空腹をスパイスに、したくはない 8
二度目の賊の襲撃を退けた一行は、サーイゼンの村には寄らず、やや強行軍気味にケミノーサへと進んでいった。
日が落ち、暗くなってきた頃。
ケミノーサの街の門の閉門時間ギリギリにたどり着いた。
バッカスとクリスはギルドへの報告を明日に回すことにして、マーナとシノンの二人を領主邸と連れていくことにした。
マーナはもとより領主邸で宿泊予定だったようなので問題ない。
シノンは恐縮していたが、今から宿を探すよりは確実だし、彼は本来の身分としても、芸人としても領主邸に泊まれるだけの箔はあるのだ。
何より――賊は領主に引き渡した方が良さそうなので、全部ひっくるめて解決する手段が、領主に投げる……なのである。
クリスも領主に説明するのを協力してくれた為、色々スムーズだ。
ただ、夕飯の時間は過ぎており、もはや就寝時間に近い。
とはいえ、バッカスもクリスもマーナもシノンも、そして護衛の騎士や何でも屋たちも、夕食をとってない為、何かを食べたいということになった。
そうなると、白羽の矢が立つのはバッカスだ。
クリスだけでなく、マーナと領主からも期待の眼差しを向けられたのならば仕方がない。
何でも屋たちは恐縮しきりだったが、酒場などもそろそろ閉まる時間だし、宿屋も取れるか怪しい以上は肖るべきだとバッカスが説得した。
納得はしてないようだったが、ほかに選択肢がないので泣き寝入りに近い形で受け入れてもらえたようである。
なお、説得に関しては善意半分とからかい半分だ。
からかっている理由としては、パーティメンバーの若いのをちゃんと教育していなかったから――である。
そんなワケで、バッカスは領主邸の厨房に立ち、腕を組んでいた。
(腹は減ってるが時間は時間だしな……。
軽めの夜食で、酒と合う感じがベストかな)
材料はあるものを使って良いと言っていたので遠慮はしない。
とはいえ、明日の朝食の仕込みなどもしてあるだろうから、それを確認する。
(許可があるとはいえ、詫びに仕込みの一つと、レシピの一つでも置いていってやるかね)
朝食用に準備されている仕込みや、食材などから朝食の予定を推察し、それを可能な限り邪魔しない方向でメニューを組み立てていく。
(エビがあるな……朝食用じゃなさそうだし、こいつを使わせてもらうか)
黒エビという、見た目は真っ黒というか漆黒の中型エビだ。
前世のウシエビに似た味で、煮てよし焼いてよしと使い勝手のよい食材である。
とはいえ、前世ほど気軽に手に入るものではないのだが。
(ダエルブもあるし、前菜としては悪くないはずだ)
貴族の厨房になら揚げ用の油もある。
必要なものを確認すると、バッカスは器をいくつか用意した。
「まずは……っと」
すでに背腸は抜いてある黒エビの殻を取る。
さらに頭と尻尾を取り、身と分ける。
用意した器の一つに身だけを入れる。
殻と尻尾は別の器だ。
頭の方は味噌だけ掻きだして身の方へと入れると、残った部位は殻と同じ器に入れる。
冷蔵庫に入っていた黒エビの半分くらいをそうしたあと――
「さて、あんま料理に魔術は使いたくねぇんだが」
――独りごちながら、バッカスは時間短縮の為に呪文を口にする。
瞬く間に、殻や尻尾が粉砕され、粉状になっていく。
「うし。あとは身か」
そちらは丁寧にすりつぶしていく。
原形がなくなり粘りが出てきたら、塩や香辛料、粉末にした殻を加えて丁寧に混ぜ合わせていく。
薄切りにして小さくカットしたダエルブに、カットしたニンニクの断面を擦り付けてから、バターを塗る。
バターを塗った面を内側にしてエビの擂り身を挟むと、バッカスはそれを高温の油の中へと放り込んだ。
カラッと上がったならバットにあげて、油を切る。
これで試作一号の完成だ。
ちょうどそのタイミングで、一人の女性が厨房へと入ってくる。
「バッカス、手伝いはいるかしら?」
「大丈夫だよ。気にしてくれるのはありがたいがな」
やってきたのはクリスだ。
「ところで、お嬢様が厨房に来るのは良くないんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど、なんかあなたを困らせちゃったんじゃないかなって」
