八カ国緊急召集会議
「まず初めに、今回の緊急招集を掛けたのはアトラスだ。直接説明しなければ伝わらないと思い、内容を伏せたまま貴殿らを招集した。アトラス、説明しろ」
「分かりました」
俺はダーティスト卿の紹介を受けて立ち上がった。
皆んなの目が俺に注目する。
俺は頭の中で整理してきた初めの言葉をゆっくりと口にした。
「単刀直入に言います。俺は、自我のある魔人と交戦をしました」
「何を言い出すかと思えば」
アデルタの魔獣掃除人、ジャスパー=ジンクスがいち早く反応した。
「そんなのは魔人とは呼ばねぇだろ!」
「そうね。それが真実だとして普通に考えれば魔人の定義としては外れている。アレは心を失った人間の成れの果て。正気を保っているのならそれは魔人ではないはず」
ノア=ガジェットも続いて賛同する。
他の魔獣掃除人も怪訝な表情をしていた。
やはり結果から伝えただけで信じるものは少ない。
あの蛇使いの男を捕えることができていれば、証人としてこれ以上ない証拠となっていたけど。
唯一、アレクシア=ルーリアだけは落ち着いていた。
「静まりたまえ。何も虚言を申すためだけにこの会議を開催したわけではあるまい。アトラスよ、証言を」
ダーティスト卿が場を取りなし、落ち着いたところで俺は話し始めた。
「簡単に状況から説明します。まず、俺と帯同者の一名は、アレクシアの予言によってアトラス王国管轄のアイトヴェン町付近の森林に【災厄】が発生すると予言を承りました」
「アレクシア殿の予言が元ですか…………。それだけでも魔人の発生は間違いなさそうですね」
スプライトが頷くように言った。
「到着後、アトラス王国の騎士団と交戦中であったフード姿の男を発見。その男は星5相当の神獣を魔獣の召喚もなく単体で叩き伏せていました。」
「ほぉ、星5の神獣を人間が生身でぶちのめしたってか?そいつぁ随分とぶっ飛んだ内容だな」
フレニアルが言った。
続いてダーティスト卿が質問した。
「アトラス王国の騎士団は優秀だと聞くが、魔人一人にのされたのか?それとも既にある程度の成長を?」
「その場には魔人が操っていた魔物が数多くいました。騎士団はその対応に追われていたようです」
「操っていた?それが自我のある魔人だという証拠かね」
「証拠の一つです。そもそも生身で神獣と戦えるのは魔人ぐらいのものでしょう。その男には魔人特有の黒いオーラがあり、魔人であることを証明しています」
「魔人か否か、一番見分けがつくのはそれだろうな」
「しかしその魔人は普通の人間と同じように会話をすることができ、我々魔獣掃除人のことも知っていました。これは明らかに異質。普通の魔人ではありません」
「中には我々のことをなんらかの手段で知ることのできるものもいます。その類いである可能性も考えましたが…………元々は我々の関係者なのでは?」
スプライトの言葉に誰も反応を示さなかった。
それはつまり意図的に魔人を生み出した、はたまた魔人になったものがいることを示唆するものだ。
迂闊に賛同はできない。
「して、アトラスはそいつを逃したと?」
「魔人が使役する魔獣は別次元へと移動することができるスキルを持っているようでした。取り逃してしまい面目ない」
「まぁ仕方あるまい」
意外にも、特に責め立てることなくダーティスト卿が言い放った。
もっと追求されるものだと思ったけど。
ふと、魔人特有のオーラを隠していたフードのことが気になった。
「そういえば、魔人が着ていたフード付きのコートにはオーラを外に漏らさない効果がありました。何かご存知のことはありますか?」
「そんなもんあるのか? 聞いたことねーよ俺」
「そもそも魔人が新しく服を着ることもないだろうからな。なくて当然だ」
ナイルゼンとジャスパーが言った。
そこに割り込むようにフレニアルが呟く。
「そういうのはガイエンスの専売だろ」
その言葉にみんなの視線がガイエンスの魔獣掃除人であるノアへと移った。
魔法のような製品の多くはガイエンスで作られる。
故に今回のフード付きコートも作成されたのはガイエンスが発祥なのではないかということだ。
ノアの表情は相変わらず冷静なままだった。
「そうね。もしかしたらウチの国の科学者で専門としている人がいる可能性も否定しきれないわ」
「ノア殿はご存知ないので?」
「ええ。あいにく、私の周りでそのような製品を作っている人は聞いたことがない。そもそもそんなもの、なんの利益にもなりはしないから」
ノアはキッパリと否定した。
そもそも魔人について知っている人自体、ガイエンスでも少ないはずだ。
コートを作ったのは奴ら自身か、それとも魔人について知っている関係者か。
もちろんガイエンス以外の可能性もある。
「そこについても調査が必要ということか…………。その自我のある魔人の目的がなんなのか、そしてその魔人が一人だけなのかということが問題だ」
「一人じゃない可能性があると?」
「あくまで可能性だ。イレギュラーが一人出たならば、他にもいる可能性を考えておいて損はないだろう。どうやら向こうはこちらの情報に詳しいみたいだしな」
そう。
既に向こうは俺達のことを知っているような物言いだった。
向こうは知っているのにこちらは向こうの素性を何も把握していない。
情報戦において既に後手に回っている状況だ。
大袈裟に構えて置く必要があるだろう。
しばらく沈黙が続く中、アレクシアが静かに手をあげた。
「一つ…………よろしいでしょうか」
「フェイス皇国か」
視界を布で覆っている彼女の声は、変わらず柔らかく聞き心地の良い声をしていた。
「私が今回予知した【災厄】は、普段予知していたものとは少々異なった感覚があったのです」
「…………と言うと?」
「脅威度…………とでもいうのでしょうか。今まで感じてきた【災厄】よりも不快な…………より淀んだものを感じたのです。もしも今回向かったのがアルバス様でなかったとしたら…………」
「死んでいたと?」
ダーティスト卿のその一言で空気が一瞬にしてピリついた。
少なからずここにいるメンツは世界的に見ても10本の指に入る実力者達だ。
それだけに持ち合わせているプライドももちろん高く、自分が他人より劣っているとも思っていない。
特にダーティスト卿、ナイルゼン、フレニアル、ジャスパーはその辺りがとても顕著だ。
「おいおい、まるでアルバス=トリガーが一番実力があるみたいな言い方だな。確かにこいつの神獣は異質だと噂されているが、実際に私は見た事がない。私がこいつに劣っているなどと思ったことはないぞ」
案の定フレニアルが噛み付いた。
俺は一言もそんなことは言ってないんだけど。
「……失礼しました。失言でしたね」
「わはははは! それならば自我のある魔人を倒せば魔獣掃除人の中でも最も実力があると証明されるというわけだな!」
「つまりは早い者勝ちってわけか。いいね、俺はそういう格付け大好きよ」
ジャスパーの言葉にナイルゼンも乗っかった。
ナイルゼンも成り上がりの国、フォースの出身とだけあって血の気が多い。
「おいアルバス=トリガー、自分が一番強いだなんて勘違いするんじゃないぞ」
「あはは……」
フレニアルのキツい物言いに、俺はとりあえず愛想笑いをしておいた。
「収拾がつかなくなってきたな。では情報共有はこの辺りで終いとしよう。何か新情報が掴め次第、情報の共有を行え。次回もメンバーが変わらないことを祈る」
ダーティスト卿の一言で会議はお開きとなった。
なんだか俺が敵対視されるような終わり方だったんだけど。




