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負けず嫌いと、美味い話 1


 その日、バッカスの家のリビングにあるテーブルに、不機嫌なような落ち込んだようなクリスがついていた。


 テーブルに両肘をつき、手を組んで口元を隠すかのようなポーズで微動だにしない。

 目は半眼で、不機嫌さと悔しさと納得のいかなさと――とにもかくにも、そんな様々な感情を複雑に讃えた無表情という器用な顔をして固まっているのだ。


 バッカスが淹れた花茶にも、用意された茶菓子にも手を付けていない。

 あのクリスが、それらに一切手を付けないまま動かない。


 いや、正確には動いている。

 組み合わさった手で隠れているが、口元からぶつぶつと呪詛のようなモノが漏れているのはかろうじて聞き取れる。


 そんなクリスの向かい側には腕も足も組んで座っているバッカスがいる。

 バッカスは、しばらく様子のおかしいクリスをぼんやりと眺めていたのだが――やがて、そろそろ良いか……と小さく呟くと、口の端をつり上げた。


「なぁダメクリス。せっかく出した茶が冷めるぞ?」

「…………」


 ダメという言葉に反応して、クリスがピクリと動く。


「大道芸人の煽りに乗って意気揚々と勝負を挑んだ挙げ句負けたダメクリス。

 せっかくムーリーのところで買った茶菓子まで出してるのに、手を付けないのか?」

「…………」


 何やら「ぐぬぬぬぬ……」といううめき声が聞こえてくるが、バッカスは無視して続ける。


「ところで、今の気分を聞きたいんだが、教えてくれないかダメクリス?」

「も~~~~う!! ダメダメ言わないでよッ!!」

「そうは言ってもな。大道芸でメシ食ってる爺さんの口車に乗せられて意気揚々と勝負挑んで盛大に負けたんだからダメダメ言いたくもなるだろ。元白朝(はくちょう)候補。それも名乗ってたっけ?」

「なんで派手に名乗っちゃったんだろ、私ぃぃ~~!?」


 ぱたりと、テーブルに突っ伏すクリス。

 彼女が落ち込んでいる理由というのはそういうことである。


「あの爺さんの方が一枚上手だったってコトだろ?