「気にしすぎだな。こんなのいつものコトだろ?」
「これが日常なんて言えちゃうのもどうかと思うのだけれど」
「その筆頭が何を言ってるんだか」
「まぁそれを言われちゃうとね」
困ったように苦笑するクリスを手招きする。
「どうしたの?」
「ま、気にかけてくれた礼というか、様子を見に来た特権だよ」
油を切り終わったばかりの、エビの擂り身サンドを半分に切ると、バッカスは片方をクリスに手渡す。
「味見用だ」
「頂くわ」
二人でそれをかじる。
サクリとしたダエルブの触感。
内側のエビの擂り身はプリプリで、味噌や殻を混ぜ込んだことで強烈なうまみと香りを放つ。
「バッカス、すごいわこれ!」
「おう。俺も想定以上の味でビビってる」
おそらく使った黒エビの質が良かったのもあるのだろう。
脳髄に響くようなエビの旨味。それによって飛びそうになる意識を引き戻してくれるのは、仄かに香るニンニクの風味だ。
それが意識など飛ばしてないでもう一口食べろと主張してくる。
おかげで、元々空腹だった二人のお腹はより空腹を訴え出す。
「出来上がったそばから食べるようなコトすんなよ?」
「……しないわよ、そんなコト」
そんなやりとりをしながら、バッカスは準備した分をすべて揚げ終え、それを皿に盛りつける。
いちいちメイドを呼ぶのも面倒だとクリスが言い出し、クリスがそれを運んでいった。
「お嬢様手ずから料理を運ぶとか、何でも屋連中の恐縮度が上がりそうだな」
心底どうでも良さげに独りごちると、次の料理を作るべくイエラブ芋へと手を伸ばす。
「さっきダエルブに擦り付けたニンニク。捨てるのもったいねぇからこいつと合わせるか」
前世のジャガイモに似た芋であるイエラブ芋を一口大にカットし、荒く潰したニンニクと刻んだ竜の爪と、黒エビと一緒に油で煮込んでアヒージョだ。
ちなみに竜の爪とはこの世界に存在している唐辛子のような香辛料だ。
前世の唐辛子にそっくりだが、そのサイズは竜の爪を思わせるほど大きい。
出来上がったモノから、イエラブ芋をひとつ取って口に運ぶ。
「はちちちち……ほふほふ……我ながら旨い」
エビの旨味の溶けだした油を吸ったイエラブ芋は、しっとりホクホクで。かみしめるとじわっと広がる油がなんとも言えない風味がある。
強めに利かせたニンニクと、竜の爪のピリ辛が後を引く。
「エパルグの果実酒をちょいと貰うか。これは酒が欲しくてしかたない」
作りながら、食べながら飲むというのも悪くないものだ。
などとやっていると、戻ってきたクリスがアヒージョを示しつつ訊ねてくる。
「バッカス、味見していい?」
「食べきるなよ。あと熱いから気をつけろ」
「ありがと。それと私にも、果実酒」
「はいはい」
バッカスはグラスを持ってきてそこに酒を注いで、手渡す。
クリスがゆっくり味見をしている間に、バッカスはささっとダエルブをカットした。
「具を食べ終わったら、残った旨味たっぷりの油をダエルブに付けて食べてみるように言ってくれ」
「分かったわ」
味見を終えたクリスは、アヒージョとダエルブを持って食堂へ戻っていく。
バッカスは自分用に作っておいたアヒージョに、ダエルブをくぐらせ口に運びつつ、思案する。
「さて、次は何を作るかな」
エパルグの果実酒を飲んでニヤリと笑うと、使っても大丈夫そうな食材に手を付ける。
クリスはこのあとも、厨房にきて味見して、酒を飲み、食堂へと運んでみんなと食べて、そしてまた厨房に戻ってきて味見して……クリスはそんなサイクルを繰り返す。
一人だけつまみ食いと、食事を両立させているのは少々ズルくも感じるが……。
「まぁ、腹減ってるもんな」
そのことをどうこう言うつもりはない。
人一倍食べるクリスにとっては、少しでも多く食べたいことだろう。
「空腹もいきすぎると、シンドいもんな」
うむうむ、わかるぞ――と、一人でうなずきながら、バッカスは次の料理にとりかかるのだった。
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