人の温もり
陽の光を感じ、ゆっくりと瞼を持ち上げると、ベッドで横になっていいた。
ベッドと呼ぶにはあまりにお粗末で、綿は飛び出し汚れはひどく、床で眠るよりは幾分マシな程度だった。
気だるげに上体を起こし、周囲を見回す。
かつて校舎として成り立っていた時は、保健室と呼ばれていた一室だ。
「オレ、何でここにいるんだ・・・・・」
数日前から頭がボーッとし始めた少年は、とりあえず目についた校舎に入り休憩しようと、教室のドアを開けたところで力尽き、倒れてしまった。
そのまま死んでもおかしくないのに、生きているうえに移動しているのは何でだと考えていると、一人の少女が両手に鍋を持って現れた。
少年が起きているのを見ると、安堵の表情を見せる。
「持ってきた薬が効いたみたいで良かった~」
(・・・こいつ・・・おかしの・・・・)
少女瑠璃は少年に近づくとベッドの端に腰掛ける。手にしていた鍋は近くの棚に置き、少年の額に手を伸ばす。
一瞬、少年の肩が震えたが、瑠璃は気にせず額に手を当てた。
「熱もだいぶ下がったね。おかゆ作ったけど・・・食べれる?」
「・・・・・・」
「大丈夫!レトルトだから味は保証する!」
「・・・・・・」
ジッと見つめてくる少年に瑠璃は首を傾げ、心配になる。
(おかゆキライだった?それとも私がウザかった?)
「・・・・・・何で?」
「?」
「なんでオレをたすけた?」
「え?助けた理由がいるの?」
間髪入れない瑠璃の返事に、少年の両目が軽く見開かれる。
そんな少年を、今度は瑠璃がジッと見つめ返す。瑠璃にとってその疑問が心底不思議だったのだ。
「ん~・・・だったら、そう。私が助けたかったの!これでどう?」
屈託なく無邪気に笑う瑠璃。
ここに来てから、少年が意図して自分を助けてくれたわけではない。
すべて偶然だと分かっている。
でも助けられたのは事実だ。
そのことが単純に嬉しかったし、目の前に死にそうな人間がいるのに、罪を犯した受刑者だからと見捨てるほど、瑠璃は割り切れる人間ではなかった。
瑠璃の言葉が偽りなく本心だと感じると、少年の心が落ち着かなくなり、思い切り俯くと、身体に掛けられていたシーツを握り締める。
(・・・・・なんで・・・だれも、だれも、だれも、だれも、だれも・・・・・オレをたすけてくれなかった・・・・・それなのにいまさら・・・・・!)
「・・・オレは・・・そんなこと・・・たのんでない・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・あんたがかってに・・・やっただけだ・・・」
瑠璃は少年の身体が震えているのに気づく。
抱き締めようかと手を伸ばし逡巡したあと、矛先を少年の手へと変え、両手で包むように優しく握った。
「うん、私が勝手にしたの。だからキミはなーんにも気にする必要はないの」
少年は自分の手に重なる瑠璃の手を見つめる。
肉付きのある指先と、きめ細やかな美しさのある白い瑠璃の手に対し、皮と骨の指先に、爪の中まで黒く汚れた自分の手に、躊躇いもなく触れる瑠璃の体温があまりにも心地良く、身体全体に浸透していく。
少年はその手を、決して振り払うことができなかった。
唯、子どもらしく無邪気に大声で泣くことを躊躇い、声を殺して泣いた。
(・・・・・・オレ・・・・かっこわる・・・・・)