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変化とは別の変化を準備する

「……はぁ?あのクソビッチと他のアイドルを一緒にしないでもらって良いっすか?一樹さんの手前であれっすけど、流石に俺も笑顔じゃいられなくなってくるっすよ?」

もうすでに笑顔じゃないけどね。

その表情人を一人か二人ヤッて来た人の表情だけどね、まぁ、何を『ヤッて』来たかは想像に任せるが……

俺は顔が引き攣るのを無理矢理に戻し、とにかく当たり障りのない笑顔を取り繕う。

「ハハッ……確かに、まぁ……そうだな。他の真面目に活動してるアイドルと不祥事を起こした子を一緒にしたら可哀想だもんな……」

怖すぎ……二度とコイツとのアイドルの話題には足を踏み入れないようにしよう。

「それで、どうすんだ?アイドルはもう卒業するのか?」

「いやいや、アイドルが終わる筈ないっすよ!これ見て下さい!今の俺の推しは蜜柑ちゃんなんっすけど!この可愛さ!小悪魔な表情!俺、今日発売の握手券までネット予約して来週行くんっすけど!どうっすか?一樹さんも一緒に行きませんか!」

どうやら痛い目に遭ってなお、裕樹はアイドルヘの熱から醒める事はないらしい。

爛々に瞳を輝かせた裕樹が見せ付けてくる携帯の端末で踊る蜜柑ちゃんの映像は、とても愛らしく見目麗しい美少女である。

だが『蜜柑』などという名前から推察すると、かなり剥かれ易く、腐りやすい。

何が、とは明言しないがこの際だ、裕樹はグレープフルーツちゃんとか夏みかんちゃんとかを好きになった方が、皮が固めで、なおかつ腐りにくくて、そこはかとなくいい感じなんじゃないだろうか?

ちなにみ、高血圧の薬とグレープフルーツを同時に食べると身体に大変良くないので絶対に注意が必要だったりする。

そもそも俺自身がアイドルにも、握手会にも興味がないためわざわざ自分の休みの時間を使ってまで得体の知れない女に会いに行きたいとは思わない。

裕樹には悪いが、ここは断らせてもらおう。

「握手会……ね、やめとくわ。俺、蜜柑とか皮剥く時に手が汚れるからそんな好きじゃないし、梨ちゃんかサクランボちゃんが出たら呼んでくれよ」

「よく分かんないっすけど!分かりました!じゃあ今度一緒にライブに行くのはどうですか!一樹先輩の推しを一緒に探しましょうよ!」

本当になんなのコイツ。

小さい頃から顔だけは知ってるから全てを知った気になってたけど、コイツの事何一つとして理解してなかったわ。

イケメンの皮を被ったオタクがオタ活を強要してくる。

それが、部活の先輩の弟であるからなお手に余る。

どうにか断らなければ、今度から俺の携帯に余計な迷惑メール紛いのライブの誘いが来る事になる。

ここは本人を傷つけずやんわりと断るのが、大人の対応というものだろう。

「落ち着け、お前は人に見つけてもらった推しに胸を張って握手出来るのか?ライブのコール・アンド・レスポンスの時、お前は心の底からその子の名前を口に出せるのか?推しってさ、そういうもんじゃないだろ?自分で見つけて、心が引き寄せられて、心の底から(万札を絞り出しても)惜しくないって思えて、初めて推しって言えるんじゃないのか?」

言うまでもないが俺はアイドルの事などよくは知らない。

だが何となくそんな事を言っておけば大丈夫な気がした。

そしてやはり予想通り、感銘を受けたようにイケメンが俺の手を握って来る。

「……俺、間違ってました。一樹先輩の言った通りっす……そうっすね。確かに推しは自分で見つけないと意味がないっすもんね……」

「そうだ、そんな中途半端な気持ちじゃ推しに対して失礼だからな」

何が失礼なのか俺にはさっぱり分からないが、裕樹が納得したのなら良かった。

俺は区切りとばかりに置かれたお茶に手を伸ばし一啜りすると、ドタドタと二階から着替えが終わった辻先輩が降りて来た。

「母よ!着替えて来たのじゃ!我のクッキーはいずこに!あるんじゃ!」

「はいはい、愛華のクッキーは晩ご飯食べ終わったらね〜」

「何故じゃ!おかしいのじゃ!着替えて来たら出すと言ってたのじゃ!」

「姉貴うるせえ!今一樹さんと大事な話しをしてるんだから静かにしてくれよ!」

「嫌じゃ嫌じゃ!今食べたいんじゃ!さっきと約束が違うではないか!」

「だって愛華、今食べたら夕食食べられなくなるでしょ?」

確かに、子供サイズの辻先輩では今食べたら夕食が入らなくなる事は目に見えている。

それに母親として、子供の食事に気を付けるのは当然だろう。

「構わん!我は今クッキーが食べたいんじゃ!はよクッキーを出すんじゃ!」

だがそれでも譲らないのが辻先輩という人間だ。

何より自身の欲望に忠実かつ、十八歳とは思えない見切り発車は他の追随を一切許さない。

四十八手ぐらいのバリエーションのある駄々を辻先輩が捏ねに捏ね続け、料理を作っている辻母を困らせていると、玄関の開く音が部屋の中へと響いた。

玄関の開く音を聞いた辻先輩は即座に駄駄を捏ねるのを辞めお行儀良く俺の隣へチョコンと腰を下ろす。

「ただいま〜おや?一樹くんが来ているね、今日はご飯食べて行くのかい?」外から帰って来たのは何処からどう見てもただのおっさん……

もとい、辻先輩のお父さんだ。

辻先輩父親、略して辻父は、柔和な笑みを浮かべながら外から帰って来たばかりのマフラーを取り、薄手のコートをハンガーに掛けて行く。

「急にお邪魔してしまったみたいで、何だかすみません」

「いやいや何を言っているんだい。一樹くんにはお世話になっているから、我が家で良ければ好きなだけゆっくりして行ってくれると嬉しいよ」

二重螺旋の檻を突き破ったというか、母親譲りが過ぎたというべきなのか、兎に角辻先輩が母親似で良かったと俺は思う。

「さぁ!みんな、ご飯で来たわよ!」

辻父の帰って来るタイミングを見計らっていたかの様に辻母は用意していた、夕食を運び始める。

それぞれが席に付き、宛てがわれた食事に手を付ける。

一言で言うなら騒がしい。

何時も一人で夕食を食べる一樹からすれば、テレビのニュースキャスター以外が食事中に喋る言葉は例外なく異音ではあるのだが、今日はそんな異音が飛び交う中で寄り添うように夕食を取る。

一つ食べれば誰かが喋り、

今日の出来事と、誰かの返事が食卓を幸せな色へと彩っていく。

とても温かく、そして何処か居心地が悪い。

数分、数十分と時計の針が進むのを忍耐強く待ちながら、ようやく家族団欒此処にありと言わんばかりの食事が終わりを告げる。

粗方の食器を運び終え裕樹が風呂に入りに行くと、リビングには辻父と辻母、そしてソファーで横になっている辻先輩が居る。

家族団欒を邪魔しても悪いので、早々にお暇しようとしたのだが、食後の紅茶を出され仕方なく椅子へと座り直した。

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