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大人だって、怖いモンは怖いんだ 10


「お初にお目に掛かります。当代の主様。

 殺戮(さつりく)メイドの第七番(ネヴェス)。ここに起動いたしました。

 どこの誰を殺すコトをお望みですか?

 ご希望通りの相手と、その周辺にいる目に付いた人を殺戮してさしあげます」


 青味を強く感じる銀の髪に、ハイライトが薄く暗い紫色の瞳を持つネヴェスを名乗る自動人形(オトゥーア・アタム)は、ひざまずいた姿勢のまま顔を上げ、真っ直ぐにユーカリを見ている。


「えっと、あの、えっと……」


 ――が、当のユーカリはどうしてよいのかわからず、あわあわしている。


「バ、バッカスさ~ん……!」


 ついに限界を迎えたのか、ドタバタとその場を離れてバッカスの背後にピッタリとくっつく。


「……あ、主!?」


 その突然の動きに、ネヴェスはショックを受けたように声を上げた。

 ユーカリは、バッカスを壁代わりに目元だけ影から出すようにして、ネヴェスを観察している。


 しばらくは警戒したままだろうな――とバッカスは苦笑を一つ漏らして、ネヴェスに向き直った。


「あー……ネヴェスだったか。

 おまえの新しい主ってコトになってるらしいコイツ――ユーカリは、初対面の相手が苦手でな。しばらくは警戒しちまってるだろうから、代わりに俺が色々と聞いていいか?」

「…………」


 バッカスが声を掛けると、ネヴェスは値踏みするようにバッカスを見て、それから気怠げに立ち上がる。


「事情は理解したよ。まぁ主がキミに気を許してるみたいだし、それでいいや」

「主以外には態度変えるんだな」

「当たり前でしょ。ボクは主の為に存在してるんだし」


 生意気なクソガキを相手にしている気分になってくるが、意志疎通そのものはちゃんとできそうなので、バッカスはこっそり安堵する。


「ね、ねぇバッカス……」

「どうしたクリス?」

自動人形(オトゥーア・アタム)ってゴーレムの一種なのよね? どうして会話ができているの?」

「どうしてって……意志があって、喋る機能が付いてるからだろ?」


 なぁ――と、バッカスがネヴェスに振れば、ネヴェスは力強くうなずいた。


「そのッと~~りッ! 自動人形(オトゥーア・アタム)が喋るのなんて珍しくないでしょ? ボクみたいに感情まで完璧に持ってる機体は少ないだろうけどさ!」

「そ、そうなんだ……?」


 イマイチ釈然としない顔のまま、クリスは一歩引いた。

 とりあえず、そういうモノとして扱うことにしたらしい。


「ネヴェス。自己紹介しておく。俺はバッカス。こっちはクリス。そしてお前さんの新しい主のユーカリだ」

「うん、覚えた! バッカス、クリス! よろしく!

