お前ら、何がしたいんだ? 3
「ムーリーさんって言ったわよね? 美味しいわ、すっごく!」
「ありがとうございます。貴女のような方にそう言っていただけて、大変光栄ですわ」
詳しく説明せずとも何かを察したムーリーは、深く触れずにそう言って笑う。
今、バッカスたちは魔剣技師にしてパティシエであるムーリーの店に来ている。
ルナサに瞬殺され降参した三馬鹿トリオを広場に放置し、バッカスはその場を後にした。
お昼を食いっぱぐれていたので、バッカスはその足でムーリーの店にでも行こうかと思ったのだ。
その後ろをなぜか、ルナサとマーナがつけてきた為、バッカスはマーナにムーリーを紹介することにした。
その結果が、ムーリーの店で一緒にランチである。
「食事メニューだけで満足するなよ、マーナ。
こいつが一番得意としているのは、ティーワスだ」
「ティーワス? 古語で果物のコトよね?」
バッカスの言葉に、マーナが首を傾げる。
それに、ムーリーがとても良い笑顔で答えた。
「そこから転じて、うちでお出ししている甘味をティーワスと呼んでいるんですよ」
「まぁ! 甘味!」
手を合わせて顔を輝かせるマーナ。
王族ともなれば、甘味を口にする機会が多い。
だが、ムーリーの作るような洗練された甘味というのは意外とまだ普及していないのだ。
美食王国では普及しているようだが、それ以外の国では、ムーリーやバッカスのようにレシピを知るところまで至るのがまだまだ難しい。
それにレシピを手に入れたとしても、ふつうの料理とは違った難しさがあるのも、なかなか普及しない要因だろう。
キッチリ量を計って作る――意外と、それを出来ない者は多いのだ。
ふつうの料理の感覚で目分量とかでやってしまうと、甘味は失敗の原因になりやすい。
また、甘味のレシピを見たときに、油や砂糖、蜂蜜の使用量の多さに、ためらって少なめにしてしまうのも失敗の理由にはあるだろう。
「えーっと、バッカス……」
「どうした? 口に合わなかったか?」
大人たちが楽しくやりとりしている横で、どこか悲壮な顔をしたルナサが、バッカスに声を掛ける。
「違うわ。美味しいのは間違いない。
ただ……その、味のわりには安いお店だと思うけど、その……学生としては……」
言い淀むルナサから、何を言いたいのか察したバッカスは、いつもの皮肉げな顔をいくらか柔らかくして笑う。
「ああ。気にすんなよ。お前とマーナの支払いは俺が持つから。ビビってないでふつうに食え」
そう言ってやれは、ルナサは顔を輝かせて食べ始める。
「私もいいの、バッカス君?」
「ああ。気にすんな」
少し冷めた花茶を啜りながらそう告げると、マーナは純粋に驚いたような顔をした。
「旦那様の言う通りなのね、バッカス君って」
「アイツが何て言ってたかは聞かないでおいてやるよ」
「ふふ、ありがとう」
お礼を告げるマーナの笑顔に、偽りも腹黒いものもなさそうだ。
「ムーリー。ティーワスは今日のオススメを頼む。三人前な」
「任せて」
バッカスからの注文を受けて、ムーリーはウィンクをして応えると厨房へと向かっていった。
「あのさぁ、バッカス」
「ん?」
ムーリーの姿が見えなくなってから、ルナサがまたも何か言い出し辛そうに声を掛けてくる。
照れ隠しするような恥ずかしさを誤魔化すような――そんな様子で食べていたリゾットの最後の一口を口に運んだ。
それを嚥下してから、ルナサは意を決するように訊ねる。
「さっきの三馬鹿との戦闘。アンタから見て、百点満点でどのくらいだった?」
ルナサの声にも瞳にも冗談の気配はない。大真面目にバッカスの評価を聞きたいようだ。
それにバッカスは「ふむ」と小さく息を吐きながら真面目に考えて、ややしてから答えた。
「百点満点で考えるなら、八十五くらいじゃねーの?」
「満点じゃない理由は教えてくれる?」
ルナサは真剣な表情で訊ねてくる。
その向上心は嫌いじゃないな――と、バッカスは胸中で笑ってから、真面目な調子で口を開いた。
「気にするほどじゃない細かい点を除いた上で――それでまぁ一番の減点理由はと言えば……使った魔術だな」
「魔術?」
首を傾げるルナサだが、表情は真剣なままだ。
どうして自分の使った魔術が減点対象になっているのか、頭をフル回転させて考えているのだろう。
だからこそ、バッカスはすぐに答えを口にせずマーナに話を振った。
「お前さんは……ルナサの魔術が減点になった理由、分かるか?」
「何となく――だけどね。
口にしちゃっていいかは、ルナサちゃん次第だけど」
マーナから水を向けられたルナサは、僅かに逡巡してからうなずく。
