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単純なモノって、案外難しい 9


 ミキサーの完成をキッカケに、自動泡立て器も完成した。

 理論としてはほぼ同じモノだと言えるので、そう難しいものではなかったのだが――


「……どうして俺は今、料理ギルドにいるんだ?」

「アタシが連れてきたからね!」


 そう。

 バッカスはムーリーに連れられて料理ギルドへとやってきている。


 しかも、連れて来られているのはギルドの中にある、試作品や実験などを行う為の調理室ときた。


 それだけでなく、ギルドマスターのシエフエム・クオコ・キュイジーニャも同席しているのだ。


「新しい調理用魔導具と聞いてな!」

「いいんだけどよ……」


 はぁ――と、深々嘆息してバッカスは腕輪から泡立て器とミキサーを取り出した。


「道具は持ってきたが食材は持ってきてねぇんだ。何かあるか?」

「多少この部屋にもあるわよ。何がいいのかしら?」

「そうだなぁ……」


 少しだけ悩んで、ふと脳裏に過った食材を口にする。


「とりあえず果物と野菜……リンゴ似の果実(エルッパ)と、人参似の根菜(トラッカ)辺りはあるか?」

「それならばあるぞ」


 シエフエムがうなずくと、ささっと用意してくれた。


「それで何をするの?」

「別に大したコトはしないさ」


 ムーリーの問いにバッカスはそう答えると、エルッパをの芯を取って、ブロック状にカットしていく。

 トラッカも同様だ。上の葉に近い部分や付け根は切り取って、ブロック状にした。


「んじゃあ、まずはこっち。ミキサーについて説明するぞ。

 まぁ説明するより、見て理解してもらった方が早いけどな。

 あ、そうだ。グラス三つ分ある?」


 最後の言葉にうなずいたムーリーが、グラスを三つ持ってくる。


 それを確認したバッカスは、ミキサーの蓋を開けた。


「んじゃあ、やるか」


 そこにカットしたエルッパ全部と、エルッパに対して三分の一くらいの量のトラッカを入れる。そこに少量の氷砂糖――この世界では文字通り砂糖のように甘い氷だ――も加えた。


 それから蓋を閉じると、ミキサーの台座に付けられている魔宝石に手を翳す。


「魔力を流している間、このミキサーは稼働するようになってるんだ。

 大した量は使わないんだが、継続して遣い続けると消耗しちまうのが、今後の課題だな」


 言いながら、バッカスがミキサーに魔力を流す。

 すると、風が渦巻くような音と共に、ミキサーの中のエルッパとトラッカが回転し始め、すごい勢いで切り刻まれていく。


「おお!」

「まあ!」


 シエフエムとムーリーが思わず声を漏らす。

 人の手で同じくらい細かく刻む場合、どれほど掛かるのかと考えれば二人の反応も分かるというものだ。


「ここで止めればみじん切りって感じだがね。今回は敢えてこのまま続けるぜ」


 告げて、バッカスはそのままミキサーを回転させ続け、やがて中身が液体かするレベルまで細かくなった。


「こんな短時間でこれだけのことが……」


 驚く二人を余所に、バッカスは中身をグラスにあけていく。


「ほれ。ほぼ水ナシ果実水の完成だ」

「水で割ってないのに果実水って呼んでいいのかしら?」

「かの伝説の美食屋ショコラなら、ジュースとでも呼んでたかもな」

「ほう? 君はかの美食屋が口にしていたというどことも知れない異国について知っていると?」

「ま、心当たりはあるな。確証はないし公言する気もないが」


 バッカスの様子から、異国の話はこれ以上聞けないだろうと判断した二人は、仕方なさげに肩を竦めて、ジュースを手に取る。


「ジュースか。エルッパとトラッカの配合(ドネルブ)ジュースとでも呼べばいいか」

「もうギルマスったら、カッコ悪い言い方するわね。同じような意味の言葉なら、混合(イクシム)って言った方が、若い子にはウケるわ。だからこれは、エルッパとトラッカのイクシムジュースと呼ぶべきよ!」


