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単純なモノって、案外難しい 5


(こうやって近づいてみると分かるわ……このボア、結構怖い……)


 バッカスに送り出され、水晶担ぎ(ラトシルク・ギニィ)の牙長猪(リアク・クスツボア)の近くまでやってきたルナサは素直にそう感じた。


 その辺の草原や雑木林で遭遇するような種とは異なる――威圧感というか強者の迫力というか、そういうものを感じるのだ。


(少し前なら、そういうのもあまり気にしなかったかもしれない)


 バッカスやクリスはもとより、魔獣に関しても強敵や格上と相対した経験が、そういう気配や感覚に対して鋭敏化しているのかもしれない。


(先生たちが言ってたわね……正しく怖がるコトは悪いコトじゃないって)


 水晶担(すいしょうかつ)ぎの牙長猪(きばながいのしし)


 間違いなく、ルナサが単騎で相対してきた魔獣の中で一番強い相手だ。


「ブヒ……?」


 牙長猪がこちらに気づく。

 ルナサは怖いと感じつつも、怖じ気づくことなく、自然体のまま牙長猪を見据えた。


「ブヒルルルルル……!」


 前足で地面を擦り始める。

 ボア系に良く見る突進の合図。


(身体は大きい。突進速度は速い。牙は鋭く硬い。全部盛りじゃないの)


 胸中で口を尖らせつつ、ルナサは魔力帯を展開する。


 同時に身体強化も併用していく。


(魔術と彩技(アーツ)の併用や同時運用……バッカスやナキシーニュ先生は平然とやってるけど、ほんと難しいんだから……ッ!)


 魔術展開に気をつけることと、身体強化などで気をつけることは別なのだ。

 それぞれ片方ずつであれば簡単なことでも、同時に行おうとすると途端に難しくなる。


 例えるならば、右手と左手で別の動作をしつづけるような感覚だ。

 それでも、これを鼻歌交じりにできるようにならなければ、最前線を走っている何でも屋(ショルディナー)たちに追いつくことなど、夢のまた夢。


 だからルナサは、難しさに舌打ちしながらも、難しいことを理由にためらったりはしない。


「ブヒィィ……ッ!!」


 牙長猪が駆け出す。

 それを見据えたままルナサは大きく上に跳ぶ。


 魔力によって正しく強化された脚力で、牙長猪を余裕で飛び越える高さまで――天井ギリギリまで跳んだルナサは、展開していた魔力帯に術式を刻んでいく。


 魔力帯に青と緑を混ぜ合わせた魔力を流す。

 織り込む術式は、風と刃。祈るべき神は風と嵐と刃。


 以前使ったモノをベースに、バッカスに添削された時のことを思い出しながら、空中で丁寧に迅速に組み立てていく。


(時間も魔力も余裕がある……余白にさらに術式を刻んでみる?)


 花畑でバッカスが使っていた術式を思い出しつつ、胸中で頭を振った。


(不確かな手段を強敵相手に試すのは危ないか。暴発して吹っ飛んだ先に尖った水晶あったら怖いし)


 今用意している魔術がまったく通用しない時、その辺りのことも考えればいいだろう。


 欲を掻いてブレた動きをしそうな自分を胸の裡で叱責しつつ、右手を構える。


 飛び越えられたことに気づいた牙長猪が足を突っ張らせ地面を滑っていく。そして滑りながら強引に身体の向きを変えていくのがルナサの目に映る。


(あれがドリフトってやつか……確かに他のボアは使ってこない動きね)


 それでも勢いを殺しきれずに地面を滑っていくその瞬間は、明確に隙と言えるだろう。


 ルナサは構えた右手を振り抜くようにしながら、呪文を口にする。


「たてがみ(やいば)(あば)獅子(じし)ッ!」


 腕の動きに合わせて、ルナサの身長と同じくらいの風の刃が放たれた。

 それは真っ直ぐに牙長猪に肉迫していき――


「ブホォォォォ……!!」


 ――牙長猪は雄叫びを上げると、その場から転がるように強引に跳ねた。


「嘘でしょッ!?」


 勢いよくその場から離れた牙長猪。

 風の刃は、一瞬前まで牙長猪が居た場所を切り裂いていく。


「あれを(かわ)すかぁ……」


 即座に追撃を――と思ったが、ルナサが着地する頃には、牙長猪も態勢を直している。


「おーい。ルナサ。手伝いはいるかー?」

「もうちょっと一人でやらせてッ!」


 気の抜けた調子で声を掛けてくるバッカスにそう返しつつ、ルナサは牙長猪を見遣る。


(とはいえ、どうやって倒そうかな……)


 ボアの動きを警戒しつつ、周囲を見回す。


(水晶……水晶か)


 ふと、脳裏に過るものがある。

 牙長猪の動きと合わせて、利用できるかもしれない。


 ルナサは作戦と方針を決めると、牙長猪と睨み合いながらジリジリと動いていく。


(ナンツーコ錐石……ちょうど良い場所にあったわ)


 自分の背後にそれがあるのを確認しつつ、ルナサは構える。


(石や岩……祈るなら赤の神とその眷属……)


 最初から赤の魔力で魔力帯を展開し――睨み合いの途中で、わざと気弱な様子で視線を逸らす。


「ブルァァァ……!!」


 次の瞬間、牙長猪が駆け出してくる。


(ギリギリまで引きつけて……ッ!)


