単純なモノって、案外難しい 8
すでに本日入荷しているお店もあるようですが
本作のコミカライズ2巻 1/24発売です!
https://hifumi.co.jp/lineup/9784824203670/
みなさま٩( 'ω' )وよしなに
「今回は最初から量産前提だからな……細かいとこ詰めてくとなると……」
自分やムーリーだけが使う分にはいくらでも無茶が聞く。
だが、今回の調理器具は料理ギルドに登録することが前提となるだろう。
――というか、ムーリーがさせる気まんまんな気がするのだ。
オーダーメイドするよりも、欲しいときに買い直せる状況を作ろうとするなら、そうなるだろう。
「……なら、多重連結式刻術は使わない方がいいか?」
悩ましいところではあるが、量産の足かせにならないのであれば使うのも悪くはないだろう。
「……まぁ魔導具ギルドじゃなくて料理ギルドに納品するなら、気にしなくていいか」
独りごちながら結論を付けて、バッカスは試作品の設計図を完成させる。
「うし。とりあえずこれをベースに作るか」
ミキサーに関しては、以前に何度か作っている。
だが、どれもうまくいかなかった。
例えば――前世同様のブレード回転型を作った時、摩擦による発熱がすごすぎた。それはそれでスープ作りに使えるのでは? とも思ったのだが、熱が高すぎるのか、できあがったスープはだいぶ焦げた風味が混ざる。
しかも、発熱量が高すぎるのか、ブレードの付け根がダメになるだけでなく、術式を刻んだ主基盤や魔宝石そのものもあっとういう間にダメにしてしまった。
こちらは完全な失敗作として、倉庫に投げ込んである。
例えば――今回同様に風属性によるカマイタチ型を作った時、摩擦による発熱は回避できたのだが、ブレード型に比べて刻みムラが多く、かなり荒っぽいミンチしか作れなかった。
フレッシュジュースのようなものを作るには、ちょっと荒すぎる。
一応、布で濾せばなんとかなるシロモノではあるのだが、残った粗みじんよりも大きい果肉たちが勿体ない状態になってしまう。
とはいえ、それはそれで使い道があったので、この試作ミキサーは時々は使っているものの、納得いくデキかというと微妙なところだ。
しかし、時々とはいえ使っているので住居の厨房に置いてあったりはする。
「――今回は成功させてやる」
大本の依頼の泡立て器のことは頭の脇に寄せて、バッカスは気合いを入れると席を立ち、材料置き場へと向かうのだった。
ミキサーに関しては常に挑戦したいと思っていたのもあって、材料はだいたい揃っていた。
主基盤には、風や刃などに関する神へ祈りと、かまいたちや竜巻を起こす術式を刻んだ。
もちろんそれだけだと暴風が起こりかねないので、範囲を指定しつつ、容器などの強度を強化する術式も刻んでおく。
そして、見た目だけなら前世のミキサーっぽいモノが完成だ。
操作盤のところには、風の魔宝石が光っている。
「うし。試作品完成だ。適当な果物でも放り込んでみるか」
完成したミキサーの試作品を手に、居住区のキッチンへと向かう。
キッチンで、目に付いた果物に触れた時に、ふと思った。
「……そういや、以前作った失敗作のミキサー……途中で爆発して、中身が四散したせいで部屋ン中が酷いコトになったんだよな……」
以前やらかした時、掃除が大変だったことを思い出したバッカスは、ミキサーと果物を手に、家の外に出た。
工房前の広くなっている場所にミキサーを置き、中に果物を入れる。
それから、フタを押さえつつ、風の魔宝石に魔力を流し――
「お? 良い具合に動いてるな? これは成功か?」
――そう口にした矢先だ。
「え?」
ミキサーのグラス部分が割れたかと思うと、とてつもない竜巻が発生して、本体ごとバッカスを飲み込む。
「お、お、お、お、お、おぉぉぉぉぉぉ――……!?」
幸いにして中にカマイタチは発生してないようだが、バッカスは竜巻のなかでジュースになった果物と一緒に和えられて、やがて竜巻が収まった時、べちゃり……と、地面に落ちた。
「ぶべらっ!?」
想定してなさすぎる出来事に、魔術で着地の衝撃を和らげることすら忘れてしまった。
それどころか、受け身もロクにできていないので、かなりのダメージだ。
「ぐお、おお、お……顔面から落ちた……むちゃくちゃ痛ぇ……」
地面に突っ伏して呻いていると、聞き覚えのある声が悲鳴じみた色を持って声を掛けてくる。
「バッカスッ!?」
「ちょっと、大丈夫!?」
よろよろと顔を上げると、ルナサとマーナが本気で心配そうにこちらを覗き込んでいる。
あと、突然の竜巻にビックリしたらしいご近所さんたちも、ギャラリーたちとして結構こちらを見ていた。
「どうしたの? なんか敵っぽいのに襲われた? バッカスってそういう恨みとかいっぱい買ってそうだし! 相手はどこッ!?」
わりと臨戦態勢のルナサ。
すっかり頼もしくなってはいるが、完全に勘違いである。
それはそれとして、やはりどこかで一度話し合うべきなことを言われた気がする。
「バッカス君。ベトベトのわりに良い香りするけど、新しい香水かしら?
