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その一番の近道は、コツコツ地道で 5


「す、すみません。介抱して頂いただけでなく、食事まで奢って頂いて……」

「まぁなんだ気にすんな」


 リゾットを食べながらそう口にする女性に、バッカスは対面でコーヒーに似た風味の黒花茶を伸びながら軽い調子で肩を竦める。


 とりあえず倒れていた女性はクーの甘味処に運んだ。

 ハラペコでぶっ倒れてたと言えば、ムーリーも無碍にはしない。


 それどころか、最近の彼女の体調を聞いた上で、彼女の身体に合わせたリゾットを作ってくれたようである。


 彼女は結構な勢いでリゾットを四杯ほど食べて、ふーっと大きく息を吐いた。


「なんか申し訳ないです、自己ベスト更新するくらいおかわりしてしまったのに……」

「気にするなって言ってるだろ? あんな真っ青になるくらい腹を空かせてるヤツを見て、放置してもおけないさ」


 告げて、黒花茶を啜る。


「本人が気にするなって言ってるんだから、お言葉に甘えてしまいなさいな」


 そこへ、ムーリーもやってきて女性に笑いかけた。


「店長さんもありがとうございます。とても美味しかったです」

「ふふ、そう言って貰えたなら作った甲斐があったってものよね」


 ムーリーはそう微笑んで、「横失礼するわね」と彼女の横の席に腰を掛ける。


「さてと。落ち着いたところで聞きたいんだが、おたくは――ええっと……そういや、名前を聞いてなかったな」

「あ、はい。わたしはコーラル・カーコリィといいます。

 わたしからも、お名前を伺っても?」

「ん? ああ、俺はバッカス。そっちの店長がムーリーだ」

「よろしくね♪」


 自己紹介をそこそこに、バッカスは残っていた黒花茶を一気に飲み干し、コーラルに向けて視線を向ける。


「コーラル。改めておたくに聞きたい。どうして倒れるまでハラペコになってるんだ? オイダァル配信局って新興事業は安月給なのか?」

「いえ、給金はむしろ他の仕事よりも良い方かと……」

「だとしたらますます分からないわ」


 ムーリーは人差し指を頬に当てながら首を傾げた。


「お金はあるのに、どうして倒れるまでお腹空かせちゃったのかしら?」


 バッカスの聞きたいことはまさにそれだ。

 倒れるほどの空腹など、尋常な事態ではないはずである。


「それが……自分でも分からないんです」


 うつむき、膝の上で手を握りながらコーラルが答えた。


「信じて貰えないかもしれないんですけど、わたし……どちらかと言えば小食なんです。

 今頂いたお料理の一皿分でも、普段なら少し多めなくらいです」


 バッカスは腕を組みながら目を眇める。


「……いつからお腹がすいていたのかしら?」

「ここ数日、いつもよりお腹が空きやすいな……いつもよりご飯が欲しくなっちゃうな……とは感じてました。でも、こんなに辛くなったのは初めてです」


 なんとなく――本当になんとなく、バッカスはコーラルに確認をとるように訊ねた。


「シノンのバカが急に痩せた時期とおたくのハラペコ具合……同時期だったりしないか?」

「……言われてみれば、そうかもしれません!」


 ハッと顔を上げてコーラルが首肯すると同時にバッカスは頭を抱える。


「バッカス君? 何か原因に心当たりあるの?」

「まぁな」


 ムーリーの問いに気怠げに答えて、バッカスは嘆息した。


「シノン・ケンカイオスって……ムーリーは会ったコトあったか?