 ねぇ? とムーリーに同意を求められて、バッカスは知らんと肩を竦める。


「あくまで道具の実演の為のやつだから、特に何か考えて作ったワケでもねぇよ。好きに呼んでくれ。

 果実のカスが気になる場合は、布とかで濾してやると口当たりが変わるが――まぁ今日はやらんでいいだろ」


 そう言って、二人に先んじてバッカスは自分の分に口を付ける。

 質の良いエルッパとトラッカだったのだろう。これだけで充分うまいジュースになっている。


 エルッパの爽やかな甘みと酸味のあと、トラッカのコクを感じる優しい甘みがくる。これはなかなか悪くない。


 バッカスが口にするのを見て、二人もそれぞれに口を付ける。


「あら、美味しい」

「うむ。単純だが良い味だ」

「果物や野菜の組み合わせ、一緒に入れる砂糖や蜂蜜なんかも調整すれば、色々できるぜ」


 そう告げるバッカスに、ムーリーが訊ねてくる。


「お肉とか使っても平気?」

「大丈夫だ。だけど、肉用のミキサーと、ジュースなんかを作るミキサーは別にしとけ。

 その上で、肉を使ったあとは良く洗わないと、中で雑菌なんかが繁殖して使い物になんなくなる危険性だけは覚えておく必要がある」

「なるほど」

「ちなみに、グラス部分は本体から取り外せるから、洗う時はこっちだけで良いようになっている」


 本体に専用のグラスをセットしてある場合に限り、そのグラスの内側にだけ風が発生するような術式を組んであるのだ。

 前世のそれと違って金属の刃があるワケではないので、グラスを洗うだけで済むようになっている。


 そんな説明を聞きながら、ムーリーとシエフエムは神妙にうなずいていた。

 二人の頭の中では、ミキサーの使い道などを色々考えているところだろうが――


「悪いが、もう一つ持ってきててな。

 こっちこそがムーリーに依頼されたやつだ」

「そういうえば頼んでたわね。ミキサーに驚いて忘れてたわ」


 ――それこそが本命、自動泡立て器だ。


 バッカスが持ってきたそれは、前世でいうところの拳銃に近い形状だ。

 グリップ部分はともかく、銃口のような部分はかなり太い。そこから金属の小さな泡立て器が伸びているような形をしている。


 弾鉄(ひきがね)部分を引くと、太った銃口のような部分の内側で竜巻が発生し、そのチカラで泡立て器が回転するという仕組みになっていた。


「こっちは説明は不要だな。こんな感じで先端が回転する」

「ここを押している間だけ回転するのね」

「ああ。それと、先端の泡立て器部分だけを取り外せるので、使い終わったらこれを外して洗える。

 まぁ、飛び散ったやつが本体にも付いている可能性が高いから、布で拭いてくれ。

 本体を水の中に放り込むのはオススメしない」

「どの魔導具もあまり推奨されない洗い方よね、それ」

「そういう発想があるのは、魔導具にある程度の造詣がある人たちだけでね。意外と気にせず水洗いする人たちは多いよ」


 二人のやりとりに、シエフエムは小さく息を吐きながら告げる。


「変に内部に水が入って、内側のパーツとか腐らせたり錆びさせたりすると、壊れちまうんだがなぁ……」

「一般販売するなら、その辺りは徹底した方がいいわよね」


 作り手の想定から外れた使い方、掃除の仕方などをするのは、前世も今世も変わらないようである。


「あ、そうだ。取り扱いと言えば――この二つ、魔導具としては、ちょっと変わった仕組みを組み込んであるんだよ」

「そうなの?」


 バッカスはうなずきながら、ミキサーからグラスを外し台座となっている本体を裏返す。


 それから泡立て器の方もグリップの下の部分を見えるように置いた。


「ミキサーならここ。泡立て器ならここ」


 指差す場所にスリットのようなものがあり、そこに何かが挿さっている。


「ここにな、『制御用カートリッジ』と呼称した小さな基板(ドローブ)がある。ちなみに簡単に取り外し可能だ」


 言いながら、前世のSDカードをかなり大きくしたようなモノをそこから抜き出した。

