(たたら)を踏むも、倒れることには耐える男。

 それに対し、バッカスは素早く男へと身体を向け直すと、その膝裏を爪先で蹴り抜く。


 膝を壊す勢いで打ち込まれた膝かっくんに、さすがに男も態勢を崩す。

 そんな彼に対して、バッカスは彼から見れば逆手に顔を鷲掴みすると、そのまま背面に体重を掛けて後ろ倒しにし、頭を地面に叩き付ける。


 膝を折った状態で倒れ伏した男を見、バッカスはまたすぐに復活しそうだと判断した。なので、その折りたたまれた状態の膝上に、体重を大きく掛けるように踏みつける。


「……ぁぁぁッ!?」


 大声こそ耐えたものの、さすがに声が漏れるくらいには痛かったらしい。


「命乞いするような目で見てくるなら、ハナからこういう汚れ仕事に手を出してんじゃねぇよ」


 最後にこめかみの辺りを蹴りつけ意識を刈り取ってから、まだ動けそうな連中へと向き直る。


「テメェらもだぞ。明らかに汚れ仕事として俺を取り囲んだんだ。

 失敗したあとボコられるのも、俺から反撃を受けてボコられるのも、覚悟の上なんだろ?」


 バッカスと男の戦いを見ながら迷ってた連中は、その言葉を受けてバッカスに背を向けた。


「それはさすがに感心しないよ?」


 直後、逃げようとした黒ずくめたちは新たに現れた者によって意識を刈り取られていく。


「メシューガか。助かった」

「何か騒がしかったから見に来ただけだよ」


 そう口にして、メシューガ・ナキシーニュは倒れている男たちを見る。


「バッカスの足下にいるのは二流だし、他は三流だけど――こいつら、本物だね」

「ああ。誰に雇われたんだか知らねぇが、迷惑な話だ」

「でもその二流は、本物は本物だけど……」


 バッカスは嘆息してから、しゃがみ込んで黒ずくめの顔を覗き込む。


「分かってるよ。とりあえず、この二流だけ手元にありゃいいか。あとはこの町の裏社会関係者に投げよう」

「警邏とか騎士様じゃなくていいの?」

「三流とはいえ本物だからな。一般の牢屋にぶちこむのも、少しばかり危険だろ」

「なるほど。一理ある」


 二人は黒ずくめたちを手慣れた動きで縛り上げる。

 この手のプロは縄抜けのテクニックを持っていたりするので、それでも抜けられない巻き方だ。


 その上で、バッカスは自分の顔の利く裏社会の連中へと話を付けて、いくばくかの金銭と共に三流たちを手渡した。


「これはどうする?」

「これは騎士だな」

「少し危険だって話してなかった?」

「複数いたらな。こいつ一人だけなら、腕利きが見張っとけば問題ない」



  ・

  ・

  ・



「まったく、こんな夜更けに何かと思えば……」


 寝間着姿のクリスが、椅子に腰掛けたまま足を組み、剣を握ってバッカスたちが二流と呼んだ男の首元に切っ先を突きつけている。


 眠気のせいか気怠げなのもあって、人によっては新たな扉が開きそうなほど扇情的だ。


 もっとも、砕かれた膝で無理矢理正座させるような姿勢で縛り上げられている男からすれば、苦痛に対しても状況に対しても、何一つ余裕はないだろうが。


「悪いな。だが、俺のせいじゃないぞ?」

「分かってるわよ。バッカスはあくまで狙われただけってコトくらいは、ね」


 剣の切っ先で男を傷つけないようにしながら、剣の側面で男の顎をぺちぺちと叩く。


「しかし狙われたのがバッカスで、居合わせたのがナキシーニュ教諭でなければ、もっと面倒になっていたかもしれん。そう思えば、僥倖(ぎょうこう)と言えば僥倖か」


 姪のはしたない態度には特に触れず、やはり寝間着姿の領主コーカスが腕を組み、難しそうにうめく。


「ボクとバッカスの見解では、この男は――」

「ああ、ナキシーニュ教諭。皆まで言わなくていい。こいつを、他の仲間と同じ扱いにしなかった理由くらいは想像がつく。想像がつくから頭が痛いとも言うがな」


 やれやれと、コーカスは首を振りながら嘆息する。


「国の暗部に近い者だろう?」


 コーカスの言葉に、バッカスとメシューガはうなずいた。

 二人の反応に、コーカスは沈痛な面持ちで訊ねる。


「バッカス、心当たりは?」

「あちこちから恨まれる覚えは無くもないが、暗部に狙われる心当たりはねぇなぁ……」


 ただ――と、バッカスは続けた。


「少なくとも夜騎士の関係者ではないと思う。

 特に暗部と関わりが深い翠夜(すいや)黒夜(こくや)の関係者とは思えない。

 なら特務部隊――パッと思いつくとこと言えば『酒盗機関』だが、あそこのメインは諜報であって暗殺じゃあない。何より、こいつ程度の実力じゃあ酒盗機関には入れない」

「さらっと王国暗部の特務部隊の関係者や名前が出てくる上に、それらの実力と比較できちゃうバッカスが恐いのだけど」


 クリスのツッコミは無視して、バッカスは記憶をひっくり返す。

 だが、バッカスは最後に首を傾げておしまいだ。


「俺の記憶にある連中と比べての消去法だと、全部消えちまって候補が無くなるな」

「でもこの人、裏社会――犯罪組織や裏ギルドみたいな連中と違って、明らかに表社会のお偉いさんの首輪が見えるよね」


 メシューガの言葉に、バッカスは首肯する。

 だからこそ、解せない――とも言えるだろう。


 この男の飼い主が王侯貴族なのか、有力な大店なのかは知らないが、裏社会の人間としての匂いが薄く感じるのだ。


「そもそもバッカスは表裏問わずに有名だ。その実力を含めてね。

 暗殺を狙うにしても、この程度のやつを雇うのはお金の無駄だっていうのを、王都とケミノーサの人間であれば理解しているはずだよ。

 それに、本当にバッカスに関して無知であっても、襲撃目標として真面目に下調べすれば――秘匿されてない部分だけでも、バッカスの実力は推し量れる。

 それでも襲ってきたってコトは、こいつの雇い主は馬鹿か差別主義者かのどっちかだね」


 雇い主が差別主義者であったなら、平民の魔術士・市井のフリー職人という理由だけで、下に見る。どれだけ情報が昇ってこようとも、平民にそんな実力があるワケない――と、誤報として取り合わない可能性がある。


 差別主義者でもないのに襲撃を強行したのであれば、報告を受けても無視したか、そもそも下調べもさせずに実行させたかのどちらかとなる。となれば、馬鹿と言う他ないだろう。


「……となれば、暗部系の特務部隊に比較的近いところにいる、どこかの貴族の私兵ってのが妥当かしら」


 クリスが男へ視線を向けてそう口にすると、男は露骨に視線を逸らした。


「おいメシューガ。こいつ二流どころか三流だぞ」

「そのようだね。戦闘技能は二流でも暗部の人間としては三流だったみたいだ。過大評価しすぎた」


 そう口にする男二人の口元は、些か不気味につり上がっている。


「コーカスさん。地下室かどっか使っていいか?」

「出来れば防音がしっかりしたところがいいな。安眠妨害になるといけないから」


 コーカスとクリスはこれから何が起こるのか、だいたい予想がついた上で、おあつらえ向きの部屋へと二人を案内するのだった。




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