 本体ではなく牙を注視し、ルナサは横へ向かって大きく跳ぶ。

 牙長猪はルナサを追うように、足を突っ張ってドリフトをし――


「ブロォ!?」


 ――横滑りの姿勢のままナンツーコ錐石に突っ込んでいく。


 胴体の横にナンツーコ錐石が突き刺さる。

 驚きと痛みで声を上げる牙長猪を見据えながら、ルナサは魔力帯に術式と祈りを刻んでいき――


「ブッ、ホォォォウ……!!」

「うっそでしょッ!?」


 ――ナンツーコ錐石が砕け散って小石のような破片となると散らばっていく。


 牙長猪が、突き刺さった状態で暴れた結果、あのナンツーコ錐石の弱点となるチカラの加わり方をしてしまったようだ。


 身体の自由が戻るなり、牙長猪はルナサに向けて走り出す。


「この……ッ!」


 それでも準備していた魔術は無駄にするまいと、ルナサは呪文を口にしながら地面に手を当てる。


岩山牙(いわやまきば)の大食い(わに)ッ!」


 次の瞬間、呪文の通りに地面が隆起して牙の形をした岩が、牙長猪を囲むように無数に突き出した。

 

 しかし、走り出した牙長猪を囲むには発生速度が遅い。


「まず……ッ!」


 次の手を――とルナサが即座に思考を回し出した時――


「……ブフッ……」


 ――一番遅く発生した岩牙が、牙長猪の腹部を突き刺す。


 狙ったわけではなく、完全なる偶然だったが、それでもその瞬間を逃すまいとルナサは魔力帯を展開して構えた。


 牙長猪の横へと回り込むと、魔術を発動。


「たてがみ刃の暴れ獅子ッ!」


 風の刃が、水晶担ぎの牙長猪の首を刎ねた。


「はぁ……危なかったぁ……」


 ボア系の魔獣であれば、首を落とせば倒せるはずだが、一応警戒しながら近づいていく。



「偶然に助けられたみたいだが、まぁ悪くなかったんじゃないか?」


 倒した牙長猪の様子を伺っていると、バッカスがのんびりと近づいてくる。


「ナンツーコを使ったの失敗だったかな?」

「どうだろうな。まぁ運が悪かったのは確かだ。だがあれが悪手だったかどうかというなら、俺は悪くなかったと思うがね」


 とりあえずボアの死体は回収するぞ――とバッカスと訊ねてくるバッカスに、ルナサはうなずく。


 ボアの死体を銀の腕輪に収納しながら、バッカスは続ける。


「それにナンツーコ錐石が砕けても即座に魔術を使っただろ?

 想定外が起きつつも、冷静に対応しようとしたのは間違いとは言えねぇよ。

 理想を言えば、ナンツーコは砕けるかもしれない――という想定を織り込んでおくべきだったとは思うけどな」

「でも咄嗟に発動させただけで、足止めとしてはあまり効果がなかったみたいだけど」

「そうかもしれないが、別にあれで終わるつもりはなかっただろ? 目眩まし程度に役立てばいいと考えたんじゃないのか?」

「まぁ、そうだけど」

「ならそれでいいのさ。次の手が思いついてなくても、次に繋がる動きはしておく。それが出来てるだけで上出来だ。

 ナンツーコが砕けた時点で、お手上げってなるよりもずっとな。

 そしてお前は諦めずに次の手を打つための時間稼ぎをしようとした。結果として、時間稼ぎの魔術が決定打なったワケだが……諦めてればそれもなかったんだしな」


 話はここでおしまいだ――とばかりに手を振ると、バッカスは周囲を見回す。


「とりあえず周囲に他の魔獣はいなさそうだな。もうちょっと洞窟内を探すか」

「そうね。でも、見たコトのない魔獣ってどんなやつなのかしら?」

「知らね。まぁ見たコトもない魔獣なんだろうよ」


 そうしてバッカスとルナサは洞窟内をひとしきり探索してみたものの、それらしき魔獣は見つからなかった。


 最奥に近い場所で、似たような腕組みポーズで二人は首を傾げ合う。


「多少素材は採取出来たし、ボア含めて素材や食材になる魔獣も回収出来たが……」

「収支的なところはともかくとしても、依頼的にはどうなのこれ?」

「こんだけ探して見つからないなら、帰ってそう報告するだけだよ。

 ついでに、依頼に関してはライルに確認する必要はあるだろうが」

「何を確認するの?」

「目撃者と依頼内容」

「見慣れない魔獣をどうこうって話じゃなくて?」

「水晶担ぎの牙長猪だって、人によっては見慣れない魔獣だろ?」

「……え? 待って? そういう可能性もあるの?」

「これだけ探して見つからねぇとな……そういうのもあるかなってな」


 結局、帰り道も洞窟内で気をつけながら歩いてみたモノの、それらしき魔獣に遭遇することはなかった。


 ――こうして洞窟を出た二人は、釈然としない気分のまま町へと戻るのだった。



 ギルドにて。

 洞窟でのことを報告した上で、ライルを通じて依頼人に確認したところ、どうやら水晶担ぎの牙長猪のことのようだ。


 あれが珍しく洞窟の入り口付近まで顔を出していたのと、魔草ルオナの一件があって、依頼人が大慌ててギルドに駆け込んだ――というのが真相のようである。


「ったく、人騒がせな」

「無駄に疲れたけど、まぁ良い経験になったと思うコトにするわ」

「前向きだな。ところで、水晶担ぎ……喰うか?」

「いいの?」

「ま、依頼後の打ち上げみたいなもんだよ。ギルドで解体してこうぜ。付き合え」

「もちろん」


 ともあれ、二人は水晶担ぎの牙長猪を解体するべく、ギルドの裏へと向かうのだった。


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