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お前ら、何がしたいんだ? 4


 ムーリーが出してきたのはミルクレープだ。


 以前、バッカスがお菓子のミルフィーユについて教えると約束した際に、教えたのがこれである。

 教えたあとで、ミルフィーユとミルクレープを勘違いして教えていたことに気づいて慌てて訂正したのは余談も余談だ。


 その時、改めてミルフィーユについて教える約束をしてしまったのも、余談の三乗である。


 さておき。


「不思議な見た目ね。黄色い部分と白い部分とが何層にも重なってるわ」

「すごい……どうやって作ってるのかも想像つかない……」


 マーナとルナサはその見た目に驚いているが、バッカスは別のところを見ていた。


「……層の数がだいぶ増えたな。慣れてきたのか?」

「ええ。サイズを余りかえずにどれだけの層を作れるか……挑戦しがいがあるのよ」


 当然、味も妥協してないわ――と、ムーリーが笑う。


「そこに関しちゃ信用してるさ」


 マーナとルナサが皿を持ち上げてミルクレープを観察しているのを横目に、バッカスはフォークでミルクレープの先端を切って口に運ぶ。


「甘すぎずしつこすぎず……クリームの口当たりも良いな」

「見た目はもちろんだけど、やっぱり一番こだわるべきところは味かなってね。見た目も味も、妥協する気はないわよ」

「よく知ってる」


 いつものシニカルな笑みを返しながら、バッカスはもう一口ミルクレープを口に運んだ。


「そういや、お前さんに確認したいコトあったんだ。

 ティーワスとは無関係な話で申し訳ないんだが」

「いいわよ別に。それで確認したいコトって?」

「最近、三馬鹿みたいなガキどもに拝み倒されて魔剣を渡したりしたか?」

「どういう状況よそれ。まぁ心当たりはないわよ」

「そうか。通りすがりの魔剣技師に魔剣を貰ったとか言ってたからな」

「この町で魔剣を造れる魔導技師は少なからずいるわ。でも魔剣技師を名乗っているとなると――」

「俺かお前くらいなもんだ。だから気になってな」

「流れの人かしら? 旅する魔剣技師なんてロマンを感じちゃう言葉だけど……」

「迷惑魔剣のポイ捨てとかしてなきゃいいんだけどな」


 バッカスとムーリーの脳裏に過ぎる先日の魔剣騒動だ。

 森に捨てられて暴走していた魔剣と、異性を操る魔剣の記憶は新しい。


 さてどうしたものか――と二人で考えていると、いつの間にやら、女性陣はミルクレープを食べ終わっていた。


「……なくなっちゃったわ……」

「……なくなっちゃいましたね……」


 しかも、食べきったことに愕然としている。それだけ夢中になっていたのだろう。


「お二人ともどうだったかしら? アタシの新作」

「美味しかったわ。是非ともうちの厨房に来て欲しいくらいに」

「大変光栄なお話ですが、自由でいるからこそのこの味ですので」

「あら、誘いの躱し方がお上手ね。慣れているみたいよ」

「事実慣れておりますから」


 ニコリと嫌みなく笑うムーリーに、マーナは残念と肩を竦めた。

 それから、マーナは嘘偽りのない笑顔で告げる。


「仄かに甘い生地と、口当たり滑らかで甘さに嫌みのないクリーム。最高の組み合わせだったわ。今まで食べてきた甘味がなんだったのかって思うくらいに」

「ありがとうございます。見た目も味も既存の概念を吹き飛ばす。だからこそ、これは甘味ではなくティーワスであるという自負がありますの」

「ただの料理人がその態度なら嫌味でしかないでしょうけど、ここまでのモノを見せつけられると納得しちゃうわ」


 満足そうにお茶を啜るマーナ。

 その表情に、ムーリーは確かな手応えと満足感を覚えていた。


「ルナサちゃんはどうだったかしら?」

「美味しかったです。すっごく!」

「ふふ、ありがとう。やっぱりこんな笑顔で美味しいって言って貰えるのは料理人冥利に尽きるわねぇ」

「俺の料理を食うと悔しそうな顔で美味しいって言う奴がいるんだよなぁ……」


