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空腹はスパイスと言うけれど、限度がある 1

 新連載です٩( 'ω' )وよしなに!


 魔剣技師バッカスのスローライフ気味な日常の物語。

 読んで頂けた方々が少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


 連載初日なので、最初のエピソードのキリが良いところまで順次出して行きます!


 トントン……

  トントン……


 何かが断続的に叩かれる音が周囲に響く。

 少年にはそれが何かが分からず、戸惑うままに周囲を見渡す。


 日が落ち、暗い森の中。

 どうしてこんなところまで来てしまったのか。

 そのことに後悔しながらも、来てしまった事実は覆らない。


 トントン……

  トントン……


 その音は、次第に近づいてきているようだ。

 少年は緊張で早鐘をうつ心臓に急かされるように、忙しなく周囲を見渡し続ける。


 トントン……

  トントン……


 そして、その音の主が目の前に現れる。

 木叩きの鬼魔(ドゥーワ・クコンク)と呼ばれる魔獣だ。小型の亜人系魔獣で、森などの木の多い場所で、木を叩きながら歩く。

 その音の響き方で獲物の位置を探っていると言われていて、実際――こうして少年の前に姿を見せた。


 トントン……

  トントン……


 すぐそばの木をノック(クコンク)しながら、こちらへと向けた顔をニタリと歪ませる。


 人型ではあるが、明らかに人ではないシルエット。

 見た目は肌色だが、よく見ればそういう色の鱗で全身を覆われている。

 トカゲを思わせるが、彼らのように顔が長細いわけではなく、形だけなら人間のそれとよく似た頭部。

 自分と同じくらいの背丈。体躯に対して肥大な左腕を地面に引きずるようにしている。その左腕の先――指は四本。指先の爪はどれも草刈り鎌のように凶悪だ。


 トントン……

  トントン……


 木叩きの鬼魔(ドゥーワ・クコンク)は木を叩くのをやめることなく、近づいてくる。


 少年は逃げられないと腹を括ると、右手を掲げて、その掌を木叩きの鬼魔(ドゥーワ・クコンク)へと向けると、左手でそれを支えた。


 少年は魔術士と呼ばれる人間だ。まだ見習いではあるが。

 魔力(カラー)と呼ばれる力を用い、呪文と呼ばれる言葉を口で紡ぐことで、基本的な自然法則から逸脱した現象を引き起こす。


 だが、練習のように上手くいかなかった。

 魔力(カラー)を上手く操れない。望んだ呪文が言葉にならない。


 この瞬間に少年が感じている恐怖と緊張は、練習を重ね身につけたいつも通りの手順を放棄させるには十分だった。


 トントン……

  トントン……


 もうどうにもならない――少年がそう感じた瞬間、木叩きの鬼魔(ドゥーワ・クコンク)も笑みを深める。


 来る――ッ!


