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変化とは別の変化を準備する


「初めまして、俺沢城優って言うんだけど……」

春の陽光が優しく照りつける校舎内は空調の要らない程には暖かい筈にも関わらず、本を片手にお一人様をキメ込んでいる彼女の回りだけは、未だに寒気団が蟠っている様に寒々しい。

名前よろしく『優』男然とした態度で近寄ったものの、柊を取り囲む寒暖差から流石の優男も顔が引き攣っている。

だがそれで止まる沢城ではない。

万年女子に振られ続けた経歴を持つ歴戦の勇者らしく、沢城は果敢に一歩前に出た。

「柊さんだよね?実は俺このクラスの……」

柊は一つ分かり易くため息をついて、手にしていた文庫本をパタリと音を立てて机に置く。

瞬間、クラス中の音が消えた。

加えて言っておきたいが、これは能力でもなんでもない。

ただ単に、クラス全体の談笑が偶然にもピタリと止んだからこそ、柊が文庫本を置いた音が一際大きくクラスに響いただけの事だ。

読み込んでいた本が凍り付いていないだろうかと心配になる程の柊真琴の冷ややかな視線が、今度は馴れ馴れしくも喋りかけた沢城一人に注がれる。

「ねえ、私言ったわよね?必要以上に関わらないでって?もしかして聞こえなかったかしら?」

万物を凍らせる現代の氷の女王と言っても、柊を言い表すには言い過ぎではない。そして、目にした者をすべからく凍り付かせる彼女の視線を前に、どうにか動かしていた沢城の表情筋は残念ながら凍り付き、そして多分思考も凍り付いて、何も言えずに固まっている辺り、あの氷の国から沢城を助ける方法は残念ながらないのだろう。

「ねえ、聞いているのかしら?」

読んでいた本を中断された事が気に障ったのか不機嫌全開に問いつめる柊に沢城は震えて言葉が出ていない。

俺ですらあんな状況は怖い、ならきっと誰だって怖い。

彼女は未知数の転校生、それもただの転校生ではない。

彼女は有象無象が霞むほどの美人である未知の転校生だ。

そして対するは学年屈指の軟派男。

彼女を攻略しようなど、チュートリアルで絶対に勝てない相手に、数かなレベル上げで勝とうとする様な暴挙に等しいだろう。

というか、やり込みを要求される裏ボスとか、柊真琴はそっちの類いなのかもしれない。

だが凍てついた空気の中で、クラスの男子全員は沢城の言葉を、息をのんで見守っていた。

ある意味絶対に沢城には手に入らないであろう事が分かっているからこそクラスの男子全員は和やかに談笑しながらも、沢城と柊の会話に全力で聞き耳を立てている。

沢城が放ったのはいわば第一矢

沢城が男気に賭けて放ったヨレヨレの矢でも、一本目さえ通ってしまえば後に続きたい男子のハードルは大きく下がる。

喋り掛ける事も、何かに誘う事も、沢城のここからの巻き返しに全てが掛っているのだ。

絶世の美女、男子なら誰もが一度は夢を見る一世一代の夢物語。

大丈夫だ、クラス男子全員が、今だけはお前の味方だ。

「あっ……えっと、俺と仲良く……」

だが沢城へクラス男子の期待も虚しく、喉奥から絞り出したのはそんな消え入るような言葉だった。

そして、柊は酷く面倒そうに眉根を寄せ、興味がないと言いたげに置いていた本を再度手に取り開く。

「はぁ……そういうのは必要ないわ。悪いのだけど必要な事以外で私に喋りかけないでくれないかしら?」

まさに鉄壁と呼ぶに相応しい。

『奇跡』などというユーフォリアが霞む程に、あの態度自体が能力ではないというのが恐ろしい程だ。

「あっ……そうだよね、最初に言ってたもんね……なんかごめん……」

沢城はゆっくりっと此方へ振り返り、俺の座席に向けて歩き始める。

沢城が歩みを進める中で、横を通り過ぎるクラス男子は『無茶しやがって』とか『よくやった』とか『早過ぎたんだ』など、かける言葉は様々だが、沢城へ向けて労いの言葉を掛ける辺り、このクラスの男子は良い奴が多そうだ。

そしてどうにか、俺の席の前まで辿り着いた沢城の目には、深い情念……

つまり涙が溜められていた。

なんて純粋で、綺麗な目をしてやがる……

「かずきぃ……俺ちょっと、顔洗ってくる……」

「……おう、綺麗になるまで洗って来い」

気の利いた励ましの言葉の一つでも思い付けば良かったのだが、俺の頭には全く別の事が思い浮かんで来た。

「そういえば、沢城ってなに座だ?」

何故今?と、言いたげな視線を寄越した沢城だったが、聞き返す余裕もないのかポツリと呟いた。

「水瓶……」

一言だけ、そういい残しトボトボと歩いて行く沢城の背中を見つめながら俺は朝の占いを思いだす。

今週のラッキーアイテムは睡眠薬……確かに眠る事ぐらいでしか忘れられそうにないだろう。あながちお天気お姉さんの言う事も理にかなっている。

だからだろうか?

俺はこの時、少しはあの占いを信じてみてもいいきがしていたのだ。

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