 チラリと、バッカスがルナサに視線を向けると、彼女はそれを避けるように顔を動かす。


「それはそれでいいじゃないの。

 認めたくはないのに、美味しいとしか言えないだなんて、それはそれで料理人冥利に尽きるでしょう?」

「そうよバッカス君。舌と心は完全に堕ちているのに認められなくて悔しい顔をするだなんて、滅多に見るコトのできないごちそうのような顔よ」

「マーナのはなんか違う気がするんだがな」


 バッカスが苦笑しながらお茶を啜った時だ。

 店の扉が乱暴に開かれて大きな音が出る。


 従業員たちはビクリと体をふるわせ、驚いたような顔を浮かべる中、 バッカスとムーリーとルナサは冷静にそちらに視線を向けた。


「ムーリーさん! あ! バッカスさんとルナサもいる!」


 入ってきたのは、ルナサと同世代の何でも屋の少女テテナだ。

 かなり慌てた様子でムーリーを探してきたということは、緊急で戦闘力が欲しいのかもしれない。


 こちらを見て安堵した様子のテテナに、バッカスは鋭い声で訊ねる。


「急いでるなら余計な情報はいらん。

 必要な人材と、その理由を手短かに言え」


 バッカスの声ですぐに気持ちを切り替えたテテナが、言われた通りに端的に情報を告げる。


「噴水広場で魔剣が暴走してます。

 魔導具に詳しくて戦闘力のある人材が欲しいって言われて、ムーリーさんが真っ先に浮かんだのでここへ来ました」

「確かに広場からなら近いわね。うん。選択肢としては悪くないんじゃないかしら」


 ここにバッカスがいたのは偶然だ。

 だが、ムーリーであれば高確率でこの店にいる。

 テテナの判断は間違っていないだろう。


「暴走させてるのは誰だ?」

「えっと、私と同じくらいの歳の男の子!」

「テテナ。そいつって取り巻きが二人くらいいない?」


 ルナサの問いにテテナは思い返すように目を伏せ、ややしてからうなずいた。


「もしかして暴走している人を必死に止めようとしてた二人がそうかな?」


 その言葉に、バッカスとルナサとマーナは顔を見合わせる。


「クソ。判断ミスったな。ルナサが三馬鹿をボコった時、ついで魔剣を回収しとけば良かった」

「そうは言っても他人の魔剣を勝手に奪うワケにもいかないでしょう?」


 思わず毒づいたバッカスに、ムーリーが冷静な言葉を浴びせてくる。


「そうなんだがなぁ……」


 後の祭りと言われればその通りだ。今更たらればを口にしても仕方がない。

 今するべきことは、テテナの呼びかけに答えることだろう。


「ムーリー。悪いんだが、マーナをここに置いておく。護衛を頼む」

「ええ構わないわよ」

「ルナサは俺と現場だ。可能なら暴走した程度では勝てないんだと、分からせろ」

「分かったわ」


 そうしてバッカスとルナサが立ち上がった時、マーナが声を掛けてくる。


「私も行っちゃダメ?」


 冗談めかしたようなその問いに、バッカスはつまらなそうな顔で半眼を向けた。


「旦那から離婚を叩きつけられたくなければここにいろ。

 それとも、通して良いワガママと、通すのはまずいワガママの区別のつかない愚かな女だと、旦那にアピールしたいのか?」


 その声色は横で聞いていたルナサとテテナがゾっとするほど冷たいモノだった。


「……はぁ。バッカス君が、旦那様と同類だったのを忘れていたわ。ゴメンなさい。今の発言は忘れて」

「こっちこそ脅して悪かった。だが、今の発言はマズいってのは自覚してくれ。

 事務仕事や貴族同士の権謀術数が得意でも、現場仕事への理解度と認識が甘いのが君の悪い点だ。

 今回のお忍びもその為の勉強なんだろうから、反省して次につなげてくれ」


 バッカスの言葉に、マーナはバツの悪そうな顔をしてうなずく。

 それを確認してから、バッカスはルナサとテテナに向けて告げる。


「よし、行くぞ。町に大きな被害が出る前に終わらせる」


 そうして三人はムーリーの店を飛び出して、噴水広場に向かうのだった。



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