付けると竜巻に襲われるような、斬新なモノだったりする?」
逆にマーナはマーナで楽しそうな顔をしている。
周囲に落ちている魔導具っぽいものの破片から、だいたいの想像がついていそうだ。
「……とりあえずルナサ落ち着け。敵はいない。単に試作した魔導具に吹っ飛ばされただけだ」
「爆弾とかそういうの作ったの? 材料は果物的な?」
小首を傾げるルナサを見ながら、バッカスは起き上がってその場であぐらをかく。
「そういう物騒なモンじゃねーよ。新しい調理用魔導具の実験だ」
「竜巻を起こして人を吹き飛ばすって、ずいぶんと斬新な調理器具ね。何に使うのかしら?」
完全に楽しんでいるマーナに、バッカスは小さく息を吐いた。
「食材を一瞬で粉々にしたり、ミンチにしたりする為の道具――のハズだったんだがなぁ……」
「ボアどころかドラゴンとかを粉々にする為の調理器具なのね?」
失敗するバッカスを笑うようにマーナが突いてくる。
学生時代にやらかした時を思い出して、何とも居心地が悪い。
当時は、マーナではなく、彼女の夫でもある、バッカスの悪友がこういうからかい方をしてきたものだ。
「完全に失敗しただけだよ。分かってて言ってるだろ、お前」
「もちろんよ!」
ここでからかわず、いつからかうのか――そういう空気を全力で纏ってマーナがうなずく。
「竜巻の内側に風の刃を発生させて、中に入れた食材を粉々にする予定だったんだが――術式が強力すぎたのか、容器の外まで竜巻が出てきてこのザマだよ」
笑わば笑え――とばかりに肩を竦めると、むしろマーナは感心したような顔をした。
「竜巻と風の刃で食材を刻むっていう発想がすごいわね」
「そうか? まぁ我ながら考えは悪くなかったと思うんだよな。実際、術が暴走する前はかなり理想通りの動きをしてくれたし」
何が悪かったのだろうか――と、バッカスは試作のミキサーの設計を思い返す。
ふと、ルナサが大人しいことに気づいて、周囲を見回した。
「ルナサ?」
「はい、バッカス。とりあえず目に付いたやつだけだけど」
「お? 悪い。助かる」
どうやら砕けたミキサーの残骸を集めてくれていたらしい。
「この板に、術式が刻んであるのね。魔力帯に刻むのと似てない?」
「似てるも何も、だいたい同じモノだよ。基礎というか根幹は、同一だしな。
神への祈りとなる術式と、効果を表す術式の両方を、この主基盤って板に刻むのが基本となる」
「ふーん……」
説明したのに気のない返事をしながら、けれども真剣な様子でルナサは、砕けた主基盤を見ている。
「あのさ、素人感覚で申し訳ないんだけど……ちょっと気になるコトがあるんだけど」
「なんだ?」
正直、バッカスは改良案が出てきてなかった。
なので、素人意見だろうと、気になることがあれば聞いておきたい。
「今回の魔導具って、調理器具を作ろうとしてたのよね?」
「ああ」
「……それなら、どうして食神クォークル・トーンへの祈りは刻んでないの?」
「どうしてって……そもそもクォークル・トーンが関わる魔術式とかは存在しないだろ?」
「そうなの? まぁ確かに私も聞いたコトはないけどさ、でも基本的な神への祈りを表す術式の応用でできるわよね?」
それくらいなら私も出来るし――と、ルナサは暗に言っている。
実際、バッカスもやれと言われれば出来る。
一般的に魔術制御に必要ないと言われる神への祈りも、基本的な祈りの術式の応用でいくらでも出来るのは確かだ。
「効果のあるなしはともかくさ、用途として調理用なんだから、文字通りお祈りの意味で、クォークル・トーンの名前を刻んどくのはアリなんじゃないかな? って思っただけなんだけど」
そんなルナサの言葉を聞いて、バッカスは思わずマーナと顔を見合わせた。
「確かに魔術も魔導具も、効果を優先する余りに、効果がなさそうな神様への祈りは省略されるコト多いわよね」
マーナの言葉に、バッカスは首肯した。
「確かにな。盲点だった……」
神に祈ることで効果を絞ったり、効果範囲を広げたりできるのだ。
それならば、食の子神クォークル・トーンへの祈りを刻むことで、余計な効果範囲を除外できたりするのではないだろうか。
気合いの入ったバッカスは勢いよく立ち上がる。
「さんきゅーな、ルナサ。失敗はしたが良い案を貰えたぜ!」
バッカスはそう言ってルナサの頭を乱暴に撫でると魔術で周囲を片付けて工房へと飛び込んでいった。
「あー! 髪の毛ベタベタにされたー!!」
「オモチャを与えられた子供みたいな顔してたわねぇ」
ルナサの悲鳴と、呑気なマーナの言葉をバックに、バッカスは改めてミキサーを組み立て始めるのだった。
後日――
バッカスは暴走して竜巻を発生させたミキサーをベースに、食の子神への祈りを追加しただけのミキサーを作って実験した。
結果は、ミキサーは無事に完成した。
すでに本日入荷しているお店もあるようですが
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