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黒と黒

「まさか、一樹……本当に連れて来たんか……」

当初の約束通り連れて来た筈なのだが、二人が柊を見た機嫌はすこぶる悪い。

「……一応連れて来たんですけど、熊谷先輩はまだ来てないのか?」

「見ての通り来てないわよ……というか本当に連れて来るとか超ウケるんですけど〜」

ピクリとも表情を動かしていない、雛の言葉に背筋が凍り付く。

ウケているなら、もう少し楽しそうにしても罰は当たらないんじゃないかと思うのだが、雛の柊から受けた態度を考えれば無理もないだろう。

「ねえ、一樹くん。ここでの用事ってなにかしら?私早く一樹くんと二人きりになれる場所に行きたいのだけれど」

甘える様にキュッと袖を引く柊に俺の好感度が上がり、目の前に座る二人のボルテージも同時に上がっていく。

「はぁ?……へ〜ほ〜ふ〜ん〜同性の誘いは断るくせに、男には甘えるのが上手いのね〜柊さんって!」

「あ〜あ、一樹も情けないの〜ちょっと顔のいい女に言い寄られたぐらいで、鼻の下を伸ばしてからに」

「いや!別に鼻の下とか伸びてないですから!俺は辻先輩一筋ですから!」

「別に良いのではないかのう?どうせ一樹はその女に気移りしたんじゃろ?アレだけ我の事を言っていたのに、一樹の中では我の事などもう二番目なんじゃろう?」

確かに辻先輩の言う通り柊に関しては甲乙が付け難い。

方や、清楚系無愛想美人であり謎の転校生という属性まで付与され、なおかつ此処に来てギャップ萌えまで手に入れた威丈高。

方や、学校中のマスコット的存在で俺の性癖を歪めに歪めた金髪幼女。

凹凸での結果であれば、現段階で勝負ありではあるのだが、金髪幼女に関しては第二形体が残っているため、勝負の行方は最終セットまで縺れ込むだろう。

「いやでも……確かに柊も……いや!でも俺には辻先輩が居るし!」

「なっ!何を迷うておるんじゃ一樹!そこは迷うところじゃなかろうに!」

「いやだって……俺ほらモテないですし……。それに女性に一番とか二番とか順位を決めるのはよくないんじゃないかって」

「そんな真面目に考えんでいいんじゃ!お前は我の事だけ考えておけば良い!」

成る程、辻先輩が言うのだから間違いない。

河は低い方へ流れ、雨は雲から落ちてくる。

同様に辻先輩の言葉とは万物を司る定理である事は誰もが知るところだが、どうも雛は納得していないのか不機嫌そうに雑誌のページを捲っている。

「それも私はどうかと思うんですけど〜辻先輩の事ばっかりとか、ちょっと頭がおかしいと思うんですけど〜」

「お?お?なんじゃおぬし我に嫉妬しておるのか?一樹が我の事考える事でヌシになにか不都合でもあるのかのう?」

「……うわ〜マジでウザいんですけど〜というか別にそんなんじゃないし〜余計な事言わないで欲しいんですけど〜」

顔を近づけて来る辻先輩を本気で面倒くさそうに雑誌をパラパラと捲っている雛の二人組を、柊はジッと見つめていた。

「あの二人……何処かで見た顔だと思っていたのだけれど、この前喋りかけて来たデリカシーのない上級生と、急に怒鳴りつけてきた常識のない同級生だわ」

あぁ……俺はなんで失念していたのだろうか……

柊の事ばかりが印象づいていて、この二人のキャラの濃さを度外視していた。

虫けら同然に喋りかけて来た人間を片っ端から追い払って来た柊真琴ではあるが、喋りかけて来た人間を忘れている訳ではない。

虫けら同然であろうと、喋りかけられた方も当然喋りかけてきた二人の事を覚えている。

「確か、この二人……そうだわ、何だか知らないけれど私を部室へ連れて行きたがっていたんだったわ。名前は確か……ユーフォリアなんとかって言う変な部活だったわね。一樹くんが私をここに連れて来たという事はつまり、一樹くんもこの部活の仲間だったってことでいいのかしら?」

