腹が満ちれば、思いも変わる 5
本日更新3話目٩( 'ω' )و
前の話を読まれてない方は、ご注意をば。
家主が部屋を出て行ったのを見送ってから、彼女はその場で倒れるように枕に頭を乗せる。
「…………」
医術の心得があるということから、こちらの頭や首筋に手を置いたのは医療行為であるというのは分かる。理解できる。
だが――
(た、淡々とやるのだから……もうッ!)
やはり、騎士とはいえ貴族令嬢として育てられた身。異性からの触れられるということそのものに馴れていないのだ。
思わず顔が赤くなり、内心で慌てていたというのに、家主は淡々とこちらの具合を確かめているだけのようだった。
いや、それが医療行為としては当たり前なのだろうが……。
(……そういえば、あの人はあまり私に触れてくれなかったな……)
触って良いのは近しい者のみ。
婚約者であれば、近しいに含まれるだろうに、あの人はまったく自分に触れてくれなかった気がする。
(大きくて、ゴツゴツしてて、だけど、優しい手だったな……)
先ほど触られていたのを思い返しながら、自分の首筋にそっと触れる。
(……って、こんなコトでドギマギするなんて……!
婚約破棄されてすぐにこれじゃあ、まるで尻軽みたいじゃない……)
それでも、心身共にボロボロだった自分には、家主の優しさがじんわりと染みたのだ。
(ああ、でも――)
美味しい食事に満たされ、家主の優しさに癒されて。
眠りに落ちることで、身体の調子が整えられていく。
(こんな穏やかな気分で、眠りに落ちるのは、いつ以来だったかな……)
こうして、彼女はゆっくりと瞼を落とす。
そこには抵抗もなく、不安もなく、疲れ切った彼女は、自身の意識が落ちるのを自覚できないまま、ストン……と、微睡みの中へと落ちていくのだった。
バッカスが部屋を出てすぐに、彼女が寝息を立て始める気配を感じ、彼は小さく息を吐く。
出来る限り物音を立てないように食器を洗い終えると、イスの背もたれへ乱暴に掛けてあった黒いジャケットを手に取った。
ジャケットを羽織って玄関に向かう。
領主の館までわざわざ行くのは手間なので、何でも屋ギルドで運び屋にでも手紙の運搬を依頼すればいいだろう。
多少の手間賃は掛かるが、その辺りは向こうで持ってもらえばいい。
そんなことを考えながら玄関を開けると――
「ん?」
「えっと、こんにちわ」
ノックをする直前だったのだろう。軽く握った拳を構えた少女がそこにいた。
赤い髪に柔らかな橙の瞳を持つ、見慣れない少女だ。
「はい。こんにちわ。ところで、おたくはどちらさん?」
「あの……その……わたしはミーティ・アーシジーオと言います。
今日はバッカスさんにお礼を言いに来ました」
「お礼?」
ミーティの言うお礼とやらに心当たりがあまりなく、バッカスは首を傾げる。
「あの――先日は……」
それでもミーティは必死だったのだろう。
馴れない年上の男性にお礼を言うべく、しっかりとこちらを見上げてくる。
そこに、大声を出す気配を感じたバッカスは、申し訳ないと思いつつも彼女の口を塞いだ。
「……!?」
目を見開くミーティ。
対してバッカスは、もう片方の手で人差し指を伸ばして、自分の口元に当てた。
「悪い。奥で病人が寝ててな」
それなりに頭がいいのか、状況把握能力が高いのか。
どちらであれ、彼女はジェスチャーとその一言だけで、バッカスが言いたいことを理解したらしい。
ミーティは、小動物のようにコクコクと何度かうなずいた。
その様子を見て、バッカスは彼女から手を離す。
「下へ行こう。話はそこで聞く」
「はい」
小声でミーティがうなずくのを確認してから、バッカスは静かに玄関のドアを締めてカギを掛ける。
「ついてきてくれ」
ドアのカギがちゃんと閉まったのを確認し、バッカスはそう告げると歩き出す。
狭い廊下を進み、階段を降りて、工房の入り口のカギを開ける。
「ほれ、入ってこい」
そうしてミーティを中へ手招きするのだった。
続きはまた明日更新予定です٩( 'ω' )و