変化とは別の変化を準備する
季節は春。
春麗らかな晴の日差しに庭の桜の花びらが今年も飽きもせず舞い続けているのを横目に、ベッドで寝返りをうちながら心地の良い微睡みを一樹がもう一眠を決め込もうとした矢先部屋の扉が凄まじい勢いで叩かれた。
「一樹!もう時間過ぎてるんですけど!高校二年の初登校で遅刻とか嫌なんですけど!」
俺は幼馴染みである雛の声がする方へ目を向けると、壁掛け時計の針は午前八時を指し示していた。
「……ぁあ、雛か……悪いが先に行ってくれ。後で必ず追いつくから……」
欠伸を噛み殺す張りがなくだらしない一樹の声を雛は何度となく聞いた事がある。
高校一年の時からずっと、時間に起きて来ない一樹の行動は学校を休むか遅刻するかの二択しかない。
前年度ギリギリで進級した一樹だが、新年度からこの調子では次年度に三年になるのは夢のまた夢だろう。
「ああ!もう子供じゃないんだから!好い加減にして欲しいんですけど!」
お節介を焼くのは何時もの事だが、雛は事も無げに鍵の掛かった扉をいとも簡単に開けて見せた。
「お前……こんな事でユーフォリア使ったのか?」
見れば彼女の瞳は仄かな金色にも似た黄色の光を宿している。
「使わせたくないなら早く起きて欲しいんですけど……あぁ、もう最悪。私ユーフォリア使うと眠くて仕方ないんですけど……」
気怠げに黄色く光を灯す目を擦る雛は恨めしげに起きて来ない一樹を睨みつける。
どんな鍵でも開ける事の出来る雛の能力『鍵開け師』は使えば強力な眠気に襲われる。
「分かった、今直ぐに着替えるから下のソファーで待っててくれ」
「時間ギリギリなんだから早くして欲しいんですけど〜」
雛が眠気に抗いながら階段を降りて行くのを確認し、昨日クリーニングから帰って来たばかりの制服を取る。
ワイシャツはアイロンなど掛けず皺くちゃのままだが、セーターとブレザーを着込めば見える事はないので特に問題はない。
雛辺りに見つかればズボラだと喚き散らかされるだろうが、時間も皺を伸ばすアイロンもない我が家では無駄な議論でしかない事は言うまでもないだろう。
手早く制服に着替え、姿見の前でネクタイを締める。
似合わないのは何時もの事だが、今日は寝癖も相まって何時も以上に制服が似合わない。
「制服が似合わないので、自主退学したい……なんて言い出したら雛に殺されるな……」
姿見を通り過ぎ廊下に出て階段を降りる。
いつも通りの朝で何時もより足取りが重いのは、今日が新入生の初登校日だからだろう。
リビングに続く扉を開けば、ソファーに我が物顔でだらしなく座る雛が、我が家同然にテレビを付けてくつろいでいる。
『今日でユーフォリア保有者である三年間の子供達が全て高校生になりました。前回中学での波乱から様々な問題が持ち上がる中、通常の子供との隔絶を訴える声も出ていますが……』
雛はニュースの内容に辟易した様子でチャンネルを変えていくが、聞こえて来るニュースは『ユーフォリア』と三年間の子供の話題一色だ。
「あ〜あ、朝っぱらからつまんないんですけど〜別に私も好きでユーフォリア持ってる訳でもないんですけど〜」
雛が足をバタつかせながらぼやく理由も分からないでもない。
俺も雛も幾度となく経験した。
あの三年間で生まれた子供達は小さくない迫害を受ける。
ユーフォリアを持って生まれただけで『三年間の子供達』と、憎しみと迫害の意味を込めて俺も雛もそう呼ばれている。