黙っていた事を怒るでもなく、ただ事実を確認する様に尋ねる柊の平坦な彼女の口調から本当に事実の確認がしたいだけなのだろう。

全てがバレてしまったのならば正直に話をして協力してもらった方が無難だろう。

「まぁ、そういうことになる……かな?実の所お前を此処に呼び出したのは柊のユーフォリアについて少し聞きたい事があるからなんだ。お前のユーフォリア……確か『奇跡』だったか?そのユーフォリアの能力についてもう少し詳しく話しが聞きたいんだよ」

「……私のユーフォリア?そう……クラスメイトなら自己紹介の時に説明したと思うのだけれど……良いわ、一樹くんがもう一度聞きたいというのなら、私はそれで構わない。ただし条件がある。ここでの用件が終わったら一樹くんも私の用件に付き合って貰う、それでいいなら付き合うわ」

「それでいい……というかそれがいいな。なんか色々迷惑かけて悪いな柊」

平謝りすると、柊は小さく首を振って見せる。

「いいえ、別に構わないわ。それで、私はここでただ質問に答えればいいのかしら?」

「実は熊谷先輩……生徒会長もこの部活の部員なんだがその人に話してくれ。多分、もう少しで来る筈だから」

「そう、分かったわ。じゃあここで待たせて貰うわね」

小さく拝み手を見せた一樹に澄まし顔を一つ、肩に掛かっていた黒髪を払う。

二人の関係者である事実を柊に黙っていた事を少なからず怒られると思っていたのだが、柊はそれすら気にした様子はなく堂々とした様子で離れたパイプ椅子に腰掛ける。

柊は待ち時間に本を読み始め、雛は読んでいた美容雑誌を机に広げ向かい合い座っている横で辻先輩が妖怪を見た様に驚いていた。

「のう、あれはなんじゃ?あの女、我や雛のときと一樹の時では全く態度が違うではないかのう、なんじゃ?一樹は彼奴の弱みを握ったりしたのかのう、雛?」

雑誌を読んでいた途中で袖を引っ張られた雛はウザったそうに視線を目の前に座る柊へ移す。

「私が知る訳ないんですけど〜まぁでも多分弱みでも握ったんじゃないの?じゃないとあの従順な態度に説明がつかないもの」

「弱みかのう……転校生相手に一樹もえげつない事をするもんじゃ……」

「アレで、結構手加減を知らないのよアイツ。あれだけ部室に来るのを嫌がってたあの女が、ここまで従順なのよ?多分何か画像とか動画を流失させるとか、売りさばくとか、色々やったんじゃない?」

とても不名誉な噂が立っている気がするが、全ての釈明は後回しによう。

そう思っていたら、柊は読んでいた本から顔を上げ、意志の強そうな瞳で二人を睨みつけた。

「あなた達の声全て聞こえているのだけれど……」

内緒話をするには距離が近過ぎだ。

「これだけは最初に言っておくけれど私は一樹くんに脅されて此処に来ている訳じゃないわ。それから、そうやって人の事情を憶測だけで判断するのはとても稚拙に見えるから辞めた方が良いわよ」

「……ふ〜ん、あっそう、ならアンタの事情ってやつを聞かせてくれない?脅されても居ないのならなんで私と辻先輩の誘いは断って、一樹の誘いにはノコノコついて来る訳?さっぱり意味が分からないんですけど〜」

雛の言っている事は確かにその通りだ。

辻先輩と雛の時と俺の時ではまるで別人の様な態度だった。

柊は俺がクラスで声を言葉を掛けた直後、不気味なぐらいに大人しくついて来たのだから。

「だから言っているでしょう?私は一樹くんに二人きりで用事があるの、だから彼の機嫌の損ねたくないのよ」

「機嫌を損ねたくない用事?……ほっ、ふ〜ん、二人きりで?ほ〜ん?ちょっとそれどういう用事なの?私に詳しく教えてほしいんですけど」

「何故?これは私と一樹くんの間の話で、アナタには全く関係のないことだわ」

「関係ならあるんですけど〜私一樹の幼馴染みで、ずっと一緒に居るからアンタみたいな変な女に絡まれるのは迷惑でしかないんです〜」

ONと言える日本人代表の様な柊に遠回しな表現は必要ないのだろうが、対して野次馬代表を務める雛には効果は今ひとつである。

「変な女ってそれってアナタの自己紹介かしら?でもごめんなさい、私アナタの自己紹介を求めていないの。それから幼馴染みでアナタが一樹くんと関係があるのなら、私は一樹くんと同じクラスメイトとして関係があることになるんじゃないかしら?」

