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大人だって、怖いモンは怖いんだ 8


「なるほど。無駄遣いしたワケじゃあなく、盗られたワケか」

「玄関とかは鍵をかけてても、それ以外のすべても見れてるワケじゃないから……少し、不用心すぎたかも」


 しゅんとした様子でユーカリがうつむく。

 その姿を見ながら悪霊屋敷の様子を思い出したバッカスは、何とも言えずに苦笑する。


 実際問題、ユーカリ一人で住んでいるのだとしたら、あの家の戸締まりなどをキチンとやるのは難しいだろう。


「ユーカリさん。もしよければ、使用人や庭師の手配をしましょうか?」

「ううぅ……ありがたい申し出ですけど、給金を払う余力はないです」


 メソメソとしながらクリスの言葉の提案に首を振るユーカリ。

 そこで、ふとバッカスは疑問が生じた。


「なぁユーカリ。何であの家買ったんだ?」

「安かったから?」

「そりゃまぁ値段だけ見た時、家の規模や土地の面積考えれば格安どころの価格じゃあなかったけどよ。

 買った後の維持費だとか、手入れの問題とかは考えたのかって話だ」

「あれ? そう言われてみれば……なんか安いな、買わなきゃって……」

「金が盗まれなかった場合――使用人雇ったり、大工に手入れをして立て直したりとかする余力はあったのか?」

「ない……かも? あれ?」


 首を傾げるユーカリの様子を見て、クリスが錆びたブリキの玩具のように首を(きし)ませながらこちらに向ける。


「バッカス」

「なんだよ?」

「変なお化けとか関わってくる?」


 顔をひきつらせながら訊ねてくるクリスに、バッカスは軽く肩を竦めるだけに留めた。


「返答ナシ!?」


 なにやらクリスが涙目になりかけているが、一切無視して、バッカスはユーカリに訊ねる。


「そもそも、あの屋敷をどこで知ったんだ?」

「え? こっちでしばらく単独で仕事する予定で……期間を考えるなら宿より、家がいいなって……あちこち内見している途中に、かな?

 シャワーが付いてれば多少古臭い安アパートでもいいかなって……思ってたハズなのに、なんで私ってば家とか買ってるの?」

「こっちに聞かれてもなぁ」


 不思議そうに首を傾げるユーカリに、バッカスも首を傾げる以外の返答を思いつかない。


 そして横でそのやりとりを見ていたクリスは、さっきよりも顔を青くしてこちらを見ている。


「ちょっとバッカス!? なんかこう剣とか魔術とかが通用しない気配の案件の気配がする気配がするんだけど!」

「よけいな気配が多くて意味の分からん台詞になってるぞ」


 クリスへツッコミを入れつつも――とはいえ、とバッカスは胸中で苦笑した。


(実際、不可解な点は多いんだよな)


 やや思案したバッカスは、よし――と小さくうなずくと告げる。


「ユーカリ。今から、お前ン家に行こうか。

 この前みたいに他人の家としておっかなびっくり調べるより、知り合いの家だとわかった上でしっかり調べた方が、気づくモノも増えるだろ」

「なにか、あるの?」

「気になるコトはいくつかな。それを調べるのさ」

「わかった。お願い」

「おう」


 切実な感じの顔をするユーカリにうなずいてから、バッカスはとびきりのスマイルをクリスに向けた。


「クリスも来るよな?」

「いや、あの、えーっと」

「そりゃあ悪霊屋敷と聞けば腰が引けるのもわかるが今はユーカリの家だ」

「それは、うん。そうね。そうかもしれないけど」

「知人の家を訊ねようって話をしているのに腰が引けるのはどーかと思うが」

「あれ? そうかな?」

「そうだろそうだろ?」

「そうかもしれないかもしれない?」

「来ても問題なさそうだろ?」

「……そう、かな?」


 目をぐるぐると回したまま、クリスも最終的にうなずいた。

 ユーカリはそのやりとりに色々思うところはあったのだが――


(バッカスさんが物怖じしなさすぎるから、一緒に怖がってくれる人がいると助かるかも)


