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変化とは別の変化を準備する


「やめるのじゃ〜嫌なのじゃ〜弟の記憶は我が責任を持って墓場まで持って行くと決めているのじゃ!絶対に吐き出さないのじゃ!」

大きく広がったボサボサの金髪に頬を二三度叩かれながら、格闘を繰り返していると部室の扉が開かれる。

「……アンタ辻先輩を押さえ付けてなにやってんのよ?」

雛は部室に入って来て早々にこれまた柊にも勝るとも劣らない冷たい視線を俺に投げて寄越して来た。

転校生である柊は面倒というか、敵意ではない無関心を向けていたが雛が寄越すのは完全な侮蔑のそれだ。

正直俺はこっちの方が好きだが、今は好みを享受している場合じゃない。

「聞いてくれよ!辻先輩がまた自分の弟の記憶を喰いやがったんだよ!あれだけ自分の両親からも家族に関する記憶は喰うなって言われてんのに!」

俺は暴れ回る辻先輩をこれでもかと両腕で高く持ち上げる。

なんだこいつ、本当に軽いな。

「おお!良いのじゃ一樹!高いのじゃ!楽しいのじゃ!もっと高くあげてもいいのじゃ!」

キャッキャと嬉しがる、辻先輩は誰がどう見てもただの幼女でしかない。

「しかもだぞ!BNK48のなんとかっていうアイドルのお泊り疑惑の写真で失恋とか抜かす弟の記憶をそのまま喰ったんだぞ!信じられるか?」

これ以上ないユーフォリアの無駄遣いを俺は知らない。

そもそも今以上に辻先輩がユーフォリアを使って小さくなったら本当に自販機でジュースも買えなってしまうだろう。

だが雛は俺の心配を他所に、前の座席に着席し心底つまらなそうに頬杖を着いた。

「ふ〜ん、まぁ、いいんじゃない?家庭の事情ってやつでしょ?それより辻先輩、その弟くんの記憶は何処まで食べたんですか?」

「ん?それは、我の弟が朝のニュースで記事を見つけて落ち込んだ所だけじゃ!我のファインプレーで弟は今日も元気に学校に登校して行ったわ!」

自信満々に絶壁の胸を張る辻先輩だが、雛は目の前で胸を張る頭痛の種を誤魔化す様にこめかみを押さえた。

「……先輩、馬鹿なんですか?というか聞くまでもなく馬鹿ですね」

「なっ!なんじゃと!どういう意味じゃ!ハッ!まさか雛!お前も一樹と一緒で我の弟が抱く可憐ちゃんへの愛が偽物だとでもいうつもりじゃな!」

雛は心底どうでも良いと言いたげに座っていた足を組み替える。

「いや、正直先輩の弟の愛が真実とかは本気でどうでもいいです、ただ弟さんはBNK48の可憐ちゃんの『お泊まり疑惑』を忘れただけで、可憐ちゃんのことはまだ好きなんですよね?そしたら、もう一回そのニュースを見たらそもそも辻先輩が記憶を食べた意味が無いんじゃないですか?というかむしろ、二回も傷つくならもっとたちが悪いと思いますけど。それから……」

雛は携帯電話を取り出し、ロック画面を解いたトップ画面を此方に見せて来た。

羅列されたトピックの中には株価の上昇と共にNo.アクセスを稼いでいるニュースの一覧には『BNK48可憐!まさかのお泊まり疑惑!』と言う文字が踊っていた。

トップニュースに載っている。

それはつまり絶対に携帯を持たないという熱い志の者でもなければ、このニュースを知らないという方が不自然ということだ。

「先輩……一応聞きますけど、弟さんは携帯を持ってるんですよね?」

俺は一応確かめる様に手のひらで力無く項垂れる辻先輩へ尋ねると真っ青な顔が振り向いた。

「今時の中学生じゃぞ!持っとるに決まっとる!あぁ……ああぁぁ!!不味いのじゃ!完全にやらかしなのじゃ!どうするのじゃ!嫌じゃ!また弟に怒られるのじゃ!一樹、頼む一緒に家まで着いて説明してくれんかのう!」

押さえ付けて居た腕の中から抜け出した辻先輩は、駄々を捏ねる子供の様に俺の太腿へと抱きついていた。

「お願いじゃ!一樹が来れば、どうにかなるのじゃ!我の家に一緒に来て欲しいのじゃ!」

倒産寸前の社長が借金取りに泣き付く様な、尋常ではない辻先輩の懇願に端から見ていた雛はまさかと、眉根を寄せた。

「ちょっと、まさか先輩……弟くんに許可なく記憶を食べたんですか?」

頬杖から顔を上げた雛は信じられないと言った表情で辻先輩を見る。

辻先輩も雛の様子からようやく自分がしでかした事の重大さを理解し始めたらしい。

「じゃ……じゃから、仕方なかったと言っておろうに!お前達は弟の落ち込んだ顔を我にあれ以上黙って見ていろと言うのかのう!」

『我は間違うた事はしとらん!』とでも言いたげに、辻先輩は涙目で首を横に振っているが、雛は心底冷めた瞳で金髪の頭を撫でた。

「大抵の失恋は黙って見る事以上の行動をされても、本人からしたら迷惑でしかないと思うんですけど〜」

最速の答えを提示した雛に、死ぬ直前の魚よろしく辻先輩はパクパクと口を動かしている。

時に正論は邪論よりも恐ろしい。

だが答えが出たとしても、諦めないのが辻先輩という金髪幼女の凄い所だ。

「じゃっ……じゃが!失恋なぞという辛い記憶は無い方がよいのじゃ!我は良い事をした筈じゃ!」

『どうじゃ!何も言い返せまい!』とでも言うように、頭を撫でていた雛の手を払いのけた辻先輩だったが、雛はニッコリと怖いぐらいの笑顔で切り返す。

「そうですね、辻先輩のそのいい訳が弟さんに通じるといいですね」

今度こそ辻先輩は力無く床に倒れ込んだ。



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