 ユーカリ様、よろしくお願いいたします」

「ここまで露骨に態度が違うといっそ清々しいな」

「ユーカリさんへの対応や所作は完璧なの、妙に腹が立ってくるわね」

「よ、よ、よろ、しく……」


 バッカスの背後で縮こまるように挨拶を返すユーカリに、ネヴェスは捨てられた子猫のように寂しそうな顔をする。

 見た目の年齢だけなら、ルナサやミーティに近いため、そのような表情をされるとバッカスとしても居心地が悪い。


「ネヴェス、少し聞きたいコトがあるんだ」

「聞きたいコトぉ?」


 不機嫌な猫のように、うめくような威嚇するような反応。

 それでも話を聞く気はありそうなので、バッカスはその態度を気にせずに訊ねる。


「俺とクリスは今、ユーカリからの依頼でこの家の中で発生している怪奇現象について調査しているんだ」


 瞬間、ネヴェスは背筋を伸ばした。


「主からの依頼でやってる調査とか! そういうのは早く言ってよね! ちゃんと協力するんだからッ!」

「お、おう……すまん」


 自分で口にしておいて、なにが「すまん」なのかは分からないのだが、ネヴェスの勢いに負けて謝罪する。


「まぁ、とにかくだ。その怪奇現象にお前が関わっているかどうかってのは、確認しておきたい」

「その現象が確認されだしたのっていつくらい?」

「いつ……と言われるとハッキリとはしていない。推測ではあるが、ここ一ヶ月くらいに多発してるっぽいな。それより前にも発生していたとは思うが」


 実際のところは、先日ミーティたちと進入した時と、ユーカリの資金が盗まれたことぐらいの話なのだが。

 それでもバッカスは、少し規模を広げて口にした。


 それに対して――


「なるほどなるほど」


 ――ネヴェスは、うむうむ……と大げさに首を何度か縦に振ると、キッパリと告げた。


「ボクは無関係だね」

「理由を聞いても?」

「だってボク寝てたし。起きたの今だし」

「時々てきとーに起きて屋敷を徘徊してたり、見かけた汚れを掃除したりとかは?」

「起きてないのに出来るワケないじゃん」

「まぁそれもそうか」


 完璧すぎる理論である。筋も通っている。グゥの音もでない。

 もっとも、ネヴェスではないのなら、余計に状況がややこしくなったとも言えるが。


「あれ? えーっと、ネヴェス?」

「はい。いかがされましたか、主?」

「スカートの裾……赤いの、なに?」

「スカートの裾、ですか?」


 ユーカリの指が示す先。

 ネヴェスが首を傾げながら視線を落とす。


 そこには確かに赤いシミがついている。見ようによっては血にも見えそうな赤だ。


「これは……大変失礼いたしました。汚れた服で主の前に出るなど……」

「そこは別に気にしないから、いい……。ところでその汚れ、いつついたのか、わかる?」

「え?」


 問われて、ネヴェスは再び首を傾げた。


「ネヴェスは、今まで寝たんだよ……ね?」

「はい。その通りなのですが……あれ?」


 不思議そうな表情で、ネヴェスは自分のスカートの裾を摘みあげて、じーっと見る。


「下着が見えそうなのははしたないわよ」

「わかってるよー……でもなんか汚れが気になっちゃって」


 クリスの苦笑に、ネヴェスはほっぺたを膨らます。

 膨らませながらも、視線は真剣なままだ。


「この汚れ……ここ一ヶ月くらいで付いたっぽいや」

「じゃあそこに住んでた謎の研究者に付けられた感じか?」

「どーだろ? 血ではない。だけど血っぽい。血に見せかけるためのイタズラ液みたいなの?」


 ぶつぶつとネヴェスの口から漏れるのは、バッカスへの返答というよりも独り言に近い。


 クリスはそれに対して眉を(ひそ)めた。


「私を脅かすのに使われたモノかしら?」

「まぁ確かにいつの間にか片づけられてたもんな」

「でもボクが片づけた記憶はないよ?」

 

 ネヴェスが嘘を言っている素振りはない。

 もちろん、自動人形という存在である以上、シレっと嘘をつくことくらいはできるだろうが――


(まぁ嘘を付けそうにない人格ではあるよな)


 本人の言葉を信じるのであれば、ネヴェスは本当に今この時まで寝ていたのだとは思うが。


(待て。寝ていたというのは本人の感覚の話だ。

 もし……今まで自分が寝ていたのだと誤認していたなら?

 実は記憶にないだけで別の主の元で起動してた可能性とかないか?)