「はぁ〜時間の深さが違うんですけど〜」

なおも言い合いを続ける雛に、柊は面倒を堪えるように、ため息を一つ付いた後に、手元の読みかけの本に栞を挟み雛と向かい合う。

「……ねえ、アナタは一樹くんの恋人なのかしら?それとも許嫁かなにか?」

「そっ!そんなわけないでしょ!誰がこんな馬鹿で朝も起きて来ないやつと恋人になるのよ!」

「なら疑問なのだけれど、私が彼と個人的な人間関係を深めるのに、アナタの許可が必要だとは思えないのだけれど?違うかしら?」

別になんとも思っていないが、そこまで頑に柊の言葉を首が吹き飛ぶぐらいにハキハキと否定してくれる雛には、今度お礼として二度と胸の大きくならない呪いをかけてやろうと、方法をGoogle先生に尋ねてみたが精神内科がトップに表示されてしまった。

人生とは、まったくもって思い通りにはならないものだ。

「という訳だ雛。別に柊が俺と仲良くしようが、ただの幼馴染みのお前には全く関係ない事だ」

俺からの否定が決定打となったのか、雛は弾かれた様に席に深く座り込み、不貞腐れた様に細い足を組み替える。

「あっそ!じゃあもういいわよ!アンタの好きにすればいいでしょ!」

何にキレているのか分からないが、これで邪魔者は居なくなった。

そして俺は、澄まし顔読書の続きを始めた柊を見て、やはり只の美少女でない事を実感している。

青春とは、青い春と書いて『青春』である。

ゴールデンウィークも過ぎて時期的には初夏の方が近いが、青森県弘前市では今ぐらいで桜が満開になる時期だろう。

つまり俺の春は東北地方基準という事だったらしい。

少し遅れていたのも、それならば全て説明がつくだろう。

「……何かしら?そんなに見つめられると読書に集中できないわ」

「いや、柊は俺に用事って言ってたけど、何の用時だろうって思ってさ……ほら、転校して来てから、全く話した事もないし他のクラスメイトにさ……」

「それは、急に転校して来た私がアナタに用事がある事が不審だと、そいうことかしら?そうね、確かにそうかもしれない。でもそれを言うなら一樹くんも人の事は言えないんじゃないのかしら?」

ほんの背表紙を指でなぞりながら、視線だけで笑ってみせる柊の含みを持たせた年齢を超えた雰囲気にただただ圧倒されていた。

地蔵の如く固まった俺を見た柊はそんな反応を見ておかしそうに笑って見せる。

「だってそうでしょう?此処に居る二人より先に、まずクラスメイトである一樹くんが私に話を通すのが筋なんじゃないのかしら?それなのに一樹くんは最後に私のところに来たわ、これって不自然じゃない?」

悪戯気味に微笑んだ彼女のに一呼吸どきりと鼓動が跳ねた。

「いや、それはお前が周りの人間を拒絶するから……」

「あら?そうだったかしら?別に拒絶した訳じゃないのだけれど、ただ私は私に話掛けてくれた人たちに用がなかっただけよ」

シレッとそんな事を言える辺り、コイツの心臓は玉鋼で出来ているのだろう。

だがそれでも疑問は残る。

「じゃあなんで俺のときはここに付いて来てくれたんだ?クラスの連中もお前の行動にざわついてたぞ」

何を言われているか分からないと柊は首を傾げた後、言い淀む様に桜色の唇が微かに揺れた。

「私、最初にアナタを一目見たときからずっとアナタの事が気になっていた……とか、こんな理由じゃダメかしら?」

絶対に今考えた事が透けてみる答えだ。

だが、普段の凛とした近づき難い表情から一転、微かに表情を隠すように文庫本を持ち上げた柊のねだる様な声にまたしても鼓動がドキリと跳ねた。

人類生誕以来普遍の法則『ギャップ』というものは何時だって人類は狂わされて来た。

舞浜にあるのに東京を名乗る『東京ナントカランド』も『俗世とのギャップ』があるからこそ大金を叩いてでも人が集うのだろう。

あれぞ、正しく究極のギャップ萌え商法だ。

そんな適当な思考をグルグルと地球一周分巡らせて、返す言葉を思案していると部室の扉が猛々しく開かれた。

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