変化とは別の変化を準備する
一学年時同じクラスだった雛だったが、二学年では別々のクラスとなり、とりあえず俺も携帯のネット経由で調べておいた新たなクラスに入る。
同じ学校で、胸弾ませる事もない。新たなクラスと言えども見知った顔が半数近くを占めているのだから何も弾まないのは仕方がない。
校門を掛け抜けた直後生活指導の竹中に捕まり、タッチの差で遅刻判定を受けた手前、教壇に立つ先生に申し訳ないと装う平謝りをしながら席に着く。
とは言え、新担任は手元の資料を読み、クラス中は新たなクラスメイトとの交流で賑わっている。
きっとここまでが平穏だった。
あぁ、今にして思えばきっとあの星座占いのお天気お姉さんの言う事は間違っていなかった。
平穏とは名ばかりの『三年間の子供達』と呼ばれる世代が揃った高校二年の春。
優美な桜とは似ても似つかない、夜を纏った月の様に静謐な瞳を宿した波乱が直ぐそこまで迫っていた。
その波乱は、新担任の『入って下さい』の言葉の後に、なんと教室の扉を丁寧にノックして普通に扉を開けて入って来た。
済ました横顔に、夜空を散らばした濃紺の長髪を靡かせて担任の真横でチョークを黒板に走らせる。
「皆さん初めまして、波留儀高校から転入してきました柊真琴と言います」
凛とした意志の強そうな声と毅然とした立ち振る舞いにクラス全員が彼女へ注目した。
美人というだけで、人目を引きそうな彼女だが近寄って来る者を弾き殺さんばかりの威圧感を放っている。
今までの経験から余計な目に遭わぬよう目を合わさないでおこうと一段視線を下げる。
「これから一緒に学校生活を送って行く皆さんに一つだけ言っておきたいことがあります」
美人の転校生からの第一声を気にしてか、クラス……特に男子生徒のざわめきが起こる中、彼女は意を決した様に口を開いた。
「私のユーフォリアは奇跡です。そして私の奇跡は人の奇跡を吸って自分の奇跡に変えてしまうのが私のユーフォリア……奇跡の正体です。なので皆さん、学校で私に必要以上に関わらないで下さい」
彼女の声を聞き終えた教室内は、外を通る車のエンジン音が聞こえて来る程静寂に満ちていた。
気まずさを感じたのか担任教諭が空席の座席に柊真琴を促し、短いホームルームを終えると、時間と同時に逃げる様にクラスから出て行った。
そう不穏な一言などではない。
柊真琴が放った言葉は、クラスへ馴染むなどという初めましての暗黙の了解を宇宙の彼方まで度外視した言葉だった事は説明するまでもない。
開幕一番に「関わらないで下さい!」などというお願いは、ある意味拒絶に等しい響きが伴ってクラス中に伝播した。
多分彼女自身それを理解して上であの言葉を発した事は明らかだろう。
なにせ、彼女は転校着席からずっと一人だし、一人でも苦にもならず背筋を伸ばして本を読み耽っている辺り、一人という現状に慣れているのだろう。
「おう一樹!どうしたんだ〜転校生の方ジッと見つめて〜」
「重いから肩に乗っかるなよ沢城。それにお前だって最初の挨拶は聞いただろ?アレで気にするなって方が難しいだろ」
馴れ馴れしくも馬鹿で憎めない友人の一人『沢城優』は肩から腕を離し正面の席にドッカリと腰を据えた。
「確かに俺も聞いた時はビックリしたぜ、まさか『奇跡』なんてユーフォリアが実在するなんてな」
そう、俺の興味は彼女の人間性ではない。彼女の持つ力の方だ。
「奇跡なんてお前の『バンカー』の登録にも載ってないだろ?お前はどう見る?転校生のユーフォリア」
奇跡と柊真琴はそう言ったが一口に『奇跡』と言っても網羅すべき範囲が大き過ぎる。
何時?何処で?何を?誰と?
例えば多くのハズレの入ったくじ引きの中からたった一枚ある当たりを引けば奇跡か?
それともハズレしか入っていないくじ引きの中から当たりを引く事が奇跡か?
偶然が重なって起こる必然を果たして『奇跡』などと呼べるのだろうか?
「つっても、あの子……確か柊真琴だったか?あの子可愛いよなぁ、近づくなとか言われると余計に気になるし……よし!ここは一つ俺がこのクラスの男子の代表として挨拶してくる!」
そう言って優は立ち上がる。
「おい!ちょっと待て!お前なにするつもりだ」
「まぁ、見てろよ」
自信に満ちあふれた優の表情から嫌な予感がビンビンに伝わって来るが、何故か被害を被るのが優だけだと思うと止める気にもならないから不思議なものだ。
優の勇ましい背中を見つめながら、何をするつもりなのか静観をキメ込んでいると、優は事も無げに絶対に近寄って来るなオーラを纏った柊真琴へと話し掛けた。