 そもそもからして、ああいう芸でメシ食ってる爺さんなんだ。性別能力問わず、ああいう口車に乗って挑んでくる相手ってのがカモなんだろうな。

 んで、相手の肩書きがデカければデカいだけ話題になるワケだ。いやぁやり手だなぁあの爺さん」

「私、完全にカモじゃないの!?」

「おう。完全にカモだったな」

「あ~~~~も~~~~!!」


 クリスは天井を見上げながら叫ぶと、貴族令嬢らしからぬ鷲掴みで焼き菓子をまとめてガシっと掴むと口に詰め込む。


 もっしゃもっしゃと咀嚼して、花茶をグイっと呷ってまとめて飲み込んだ。


 それでひと心地ついたのだろう。

 口の端に焼き菓子のカスがついたクリスが真面目な顔をしてバッカスに訊ねる。


「実際問題。あれってどういう仕掛けだったか分かる?」

「見当は付いてる。まぁその場で指摘するのは芸の邪魔になるだろうからしなかったけどな」


 バッカスは、クリスと大道芸人の爺さんのやりとりを思い返しながらうなずく。





 大道芸人の爺さん――自称、武芸家イーサン・ハッカ。

 バッカス視点で言えば和風の国と称するべき神皇国アマク・ナヒウス出身で、芸と何でも屋の仕事をしながら世界中を旅をしているという年配の男性。


 白くなったがまだ豊かな髪と髭を持っていて小柄。

 痩躯で、関節の節々が節くれだった枯れ枝のような見た目をしていた。

 だが、立ち居振る舞いに隙は無く、陽気に喋ったり、楽しく人を煽っている一方で、死角から攻撃が来ようとも反応しそうな空気を纏っている。


 そんな老人が、広場に、小さめの相撲の土俵を思わせるモノを用意し、そこで腕利きと勝負するという、いわゆる賭け事的な芸をやっていた。


 芸の名前は『イーサンの青空武芸場』というらしい。

 (のぼり)まで用意しているのは徹底しているというか、こだわり派というか。


 やたらと文字がポップでカワイイ感じの為、内容とそぐわないことは気にしない方がいいだろう。


 ともあれ、イーサンの青空武芸場のルールはシンプルだ。


 武器は使用不可の一対一。

 挑戦者は場外に出るか、気絶するか、降参したら負け。


 挑戦者は、イーサンに有効打を打ち込めれば、アマク・ナヒウス産の清酒――神皇酒(しんおうしゅ)の中でも高級品の神桜輝山(しんおうかざん)のボトルを貰える。

 さらに、イーサンを土俵の外へと出すことができれば、挑戦者の勝利で賞金が貰える。


 その程度である。


 挑戦料は、半銅貨一枚。つまりは500ロホーク。


 リンゴのような果物エルッパが一つ30ロホーク前後であることを思えば、結構な割高の挑戦料だ。


 だが、挑戦者が勝てば5000ロホーク貰えるとなると、そう悪くないように思える。

 バッカスとしては金よりも酒の方が欲しいところだが。


 ともあれ、そういう野良バトルをして金を稼いでいる爺さんだ。

 挑戦者が少ない時は、周囲にいる手近な相手に声を掛け、煽って挑戦させる。


 その挑発に最初に乗ったのが、ロックのところのパーティメンバーであるお調子者の弓使いイスキィだ。

 弓を使えないとはいえ、それなりの手練れであるはずのイスキィは、しかし有効打を決めることも、場外へ追い出すこともできず、返り討ちにあってしまった。


 そこからイーサンの青空武芸場は盛り上がった。

 学生からチンピラ、休暇中の騎士なんかまで挑戦するも、誰一人、酒も賞金も貰えない。


 そんなところに、バッカスとクリスが通りがかったモノだから、敗北済みの挑戦者たちや、ギャラリーたちから期待のこもった眼差しを向けられてしまったのだ。


 バッカスは興味なさげに視線を逸らしたものの、クリスは領主邸に務める騎士たちから期待の籠もった眼差しを受けて、それに乗ってしまったのである。


「仕方ないわねぇ……休暇中とはいえ、うちの騎士達がお世話になったみたいだし、お礼をしないとね」


 イーサンもこれは好機とばかりに、クリスを煽る煽る。


「ふーむ。腕利きとはいえ女子(おなご)は女子。ワシの相手をするには些か厳しいかもしれんなぁ? 剣を使っても良いのだぞ?」


 イーサンの煽りにクリスは、ちょっとイラっとしていたのだろう。


「あまり舐めないでね。事情があって騎士はやめたとはいえ、元は十騎士――白朝(はくちょう)の次期候補よ? そちらの条件通りに武器なしの徒手空拳でも問題ないわッ!」


 普段ならあまり言わないようなことをポロっと零してしまったのだ。

 元々クリスのことを知っていても、その過去を知らないギャラリーたちが大いに盛り上がった。あるいはクリスの腕の良さに納得したのかもしれない。


 だからこそ、余計に盛り上がったのだろう。


 その盛り上がりに、クリスは焦ったようだ。

 助けを求めるようにバッカスに視線を向けてきたのだが、バッカスは目を逸らして無視した。


 とはいえ、クリスも弱くはない。

 単純な戦闘技能だけなら、イーサンと互角――いや、僅かにクリスの方が上だった。


 イーサンの鋭い掌底(しょうてい)を紙一重で(かわ)したクリスは、その隙を突いて、彼の鳩尾(みぞおち)へと拳打(けんだ)を放つ。


 バッカスの目から見ても確実に入ったと思った矢先、しかしイーサンはビクともせずにニヤリと笑った。


「……ッ!」


 理由はともかく、有効打にならなかったどころか効かなかったのである。