「聞かせてください」
真っ直ぐに顔を向けるルナサに、マーナはうなずき返すと、自分の考えを口にした。
「火の魔術だったコトでしょ、バッカス君? 違う?」
「まぁ正解かな。完全な正解でもないが」
答えは出た。
だが、ルナサはイマイチ納得のいかない顔をしている。
「でも、あれは殺傷力もないし……脅かす為の魔術だったのよ?」
「知ってるよ。実際の効果を見たし、術式も読みとったからな。それでも減点なんだ。
より正確に言うなら、お前があの場であの魔術を使う危険性を理解せずに使ったから減点……だな。
分かってて使ってるなら、減点にはしなかった」
バッカスの言っている言葉の意味がすんなり飲み込めずに、ルナサは顔をしかめた。
その顔を見ながら、バッカスは苦笑しつつ話を続ける。
「今回は問題なく当たった。お前自身は完璧な制御で完璧な魔術を放ったつもりかもしれないが……。
それは相手が避けないコト。あるいは不慮の出来事が発生しないコトが前提の考えだ」
「でも、あいつには、あの瞬間の攻撃を避けるような能力は……」
「なかったな。正確に相手の技量を読みとった上で、あの魔術を撃ったコトそのものはむしろ評価してるんだぜ」
褒めてくれているのに減点なことが、ルナサはやっぱり理解できない。
「火の玉を見て慌てた馬鹿が、うっかり転んで、幸運にもそれを避けてしまった場合は想定していたか?」
「え?」
「お前の魔力帯の伸ばした方向。その終点には店のドアがあった。幸いにもドアは開かなかったが……。
しかし、運悪く当たらず真っ直ぐ火の玉が飛んだ時、あのドアに直撃していたワケだ。もちろんドアに当たっただけなら表面を軽く焦がすだけで、大きな被害はなかっただろう。
だが、万が一……その状況でドアを開けて店員や客が外に出てきたら?
人に当たらずとも、開いたドアの中に飛び込んでいってしまったら?
あるいは偶然にも乾燥した稲藁を抱えたおっさんが通りすがったら?
紙の束を抱えたどっかのギルド職員が通りすがっていたら?」
どの魔術がぶつかっても危険であったのは間違いないが、火であったからこそ被害が大きくなる可能性もある。
「魔力帯が途中でとぎれようと、その上を走る魔術効果が完全に消えるワケじゃあない。そこを通りすぎても、減衰しつつも効果は残るコトがある。
今回、お前が放った魔術はまさにその残るタイプだ。
そして小さな火種でも、大きな火災につながる可能性がある。
そういうところ、考慮した上で魔術を使ったか?」
ぎゅっ――と、ルナサは服の裾を握りしめる。
「誤射も考慮しての魔術選択だったんだろう。そこは評価してるぜ。
だがまぁ――まだまだツメが甘いって話だな。
町の中や火種が多い場所で魔術を使うなら、風や水、熱を伴わない衝撃波とかにしておけ。誤射をしても大きな被害へと繋がりづらいからな」
減点の理由をこうして丁寧に説明されると、その通りだ――とルナサはうなだれる。
満点が欲しかったワケではないが、だけどそれでも――バッカスが指摘してくる点においては、考慮しておく必要があった話だ。
ツメが甘いと言われてしまうのも仕方がない。ルナサは俯きながらも、納得はしていた。
「――と、いうのを考慮した上で、自分が絶対に誤射なんかのミスをしねぇんだっていう自負と自信と確信があってのコトなら、別にあの魔術を選択したコトを減点にはしねぇよ」
「…………」
「まぁ悔しがってるってコトは考慮してなかったってコトだよな? なら減点も受け入れろ。
これは、お前がよく口にするチカラある者の責任って奴の一つだ。
自分が振り回すチカラがどこにどんな影響があるかってのを正しく理解しろ。その上で使え。
これは魔術に限らず、暴力も財力も権力も、それ以外のチカラに関しても同様だ」
声を荒げるわけでも、強く言い聞かせるわけでもない。
ただ淡々と事実を並べるように、バッカスは告げる。
横にいるマーナも、何やら耳が痛そうな顔をしているが、バッカス的にそこは知ったことではない。
(まだまだ、わたしは未熟なんだな……)
こういう話をすると、ルナサはそれを実感する。実感するたびになんだか悔しくなる。
「はいはい。真面目なお話はそこまでよ」
「お。来たか」
恐らくはとっくに準備は終わっていたのだろうが、割り込む機会を伺っていたのだろう。
「ムーリー・クーの作る最新ティーワス。お待ちどうさまよ」
そうして、ムーリーはそれをテーブルに置いた。
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