 ――ユーカリの中にいるナメクジは、この状況を控えめなガッツポーズで喜んでいた。





 そうしてやってきた悪霊屋敷もといユーカリ・デンカレッジ邸。


 エントランスでバッカスは周囲を見回す。

 その時、ユーカリの背中に両手を乗せて小さくなって震えているクリスが目に入ったが黙殺することにした。


「二階の部屋とか、金庫を置いておいた部屋とかは自分で掃除したのか?」

「最低限生活できるところは欲しかったので」

「まぁそりゃあそうか」


 ユーカリも、背後霊のように自分の背中にくっついているクリスを無視して、バッカスにうなずく。


「いくつか掃除してあった部屋もそれか?」

「どうだろう? 自室と荷物置き場と、お芝居練習用の部屋、それとお風呂とお手洗い……くらいかな、掃除したの」

「部屋の場所は? ザックリでいいぜ」

「基本は全部二階。お手洗いだけは一階にあるのも掃除したけど」

「え?」


 ユーカリが掃除した部屋について話をすると、クリスが不思議そうに顔を上げた。


「一階にも掃除された部屋がいくつかあったわよ?」

「そうなんですか? 自分でも全部の部屋を回ってないので気づかなかったんですが……」


 そうしてクリスとユーカリは顔を見合わせながら青ざめる。


「元々、正体はともかく幽霊の噂があった建物だしな。

 ユーカリが買う前から住み着いてるやつがいても、不思議じゃあないさ」

「……わたしのお金を盗んだものもその人?」

「そう結びつけるのはちと早計だな」


 青ざめつつもほっぺたを膨らますという器用な顔をしているユーカリに、バッカスはそう答えてから、クリスに部屋の場所を訊ねた。


 クリスの案内で、その部屋の前まで行った時――


「ユーカリさん。ここの隣の部屋、掃除した?」

「え? 何かあったんですか?」

「なんか血みたいな赤い液体ぶちまけてたじゃない」

「……え?」

「扉の隙間から、にじみ出る程度には……」


 二人してまたも青ざめ出しているのを無視して、バッカスはクリスが示す液体が流れていたという方の扉を開いた。


「この部屋であってるか、クリス?」

「……あってはいるんだけど……」


 クリスが言い淀む理由もわかる。

 ぶちまけた――という表現から、結構な量の赤い液体がこぼれていたのが伺えるが、この部屋にはその形跡がないのだ。


「見間違い? いえ、でも、液体の上を誰かが歩いているような波紋は見えたわよ」

「そういえばユーカリは、姿隠しの神具(アーティファクト)かなんか持ってるよな?」

「持ってるけど……」


 そう言って彼女は胸元から、下向きの太矢印を思わせるシルエットの首飾りを取り出した。


 幾何学的な模様が入った水晶を、お洒落なフレームの中に納めたようなデザインのモノで、見た目だけでも綺麗なモノだ。


 ユーカリの華奢な雰囲気とあわせると、首飾りの方がややゴツく見えなくもないが。


「ここで使った覚えは?」

「……ないわ」

「えぇ……」


 ユーカリの反応に、バッカスは下顎を撫でながら部屋を見回す。


「例えば――ユーカリ以外に誰かがこの家に潜んでいるとして、そいつも隠蔽関連の魔導具なりなんなりを持っている場合」

「液体とかはどうなるの?」

「ユーカリが仕事で外に出てる時に片づけられるだろ」


 バッカスの言葉に、クリスはそれもそうか――と小さくうなずく。


「例えば――ユーカリ以外の誰かが潜んでいるとして、そいつが幻覚や錯覚の魔導具なりなんなりを持っている場合もある」

「確かにそれならクリスさんを脅かした方法と、片づけがされている理由の説明になるね」


 続けて告げられたバッカスの推測に、ユーカリは納得したように相づちを打つ。


「どちらにしろ、ユーカリが手を出してない範囲で、何かが起きているのであれば、それは第三者の仕業だろう」


 そう言いながらも頭を回している様子のバッカスの横顔を、クリスは何ともなく見つめてしまう。

 黙ってバッカスを見つめているクリスを横目に、ユーカリが首を傾げた。


「バッカスさんって……」

「ん?」

「こういうの怖くないの?」

「なんでそう思った?」

「冷静に色々分析してるので」


 ユーカリの言葉にバッカスは、無精ひげを撫でながら、言葉を選ぶように答える。


「謎を前にした時、その謎を分析できるうちはしても良いだろ。

 思考を巡らせ、考え、自分の知識や手札でどこまでも謎を絞る。

 絞って絞ってそれでも謎の答えがでないときは、まぁ怖いかもな。

 それが自分の不出来だけなら構わないんだが、本当に超常の現象が原因だったなら、それこそ幽霊だのなんだのの正体不明の存在の仕業だろうし」

「なるほど。怖がるまでの壁が高くて分厚いってだけなんだ」

「かもな」


 いつものシニカルな笑みを浮かべてうなずくと、バッカスは腕輪から楔剥がし(エグベウ・ラボメル)を取り出した。


「離れてなユーカリ。もしの隠蔽の神具をすでに起動させてるんだとしたら、なおさら離れておけ。巻き込まれて壊れるかもだぜ」


 バッカスは「光よ!」と唱えて巨大な蠅たたきのような形状の魔力刃を作り出す。


 それを見て、クリスが目を(しばたた)いた。


「あら? 楔剥がしってそんな形状にもできたの?」

「いや。俺専用の改良品」

「ズルいわ。私のも改良してくれないかしら?」

「気が向いたらな」


 軽い調子で答えると、バッカスはその光の巨大蠅たたきを雑に振り回す。


 すると、床の一カ所に正方形の線のようなものが現れた。


「え? なに?」

「何らかの魔術的な手法で隠蔽されていたものだな」


 バッカスの想定とはかなり違っていたが、お目当てのモノであるといえば、そうだろう。


 その線のそばにしゃがみ、手でそこを軽く触れる。


「こうか?」


 そして、バッカスがその枠線の内側――その隅に触れて力を込めると、それが下に向かって開いた。


 その先には階段が続いているようだ。


「隠し扉ってやつだな」

「格安で買った家には地下への隠し通路がありました……この先に、とんでもない秘密とかがあったらどうすればいいの?」

「えーっと、たぶん大丈夫じゃないかしら。

 私もバッカスも、貴族の知り合いとか専門家の知り合いとか多いし」

「でもそれ、我が家、没収されない?」

「それはその……なんとも……」

「没収するような貴族がいるなら俺がなんとかするさ。

 少なくとも、タダで差し押さえして金も払わない、引っ越し先も用意しない。そんなようなバカ相手なら任せろ」

「バッカスさん……!」

「まぁバッカスの場合、本気で何とかするでしょうしねぇ……」


 両手をあわせて目を輝かせるユーカリを、クリスは苦笑する。


「ともあれ、だ。

 俺は下へと行くが、お前さんたちはどうする?」


 バッカスのその問いに、二人は顔を見合わせると、一緒に行くとうなずきあった。


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