 そのことに驚いたクリスは、一瞬だけ動きを止めてしまった。


 イーサンからすればその隙で充分だったのだろう。

 腕を取られたクリスは、イーサンの不思議な動きで放り投げられてしまった。


 空中で体勢を整えたので、地面には問題なく着地できたものの、そこは場外だ。完全にクリスの負けである。


「ワシの勝ちじゃな?」


 それはもう見事なドヤ顔を見せたものだから、クリスは顔を真っ赤にして半銅貨を財布から取り出した。


「もう一戦よッ!」

「よかろう」


 クリスが投げつけた半銅貨をイーサンは受け取り、それを確認すると、土俵に戻る。


「どんな手品か知らないけど、暴いてあげるんだからッ!」

「ほっほっほ! 暴けるものならな? お嬢ちゃんにできるかなぁ?」


 そうして、またもクリスの良い感じのパンチがイーサンの顎を捕らえるも、イーサンは平然としたままだった。

 当然、パンチの隙を取られて、クリスは場外へと放り投げられた。


「もう一戦よッ!」

「うむ。何度でも来るがよいッ!」


 この辺りで、バッカスは、クリスが完全にカモられていると理解していたが、敢えて教えずに眺めていた。


 合計で六度ほど挑戦し、六度目の負けの辺りでさすがに冷静になってきたのか、クリスは肩を落としてバッカスの元へと戻ってきたのだった。


 あまりの落ち込みっぷりだったので、とりあえずバッカスの自宅へと連れてきて、冒頭に至ったワケである。




 そこまでの回想をして、バッカスは小さくうなずいた。


「恐らくは鋼体結界(こうたいけっかい)ってヤツだな。魔導具を使って全身を見えない鎧で覆ってるんだ。あまり有名ではないんで、知らずに遭遇すると、相手が攻撃に全く怯まなくて困惑するコトもある」


 古い時代では、女性が、戦場へ赴く恋人に贈る定番のお守りだったらしい。

 安物だと使用回数は一度で、壊れてしまうともう使えなかったようだが、それでも一度は攻撃を防げるというのは大きい。


 現代の製作技術では再現できない効果の一つである為、かつての安物のお守り程度のモノであっても非常に高価となっている。


「……え? それズルくない?」

「別にズルくないだろ。言ってないだけで、防御手段を用意してないとは一言も言ってないしな」


 武器の使用は禁止していたが、防具の使用を禁止するルールもなかった。


「…………」

「熱くなりすぎて爺さん攻略に躍起になりすぎると、そういう視点が疎かになるからな。だからあの爺さんはカモだと目を付けたやつをおちょくるワケだ」

「攻略法は?」

「賞品の酒」

「攻略法を教える報酬ってコト? いいわ。私は一本とりたいだけだし、お酒が手に入ったらバッカスにあげる」

「よし」


 ニヤリと笑うと、バッカスは攻略法の一つを口にした。




 そうして顔を輝かせて意気揚々としているクリスと共に広場に戻ってくると、見慣れた先客がイーサンと向き合っている。


「いいルナサ。さっき言った通りにやってね?」

「分かってる」


 イーサンと向き合うルナサの背中に、ミーティがアドバイスをしている。

 どうやら、ミーティもバッカスと同じ結論に至っているようだ。


「マイナーな魔導具とその攻略法についても勉強してるなんて、やるなミーティ」

「ルナサちゃんに攻略されちゃったら、私の立場ないんだけど……」


 横で口を尖らせているクリスを無視して、バッカスはルナサの様子を伺う。


 鋼体結界は、攻撃の威力や衝撃を大きく減らす結界をその身に纏うモノだ。

 前世の知識で言ってしまえばアクションゲームなどにでてくるスーパーアーマーと呼ばれるようなモノに似ている。


 どんな強力な攻撃も、自分に対してはデコピン程度の威力にまで落としてしまうのだ。

 それゆえ、ある程度の戦闘技能者であれば、怯むことなく、平然と出来てしまう。


 ただ、それにも限界があり、魔導具の性能にもよるが、多くても十回の軽減が限度。

 それを越えると、一時的に結界が砕けて、しばらくの間は機能を停止する。


 ルナサはかなり健闘している。

 イーサンはルナサの技量に合わせて多少は手を抜いてくれているようだ。

 だが、それでもイーサンの動きはヌルくない。それに対応しながらルナサは鋼体結界が無ければ有効だろう攻撃は何度も出しているのだから、だいぶ腕を上げているようだ。


(それでも余裕なんだよな、あのジジイ。もしかして俺やミーティの読みは外れてるのか?)


 ルナサの放つ、六発目の有効打。

 それがイーサンの脇腹へと刺さったとき、イーサンの全身に赤い魔力のヒビが入って、まるでガラスのような音を響かせながら砕け散る。


 鋼体結界が限界を迎えたのだろう。


「おっと、まさか本気で破ってくるとは……ッ!」


 驚いたような、感心したようなイーサンに――


「ルナサッ、今なら行けるよッ!!」

「これでぇぇぇぇぇ……ッ!!」


 ――ルナサは、ミーティの応援に応えるように、全力のハイキックを放つのだった。




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==


 たぶんお金の単位は今まで出してなかったと思うんだけど(不安

 過去に出てたらちょっと整合性とるために修正すると思います

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