大人だって、怖いモンは怖いんだ 1
悪霊屋敷と呼ばれる家屋がある。
貴族街の中でも職人街にほど近い場所にそれはある。
元々が貴族の屋敷だったのか、富豪の屋敷だったのか、絶妙に判断の付かない雰囲気の建物だ。
貧乏貴族の屋敷のようにも見えるし、裕福な平民の屋敷のようにも見える。
金属製のお洒落な格子柵で囲われたその敷地の中は、だいぶ手入れがされなくなったから、草木が伸び放題のままになっていた。
持ち主がよくわからない為に撤去ができず、持ち主がよくわからないので手入れなども勝手にしづらい。
その結果がこの屋敷と敷地の状態である。
だが、ついにこの状態に、領主が刃を入れる決断をした。
――というのも、ここ最近の噂で、この屋敷から人の声が聞こえるというのだ。
元々、幽霊だのなんだのが出るという話だったのだが、まだまだ眉唾だと思われていた。
しかし、ここ一ヶ月ほどで明らかにその噂が強く広まっているのだ。
もしかしたら本当に誰かが住み着いているのかもしれない。
それが元々の持ち主やその関係者であれば、領主としては話をしたいし、無法者などが勝手に住み着いているのであれば、退去してもらわなければならない。
そこで、領主は最近は何でも屋として活躍している姪っ子に白羽の矢を立てたわけである。
領主からギルドへと依頼を頼み、ギルドは指名依頼として姪っ子にお願いする。
姪っ子は依頼を受領してくれたので、これでもう解決は秒読みだろう。
姪っ子は、元は選ばれし十騎士の候補にあがったことがあるほど、剣も実務も優秀だ。
なにやら顔をひきつらせながら人手を増やしたいと相談されたので――必要とあれば、自分で人員を増やして良いと依頼に付け加えさせてもらった。これで手が足りないと感じれば増やすことだろう。
「あなた」
「ん? ああ、お前か」
妻が何やら難しい顔をして執務室にやってきた。
「クリスティアーナが青い顔をして廊下を歩いていましたが、何かご存じですか?」
「はて? 何でも屋のクリスに少々依頼をしたくらいなのだがな」
「…………」
妻は平民や何でも屋をあまり好んではいない。
だから姪っ子が何でも屋をしているのをあまり快く思っていないところがある。
その為、僅かに押し黙ったのだろうと思ったのだが――この沈黙、なにか違う気がする。
「どんな依頼を?」
「悪霊屋敷と呼ばれる邸宅があるだろう? あれの調査だ」
「……それを、あの子に?」
「そうだが?」
「…………」
またも妻が沈黙する。
やはり、何でも屋や平民への嫌悪とは違う沈黙のようだが。
「あなたは……あの子が、魔獣としての悪霊はともかく、本物の――というかなんというか――正体不明なお化けや怪談話の類が苦手なのはご存じでしたか?」
「え?」
領主はそこでようやく何かやらかしてしまった気がしたのだが、あとの祭りである。
「責任感が強い子ですから仕事はちゃんとするでしょうけど……まったく、そういうところが抜けておられるのですから」
姪っ子に悪いことをしたなぁ――と思いながらも、領主は胡散臭い笑顔で妻に告げた。
「まぁ解決してくれるなら、問題はないだろう」
「悪霊屋敷の件はそうでしょうが……それ以外の問題が生じても助けませんからね」
妻はそれだけ言うと、執務室をあとにする。
「……さて、私はクリスティアーナに何をされてしまうのだろうか?」
ちょっぴり不安になってくる領主であった。
◆
――などというやりとりや根回しが裏で行われていることなど、一般人は知る由もない。
そして、若いほど好奇心というのは強いものである。
その強き好奇心を持ちたる者を代表するような少女が、悪霊屋敷の門の前で、その双眸を知的好奇心だけで輝かせながら仁王立ちしていた。
「さぁ行きますよ! バッカスさん、ブーディさん!」
フンスと鼻息荒く告げるミーティに、バッカスは何ともいえない顔で訊ねる。
「どこへだ? っていうか悪霊屋敷か、これ。何でこんなところに呼び出したお前?」
「そりゃあ悪霊屋敷に人の気配があるという噂が広まってるんでその調査にですッ!」
快活に答えるミーティだったが、バッカスはイマイチ納得できないまま、横にいる女性に視線を向けた。
「お前はなんでここにいるんだブーディ?」
何やら顔色の悪いブーディは、困ったような顔をして答える。
「えっと、ミーティちゃんにヒマなら付き合って欲しいって言われて」
「着いてきたらココだった、と?」
「そ」
うなずくブーディの様子はどうにもよろしくない。
自称美人弓使いの名が陰るほどの、顔色の悪さだ。
「体調悪いなら素直に断れよ」
「大丈夫ですよバッカスさん。ブーディさんは怖がってるだけですから」
「…………」
何が大丈夫なんだそれ――と言い掛けて、バッカスは口を噤む。
「へー」
そのかわりバッカスの口から出てきたのはそんな言葉だった。
「ちょッ!? 獲物を見つけたような変な目で見ないでよ怖いからッ!」
ブーディは慌てた様子を見せるが、バッカスはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「それじゃあミーティ、行くか。ブーディも一緒に! ブーディも一緒に!!」
「なんでそこ繰り返したバッカスぅぅッ!!」
そんなブーディの悲鳴を受けながら、バッカスは堅く閉ざされた門へと手をかざし、魔力帯を展開した。
「立ち塞がる門戸よ、手招く猫に従え」
バッカスが呪文を口にすると、門そのものに掛かっていたカギと、門に巻き付いていたカギ付きの鎖が綺麗に外れる。
「おもしろい魔術ですね!」
好奇心でキラキラした目で見上げてくるミーティに、バッカスがいたずらっぽく笑う。
「マネすんなよ?」
「術式の組み方と祈るべき神様はだいたい把握しました!」
「…………」
元気いっぱいに答えるミーティにバッカスは思い切り顔をしかめる。
それを見ていたブーディが、バッカスの肩を叩いた。
「見せるべき相手じゃなかったんじゃない?」
「……実は俺も、いま猛烈にそう思ってる」
何はともあれ三人は錆び付いた細工格子の門を開けて、中へと踏み込んでいくのだった。
「あ、門はちゃんと閉めておけよ。
あとカギ付きの鎖もちゃんと巻き付いているように戻しとけ。
それをしておくだけで勝手に進入してるのがバレづらくなるから」
「なんか妙に慣れてないかいバッカス?」
「なんか妙に手際もいいですよねバッカスさん……」
なぜかブーディとミーティに半眼を向けられてしまったのだが。








