危ない少年
陽が沈み始めた頃、侵入者兼標的者の栗栖瑠璃はまた走っていた。
今度はリュックの中身を寄こせと、受刑者の男達に追われる側となっていた。
(もう!ここに着いてから走ってばっかり!!みんなどれだけリュックが好きなの!)
本土の人間である瑠璃は知らないが、受刑者達は荷物を持たない。
いつ襲われても問題ないように必要最低限の物しか持たず、大事な物は隠したり埋めたりしている。
わざわざリュックを背負って行動しているということは【罪人島】の新入りで、最低限の食料と物資が中に詰め込まれているということだ。
いつもお腹を空かせている彼らにとっては格好の餌食だ。
「待てよお嬢ちゃん!」
「俺達に寄こせよ!」
走り続けながら、後ろを振り向く瑠璃。
「待つわけないでしょ!」
しかし、その行動が良くなかった。
地面から出っ張った石に思いきり引っ掛かり、見事なスライディングを披露した。
(・・・・・ホント、最悪)
派手に転んだ瑠璃の姿を目撃すると男達は走るのを止め、笑いながら彼女に近づく。
「残念だったなお嬢ちゃん」
「ここがゴールだな」
「ついでにお嬢ちゃんを・・・・・?」
へこむ気持ちを奮い立たせ、痛む身体に唇を噛み締めながら上体を起こすと、自分に影ができているのが分かった。
見上げると小さな身体が目の前に立っていた。
すると小さな身体が瑠璃の顔を覗き込む。
「やっぱりきのうのやつだ。なにしてんだ?って見ればわかるか」
「?」
瑠璃を見たあと後ろの男達に視線を移すと、鼻で笑う昨日の少年がいた。
大の男達を前に、震えあがる素振りもなく威風堂々と立つ少年を、瑠璃は目を見開きジッと見つめる。
「キミ、昨日の男の子・・・?」
少年は正解だというように、瑠璃に小さな笑みを向ける。
「ガキはママの所へ帰りな」
「もしかしてママは外ってか?そりゃあ悪かったでちゅね~」
男達の下品な笑いが周囲に響き渡る。
彼らの言葉に不快感を露わにした瑠璃は、男達を力の限り睨みつけ、反論しようと口を開きかけたが、少年がゆっくりと歩き始めた。
すると、腰に下げていた刀を鞘から抜くと、一瞬にして一人の男の間合いに詰め、肩から腹を切りつける。
男の鮮血が少年の顔に飛び散る。
「うああああああああ!!!!!」
切られた男は自分の傷口に悲鳴を上げる。
「な!何でこのガキ・・・か、刀なんか持ってるんだ!?」
男達は少年と目が合うと、その瞳の奥にある狂気に恐怖を感じ、自分の身の安全が第一と考え、すぐにその場から逃げ去って行く。
「お、おい!待てよ!」
残された男もおぼつかない足取りで、先に逃げた男達を追いかける。
「ダセーやつら」
情けない男達の姿に鼻で笑いながら、刀の血ぶりをすると鞘に納める。
突然、瑠璃が手を握ってきた。
「・・・あんた、ふるえて」
「キミ!あの人を殺したら・・・キミが・・・!」
受刑者が殺人を犯せば、胸に埋め込まれた小型爆弾が起爆する。
それはマスメディアを通じて、本土の人間なら誰もが知っている事実だ。
目の前にいる小さな少年も、法を犯した受刑者であるのは知っている。
でも、誰であろうと、人が死ぬのは見たくない。
一方の少年は、とても間の抜けた顔をしていた。
死ぬのを怖いと思ったことはない。
恐怖や畏怖、そんな感情は、あの日に全部無くした。
だから、心の底から自分を心配する表情と行動を見せる瑠璃に、ほんの少しだけ、何とも言えない感情が芽を出しそうになったが、それはすぐに消えた。
「死なねーよ。血はたくさん出たけど、あれぐらいじゃ死なねー」
瑠璃は潤んだ瞳で少年の目を凝視すると、ゆっくりと、ゆっくりと手を放す。
「・・・そ、そっか・・・・・・・・」
バタンッ!
「!?」
一連の出来事に脳内処理が追いつかず、瑠璃はその場で倒れた。
「・・・・・・なんでたおれるんだ?」
一般人なら当たり前の行動に首を傾げる少年は、とりあえず瑠璃の頬を突いてみた。