邪魔な女
外灯のない【罪人島】では、空に目を向けると眩いばかりの星を目にすることができるが、受刑者達に星など見る余裕はなく、日々生き抜くだけで精一杯だ。
しかし、少年は夜空を眺めるのが好きで、日課となっていた。
暗闇に呑み込まれることなく輝く星々は、一時の安らぎを少年に与えてくれ、今日も廃墟と化した建物の屋上で、仰向けになって夜空を見上げている。
普段なら無心で星に魅入っているのだが、今日は何故か二度会った少女の顔がチラつく。
あの時、突然意識を失った少女は、頬っぺたを突くと意識を取り戻し、狼狽しながらもお礼を言うと、今度はチップ〇ターを渡して走り去って行った。
その姿があまりに面白くて、思わず口元が緩んでしまう。
(おかしなやつ・・・)
そう思いながら、瑠璃が自分に向けた震える手や涙目に、嫌悪感を抱いていない自分に少しだけ驚く。
自分を畏怖するやつは腐るほどいて、その度にイラつくほどの不快感と吐き気がしたが、彼女にはそれがなかった。
それは、彼女が脅えながらも真摯に少年と向き合っていたからなのだが、少年が理解するには、まだ幼く、人との関わりが極端に少なすぎた。
渡された菓子の空箱を手に取る。
(ひさしぶり・・・・・うまかった)
結果として瑠璃を助けたが、少年にとっては気まぐれで、助けたいと望んで助けたわけではない。
それなのに瑠璃は受刑者である自分に礼を言い、菓子までくれた。
ここでは礼を言う人間はいないし、菓子を入手できるのは【罪人の王】ぐらいだ。それを気軽に渡すなんて・・・
(あいつ・・・ほんどのにんげんだ)
【罪人島】に収監される人間には、言葉では言い表せない感覚的な共通点があるが、瑠璃にはそれがなかった。
(ほんど、か)
少年は両目を閉じる。
二度と戻れない場所・・・・・いや、もう戻りたくない場所。
本土での記憶は、物心ついた時から果てのない絶望しかなかった。
喜びや楽しさなど微塵もなかった。
裏切られ、否定される日々が繰り返し続くだけだった。
再び目を開けると、手に持っていた空箱を握り潰していた。
(・・・・・あのおとは)
気づけば、段々と屋上に向かって来るヒールの音が聞こえてくる。
不機嫌な表情で、聞き慣れた音の方へと上体を起こすと、ヒールの主が屋上に姿を現す。
「今日はここにいたの?すっごく探したじゃない」
甘えた口調で、いつもと変わらない”女”丸出しの菜々姫の出現に、少年は舌打ちする。
(きもちわるい)
一ヶ月前、菜々姫を偶然助けてしまったことが原因で、それ以来、少年の元に頻繁に現れるようになった。
ずっと無視し続けているのだが、会う度に自分のことを ”好きだ” ”カッコイイ” ”すてき” などと嘘を吐き続ける菜々姫に、少年は心底嫌気がさしていた。
菜々姫が自分に近づく目的は、自分を守ってくれる者を一人でも多く増やすためだと知っている。彼女が【罪人島】に収監されたのも、”女”としての武器を余すことなく使った結果だ。
そしてここでも、武器を惜しみなく使い、老若男女を手玉に取り、彼女は生き残っている。
(オレがここいるのもだれかからきいたな・・・・・ホント、ウザイやつ)
警戒心剥き出しの少年に対し、菜々姫はそんな少年の態度など臆せず、彼のすぐ側まで近寄る。
取り巻きの男達は不満そうに屋上の入口で待機している。
(バカなやつら)
「毎日毎日あなたを探すの大変なんだよ~」
(オレはたのんでない)
「もう足がパンパンで、責任とってよね」
(やつらにさがさせてるくせに)
「でも、会えたから許しちゃう」
(マジ死ね)
全身に鳥肌が立った少年は、瞬時にその場から立ち去ろうとするが、左腕を掴まれた。
「!」
「どこに行くの?今日こそは菜々姫の相手をしてくれないとだめだよ」
男達を虜にする計算され尽くした表情と仕草だが、少年にはこれっぽっちも響かず、より一増の不快感を高めるモノでしかなかった。
(切るか)
刀の柄に手を掛け、菜々姫を排除しようとしたが、刀に彼女の血がつくのが嫌だと思うと、彼女の手を振り解いた。
鋭い眼差しを彼女に注ぐと、その場から去って行く。
途中男達から冷たい視線を注がれたが、気にすることなく、屋上を後にした。
残された菜々姫は悔しがる素振りもなく、余裕の笑みを浮かべていた。
「絶対に菜々姫の物にしてあげる」
手に入らない物ほど、身体が疼き興奮する女、それが菜々姫だ。