 まぁとにかく俺のダチでな? ちょいと太っちょなシノンが、急に痩せたんだよ」

「減量に成功したの?」

「まさか。妙な魔導具を手に入れたみたいなんだよ」


 今度は、ムーリーが頭を抱える。

 なのでバッカスは、もっと頭を抱えさせてやることにした。


「しかもな。確証は無いんだが、魅了の魔剣やゾンビの魔剣と制作者が同じ……あるいは、同類っぽいんだぜ」

「勘弁してよ、もう」


 どうやらムーリーにはそれで十分に通用したようだ。


「あの……どういうコトなのでしょうか?」

「ようするに、シノンのヤツが手に入れた減量の魔導具ってのは、副作用として周囲の人間の腹を空かせてるのかもしれないんだよ」

「つまり、使っている本人が痩せたり、痩せた体型を維持しようとすると、周囲にいる貴女や仕事のお仲間のお腹が空くんだと思うわ」

「…………」


 コーラルはどう反応して良いのか分からないのだろう。

 それでも、自分がどうして空腹に倒れたのかは、理解できたようだ。その上で、自分の中に生じたらしい疑問を口にしてきた。


「あの……その場合、ケンカイオスさんは大丈夫なんでしょうか?」

「そればっかりは本人しか分からねぇんだよな」

「そうねぇ……見た目はちゃんと痩せてるようだけど、魔導具がどう作用してるのか分からないワケだしね」

「確認したくてウエステイル事務所に入ったらおたくが倒れてたんだが」

「ああ、バッカスさんはケンカイオスさんの様子を見にウチに来たんですか」


 バッカスが、うなずくとコーラルは小さく息を吐いた。

 それは、どこか安堵したようなモノだ。


「結果として助けて頂けたのはありがたいです」

「何度も言っているが気にしないでくれ。おたくが倒れていたのは驚いたが、想定外というほどでもなかったからな」

「それはどういう……」

「魔導具の制作者について事前に聞いてたからな。色んな可能性は考慮してたんだよ」

「ゾンビ事件に魅了事件と、立て続けにあったからねぇ」


 ムーリーは納得したようにうなずいているが、コーラルはピンと来た様子がない。

 それを見て、バッカスは気がついた。


「コーラル、おたくは最近この街に来たのか?」

「はい。本当はもっと早めに引っ越して来る予定だったんですが、その時はゾンビ騒動で荒れてるから、少し待てと言われまして」

「正解よ。あれは大変な騒動だったんだもの。

 そしてあの経験と、原因から、バッカスくんは痩せる魔導具が引き起こしそうな事件をある程度想定していたってワケ」

「はぁ……」


 実際に目の当たりにしていないとピンとは来ないだろう。

 だが、騒動が追いついてから越してくるというのは、正しい判断である。


「しかし、こうなると早めにシノンを捕まえて魔導具をぶんどらないとな。

 最悪はシノンと一戦交えるコトになるかもしれないが……」

「お友達なんでしょ? 説得しできないの?」

「出来るならそれに越したコトはないんだがなぁ……」


 バッカスは少し困ったように天井を見上げる。

 それから言葉を選ぶように、告げた。


「魅了の魔剣という前例があるからな。使い手が魔導具に依存しちまって冷静な判断力を失う可能性ってのがありそうだな、と」

「もしかして使えば使うほど剣に魅せられていくってアレ……実は魅了のチカラの暴走とかじゃなくて、最初から使い手が剣に依存するように仕組まれてた的なモノだった可能性あるの?」

「俺はあるんじゃないか――と考えている。

 だから、シノンが魔導具に魅せられちまってる場合、実力行使で奪い取る必要が出てくるんだが……あいつ、銀四級持ってんだよな」

「それは大変そうだけど、バッカスくんなら余裕じゃないの?」

「だと良いがな」


 大袈裟に肩を竦めると、バッカスは息を吐いた。


「あの……お話についていけなくて申し訳ないんですが……」

「ごめんなさいね。貴女を無視していたワケではないのだけれど」

「いえ……大事なお話をされているというのは理解できますので」


 ムーリーの謝罪に首を横に振るコーラル。

 そのあとで、恐る恐るという様子で口を開く。


「ケンカイオスさんの持つ痩せる魔導具が周囲に空腹感を与えているというお話だったと思うのですが」

「ああ、そうだな。それがどうかしたのか?」

「事務所でケンカイオスさんが打ち合わせをされていると思うんですが……うちの事務所、今大丈夫なんでしょうか?」


 問われて、バッカスとムーリーは顔を見合わせた。


「空腹感には段階がありそうだけど……」

「ああ。だからといって放置しておくのはマズい」


 空腹の段階がコーラルと同レベルまで達している者たちが事務所内にいるのであれば、バタバタと人が倒れている可能性がある。


「バタバタして悪いが、ちょっと出てくるぜムーリー」

「待って、アタシも行くわ。裏の工房に寄っていかせて」

「えっと、わたしは……」

「コーラルちゃん、良かったら一緒に来てちょうだい。建物の構造を知っている人がいると助かるし、倒れた人の手当とかするにしても、正規の従業員が一緒にいてくれた方が確実よ」


 ムーリーの言葉には一理あるので、バッカスは余計なことを言わない。


「わかりました! 一緒に行きます!」


 コーラルが力強くうなずいてくれたところで、バッカスたちはムーリーの工房へ。

 そこでムーリーは準備を整えるのを待つ。


 ムーリーの準備が終わると、三人は急いでウエステイル事務所へと向かうのだった。

 

本作のコミカライズが、コミックノヴァにて開始しております٩( 'ω' )و

このあとがきよりも、下の方にリンクを作っておきましたので、そちらからお読みに行って頂けると幸いです!

皆さま、よしなにお願いします。

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