 九年という歳月の中で、味わったことのない恐怖と緊張が膨れ上がる。


 木叩きの鬼魔(ドゥーワ・クコンク)が地面を蹴った。

 大きな左腕を空中で振り上げる。


 自分は――あの腕に引き裂かれる。あるいは叩き潰される。

 そうなれば、あとはグチャグチャにされ、あいつの餌となる。


 そんな未来がありありと浮かぶ。

 避けようのない絶望。


 トントン……

  トントン……


 すでに木叩きの鬼魔(ドゥーワ・クコンク)は木を叩いていないというのに、耳の奥にノックの音が残っているようだ。


 最後に記憶に残ったものが、木叩きの鬼魔(ドゥーワ・クコンク)のノック音というのは、なんとつまらない終焉だ。


 少年は絶望の中で、そんなことを思う。


 そんな時だ――


 トントン……

  トントン……


 耳朶に残るノックの音を上回る轟音が響き、それがどこからともなく現れた。


「……剣?」


 装飾は少なくシンプルながら、洗練された意匠。仄かに赤い輝きを放っているのは、この剣の持ち主の魔力(カラー)が乗っているからだろう。


「無事か。人の子よ」


 続けて現れたのは、巨人――いや巨人だと思わず言ってしまいそうな長身の男だった。

 少年の感覚でいえば、二メートルよりも高いだろう。


 そして、彼は地面に刺さった剣を引き抜いた。

 その時に、少年はまた驚くべきことに気がついた。


 トントン……

  トントン……


 剣の刀身は、その持ち主よりも長いのだ。だとすれば、素材が何であれ重量は途方もないだろう。

 だというのに、彼は何事もなくその剣を引き抜いて、背中に背負う。


 見事な剣だと思った。

 直感的に、それが魔剣だと気づいた。

 見事な魔導具だと思った。

 自分もいつか、こんな魔剣を創りたいと思った。


「あの……その魔剣……」

「これか? 魔剣ではないぞ。これを人の言葉で言い表すのならば――」

「え?」

「これは――」


 トントン……

  トントン……


 ああ――もう。ずっと響き続けるノックの音が本当に耳障りだ……。


「それは……?」

「これは、お前たち人が、神剣と呼ぶもの。その銘は――」

「銘は……?」


 男の口が動く。

 銘を言っているのだろう。

 だが、なにを言っているのか分からない。聞き取れない。


 音が遠のく。

 世界が歪む。


 男も森も、自分も、そして周囲の風景までもが消えていき――


  …………………

  ……………

  ………

  …



 トントン――という玄関のドアをノックする音が、部屋の中に響く。

 執拗に何度も繰り返されるそのノックによって、部屋の中でそれが動きはじめた。


「う……ん……夢……?」


 もぞり……と、部屋の片隅にあるベッドの上で一人の男が目を覚ます。


 短く刈られているが手入れはあまりされてなさそうなボサっとした黒髪に、無精ヒゲのその男は、カーテンの隙間から差し込む明かりに目を細める。


 藪睨みに細まるその双眸は、どこか血を思わせる暗赤色だった。


「何時だ……今?」


 裸の上半身の上に巻き付けていた、薄っぺらい掛け布団を放り投げながら、周囲を見渡す。


「おーい、バッカスッ!? いないのかーッ!?」

「んー……この声、ライルか……?」


 はっきりしない意識を吹き飛ばすように、(かぶり)を振ってベッドから降りる。


 ドンドンと次第に激しくなっていくノックに、対してバッカスは、寝起き特有の枯れた喉から、無理矢理大声を吐き出す。


「ちょっと待ってろ、今起きたッ!」

「おうッ! 居たかッ! 急ぎで頼みたいコトがあるんだッ!」

「ああ、聞いてやる。聞いてやるから、ちょっと待っててくれ」


 すぐに諦めず、ずっと部屋をノックし続けているくらいだ。

 ライルにとっても、大事な案件なのかもしれない。 


「身支度ぐらいはさせてくれるだろ?」

「それは構わないが、メシは諦めてくれ」


 玄関の向こうから聞こえてくる知人の声に、バッカスは誰ともなく肩を竦めた。


 洗面台へと向かい、蛇口に付いている魔宝石に手をかざす。

 青の魔宝石はうっすらと輝くと、その蛇口から水が出始める。


 両手でその冷たい水を受け止め、顔を洗えばようやく頭の芯がすっきりしていくようだ。

 何度か顔に水を掛け、さらにうがいを終えたあと、再び蛇口の魔宝石に手をかざし、水を止める。


 洗面台に掛けてあったタオルを手にとって顔をふき、タオルを洗濯カゴの中へと放り投げた。


 身体を起こして洗面台の鏡を見れば、そこには細身ながら全身にかなりの筋肉がついた中肉中背の男の姿が映っている。


 ボサついた髪をどうしようかと前髪を摘むが、整えるのが面倒くさいと判断すると、そのままでいいやと(きびす)を返した。


 ベッドのある部屋まで戻り、寝間着がわりに履いていた砂色のズボンをベッドの上と投げ捨て、代わりに黒い革のズボンを手に取った。


 黒いシャツに袖を通し、黒地に赤いラインの入った上着を羽織る。

 スネとつま先に鉄板の仕込まれた編み上げブーツを履き、自らが信奉する神のシンボルを象った首飾りを身につけた。


「今日もまた、我が主神ド・ラズラードが持ちし剣に至る助言が、得られる日となりますように」


 首飾りを軽く撫でながら祈りの言葉を口にする。


「おいッ、まだかバッカスッ!」

「うるせぇッ! 今、ド・ラズラードに朝の祈祷をしてたところだッ!」

「今、主神に挨拶をするなら昼の祈祷だ。それだって遅いくらいだけどな」

「……まじかよ」


 てっきり遅く起きた朝だと思っていたのだが、どうやら昼を過ぎているらしい。


「メシ喰いたいんだけど」

「こっちの用が終わってから好きなだけ喰えばいいだろ」

「……まじかよ」


 ぐったりと呻きながらも、遅くまで寝ていた自分が悪いと言い聞かせ、バッカスはゆっくりと玄関を開けた。


「それで、ライル。何の用だ?」

「おう。実はちょっと面倒な魔獣の目撃情報が入ってな」


 厳つい顔に短い金髪が乗ったような友人ライル・スカイヤークの顔を見ながら、バッカスが訊ねると、彼は困ったように後ろ頭を掻いた。


「一応、俺は魔術士で、魔導工学者で、魔導具職人で、本職は魔剣技師なんだがね」


 玄関から外に出ながらそう告げる。


「分かってるよ」


 嘆息するようなライルの言葉を聞きながら、バッカスは玄関のドアを閉めて鍵を掛ける。


「お前ンとこの何でも屋(ショルディナー)たちに任せておけばいいだろ。魔獣退治なんて。なぁ? ギルドマスター」

「そうなんだが――ベテラン勢がたまたま少なくてな」

「将来有望なルーキーは?」

「居るには居るが、今回の件を任せるには不安だ」


 人とすれ違うのが難しい幅の狭い廊下を歩き、階段を降りながら、バッカスはうんざりとした気分を隠さず嘆息する。


「ガキが一人……すでに被害が出ている」


 だが、嘆息した直後にライルが発した言葉でバッカスの表情が引き締まった。


「被害者が出たから慌ててるわけか」

「そういうコトだ。気づいたのも、被害が出てからだ」

「もしかしなくても、本来この辺りにはあまりいない魔獣か?」

「ああ、そうだ」

「子供が被害に遭いやすいやつか」

「その通りだ」

「……嫌な偶然もあったもんだな」


 皮肉げに口の端を釣り上げ、バッカスがその赤い双眸をギラつかせる。


「偶然?」

「ああ。お前がドアを叩きまくるせいで、ガキの時の出来事を夢に見た。森の中で魔獣に襲われる奴だ」

「もしかして……」


 ライルはそれで気づいたらしい。

 バッカスが過去に襲われた魔獣の正体に。


「そういうコトだ。

 木叩きの鬼魔(ドゥーワ・クコンク)だろ? 今回の騒動の犯人は」


 確信をもってそう告げ、バッカスは振り返る。


 ライルは階段の残り二段といったところで足を止めてこちらを見下ろしながら、その翡翠色の目を瞬いた。


「違うけど?」

「えー……」


 何はともあれ、魔剣技師バッカス・ノーンベイズの今日という一日が、何とも締まらない調子で始まりを告げたのは間違いなかった。


準備が出来次第、次話投稿します!

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