 そう考えると、不動資産局の存在しない局員を作り出す手段も漠然と推測できる。仮定に仮定を重ねた空論だが、あり得ないと切り捨てるのも難しそうだ。


「ネヴェス。ユーカリの持ってる首飾りとか、お前が寝てたイスに付いてる認識阻害と認識誤認みたいなチカラ。

 それって、ネヴェスにも通用するのか?」

「自分でいうのも何だけどボクは限りなく人間に近くなるよう作られているからね! 不本意だけど通用しちゃう可能性は高いよ!」


 ドヤっと胸を張る理由は分からないが、そのネヴェスの返答を聞いて、バッカスの中で仮説が急速に現実味を帯びていく。


「ユーカリ。お前の首飾り、同じようなのを持っている奴に心当たりはないか?」

「ない、かな……っていうかほかにもあるの? これ」

「まぁゼロじゃないと思うが」


 逆に問い返されてバッカスも返答に困ってもごもごする。

 それを聞いていたネヴェスが、不思議な光景を見るかの様な眼差しをこちらに向けながら言った。


「その首飾りも、ボクのイスの紋章も……ヴァッサバオム家の秘法術式だよね? 正式名称は認識変換術式……だったかな? それなら結構な数、出回ってると思うけど」

「ヴァッサバオム家? 聞いたコトない家だが、そういうのを研究してたのか?」

「え? ヴァッサバオム家を知らないの? 結構有名じゃん? ボクら殺戮メイドシリーズの開発にも一枚噛んでる家だったし」


 バッカスとネヴァスは互いに首を傾げあい――そして、ネヴァス側がおもむろに訪ねてくる。


「……もしかして、ボクって結構長く寝てた?」

「お前がいつから寝てるのかは知らないが、ユーカリの首飾りのようなものを今は魔導具と呼んでいてな?

 そんな魔導具の中でも、古代あるいは神代とよばれる時代のモノや、あるいはそれこそ神が造ったとされる、今の魔導技術で再現不可能なモノを神具(アーティファクト)と呼んでいるぞ。

 ちなみに、お前もこの時代から見ると完全に神具(アーティファクト)だ」

「な、なんだってー!?」


 どうやらネヴェスにとってはだいぶショックだったようだ。

 バッカスとしては正直心苦しいが、続けてショックを受けるような話を告げる必要がある。


「それとネヴェス。お前は恐らく今の時代に何度か目を覚ましていると思うぜ」

「え?」


 両手を地面について打ちひしがれているネヴェスが顔を上げてバッカスを見た。


「お前が今目覚めたと感じているのは、誰かが認識変換術式を使ったからだ。

 その誰かはお前を起動させ、何らかの仕事に使ったあとで、認識変換術式を使ってお前に、一度も目覚めなかったと誤認させているんだろうな」

「…………」

「だから、目覚めた今、お前はそいつに警戒しろよ。

 その誰かによって認識を歪められたら――お前にユーカリを手に掛けるよう命令してくる可能性がある。

 認識が元に戻ったら腕の中でユーカリが冷たくなってたりとか――可能性あるぞ」


 バッカスとしては丁寧な警告のつもりだったのだ。

 だが、ネヴェスの人格は、バッカスの想定よりも些か幼く設定されているのかもしれない。


「ボクが? 知らないうちに……? 主を殺してて……?」


 その光景を想像しているのだろう。

 想像しているうちに完全に目が潤み、顔もくしゃくしゃに歪みだし――


「わ、あぁ……うぅ……ぅぅぅぅ」


 ――大声を上げて泣きはじめた。


「うわあああああああんん!!!

 ヤダよー!! 知らないうちに主を手に掛けちゃうとかヤダー!!

 主死なないでー!! ごめんなさいいいいいいいいい!!

 ひどいよー!! ボクそんなことしたくないのにぃぃぃ!!

 でもボクのせい!!! うわあああああああああんんん!!」


 ギャン泣きだ。完全に子供の泣き方である。

 言動からして、バッカスの言葉を受けて想像した結果のようだ。


 しかもきっちり涙も流れているのだから、どうにも無駄に凝るタイプの制作者が作ったに違いない。


「ええ……」


 バッカスが思わず引いてしまうのだが、クリスとユーカリはむしろバッカスを睨みつけてくる。


「ちょっとひどいわバッカス。ネヴェスが泣くような脅しをするなんて」

「いや、脅しというか事実というか……」

「そうですよ……ネヴェス大丈夫だよ。あたしは死んでないから。ここにいるから、ね? ね?」

「あるじぃぃぃぃぃ~~~~……うああああ~~~~……ぁぁぁん」


 バッカスの背後に隠れるようにしていたユーカリも、たまらず飛び出して、ぴーぴー泣き続けるネヴェスを抱きしめている。


 クリスも、ネヴェスをあやすのに回るようである。


「……えぇ……」


 釈然としないモノを感じながら、バッカスは天井を見上げるのだった。



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