 ちなみにこの制御用カートリッジ。内側には食の子神クォークル・トーンへの祈りがメインとなった術式が刻まれているものである。


 ミキサー同様、泡立て器もこれを利用することで竜巻の暴走が発生しなくなった。


「それは何なのだ?」

「文字通りの制御用の基板(ドローブ)だよ。これを挿さずに起動すると、どっちの魔導具も使っている風の術式が暴走する危険性がある」

「具体的にはどうなるのかしら?」

「内部で発生する風の圧力が強くなりすぎて、魔導具が壊れた上で小規模な竜巻が発生する恐れがあるな」

「ナシで使うの危なすぎない?」


 思わずムーリーは顔を引きつらせた。

 シエフエムを顔を引きつらせつつ、当然の疑問を口にする。


「大事なモノであるのは分かったが――内部に組み込まなかったのは何故かね? 素人目に見ても内部に搭載できそうな気がするのだが」

「実際、試作品はそうだったよ」


 その疑問にうなずいてから、バッカスは答える。


「ただ、今回本体にかなり特殊な術式を組み込んでるんだ。恐らくは最先端の術式だ」

「さらっととんでもない発言したわねバッカスくん」

「だが、仕組みは単純だ。単純だったからこそ、思いつくのが難しい術式でもあったワケだが。

 ともあれ――これに関しては、ムーリーどころか見習いのミーティ……いやあいつよりももっと駆け出しのガキであっても、バラせば一瞬で理解できるし応用可能な術式だ」


 その言い回しで、ムーリーは面倒な仕組みにしている理由に気がついた。


「盗難と分解の対策ね? 本来は本体に組み込める術式を外付けにするコトで、本体だけ盗んでも簡単にマネできない仕組みにした――と」

「正解だ」


 そして、どうしてそんな仕組みにしたのか――となれば、門外漢のシエフエムでもすぐに理解に至る。


「魔導具ギルドへの対策だね?」

「そういうこった。こいつは量産もそう難しくない。

 設計図諸々含めて料理ギルドに売るし、料理ギルドで発明品登録してもらって構わない」

「それは助かるが――何か、ありそうだね?」

「別に大したコトは頼まないよ。ただ、本体とカートリッジは別々に保管して欲しいんだよ。そんで、売るときにはセットで売る。

 購入者には使わない時は本体とカートリッジを別々に保管するようにお願いして欲しい」

「それは構わないが、ものぐさは多いぞ」

「分かってる。最低限の対策だよ。

 あと、どっちも風の術式を使ってると言っただろ? ミキサーはこの専用のグラス。泡立て器はここの膨らんだ部分の内側で風が発生する。

 だから、罅が入ったり歪んだりした場合、カートリッジがあっても風が漏れて破裂したり予期せぬ動きをする可能性があるのはちゃんと説明してくれよ」


 取り扱い上の注意だとか、必要事項などはあとで紙に纏めたものを渡すつもりだが、この場でも口頭で説明しておく。


「かなり繊細な魔導具のようだが、料理ギルドにとっては大変価値のある魔導具ではあるな。しかし本当にいいのかい? 最先端技術なんてものを使っているのだろう?」

「いいんだよ。料理ギルドへ卸すのはむしろ魔導具ギルドへの嫌がらせだからな」


 そう口にすれば、ムーリーもシエフエムも納得した様子を見せる。


「ただ色々と保険も掛けたいんだ。

 シエフエムさんには悪いんだが、知り合いの商人もこの魔導具に噛ませてもらっていいか?」

「無論だとも。新しい料理が増えそうなミキサーに、今までの負担が軽減される自動泡立て器。楽しくなりそうだ。なぁ? ムーリーくん」

「ええ。バッカスくんに依頼した甲斐があったわ」


 依頼人であるムーリーと、料理ギルドのギルドマスターの二人がかなり嬉しそうな顔をしている。


「そう言って貰えるなら、遠回りしながらも作った甲斐ってのがあったもんだ」


 なかなか楽しい仕事だった――と、バッカスは笑うのだった。



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