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変化とは別の変化を準備する

兎にも角にも、人通りの多い廊下の中央にて直立不動で誤作動を起こしたマニュアル車のように動かない雛をこのままにしておく訳にもいかないだろう。

それに雛が柊を連れて来る事に失敗した今、もう一度柊を連れ出す方法を立て直さなければならない。

唇を引き結び動こうとしない雛の手を無理矢理に引き、二人揃って部室へと向かうと雛は部室に着いた瞬間あまりのストレスに絶叫した後に『なにごとじゃ!』と駆け込んで来た辻先輩と出くわし、今に至る。

「あぁ!もうアイツなんなの!マジでムカつくんですけど!」

「おう!そうじゃろうて!我も彼奴には煮え湯を飲まされたんじゃ!」

上司のパワハラ

部下への不満

嫌な女への愚痴

万国共通、人は共通の人間への悪口で仲良くなれる。

昨日まであんなにも言い争っていた二人が、今日は仲睦まじく柊の話題で盛り上がっているのだから、間違いない。

「それで、この後だがどうするか……女子の二人がダメとなると、いよいよ打てる手段がないぞ」

そう言った矢先、二人は揃ってこちらを見つめて来た。

「のう一樹?ヌシは何を意味の分からんことを言うておるんじゃ?打てる手ならまだ一本あるじゃろうて、のう?雛」

「そうね、今回ばかりは辻先輩と全くの同意見だわ。自分だけ無傷ですまそうなんて、都合の良い話しじゃない?一樹」

二人は脳内お花畑でも駆け回っているんじゃないかと思える笑顔を振り撒いているが、奥の瞳はこれっぽっちも笑ってなど居なかった。

泥沼へ引きずり込むのも厭わない、なんとも有り難い仲間意識だろう。

今すぐにでもこの部室を飛び出して縁切り神社へと赴き、俺の持てるありとあらゆる資産を投資して二人との関係を今直ぐに解消したいぐらいだ。

だが、そんな時間を許してくれる二人ではないのは重々承知している。

「分かった……辻先輩と雛にやらせたんだ、ダメで元々だが俺もやってみる……だけど、本当に期待だけはするなよ、多分絶対に失敗すると思うから!」

辻先輩やひなの様な同性でダメだったのだ。

同じクラスとはいえ警戒の高いと思われる異性、ましてや一度も話し掛けたこともない人間に勝機があるとは思えない。

だが、俺の犠牲を見なければ雛と辻先輩はそれではおさまりがつきそうにない。

「じゃあ、よろしくね、一樹」

「うむ、頼んだのじゃぞ、一樹」

二人の淀み切った瞳に肯定以外の返事が出来る筈もなく、俺は力無い頷きを返したのだった。

さて、ここからが問題だ。

あらゆる事柄には準備が必要だと俺は常々思っている。

本番前の準備で、本番が成功するかどうか決まるぐらいには準備と言うのは必要不可欠だ。

それはスポーツ

あるいは恋

果ては戦争

そして人間関係に至るまで、ありとあらゆるジャンルで必要不可欠とされるものだ。

準備なんて必要ない?

本番が大事?

そんな事をいうヤツが居たなら楽観主義を通り越した大馬鹿物だ。

だからこそ俺は準備期間の設定を二人に申し出る事にした。

準備期間の設定とは何か?

それはつまり、何日までにやるという宣誓だ。

具体的に言うのであれば、柊真琴へ接触を図るまでのタイムリミットの設定である。

出来れば柊など声も掛けたくない。

だが、今日明日でやるのなら間違いなく敗北必死であるのは誰が見ても明らかだ。

ユーフォリア研究部の目標はあくまで『柊真琴を部室へ連れて来る』そして、熊谷先輩のユーフォリアを使って『奇跡』の正体を暴くことにある。

俺が大層傷つけばいいと思っているであろう二人だが、俺が失敗してしまえば次はない。

最悪の場合ローテーションを組んで、絶対に爆発する『柊真琴』という名の地雷原へ三人で行進する羽目になるだろう。

「俺に一ヶ月猶予をくれないか?お前ら二人だってもう一度あの柊に話し掛けるのは嫌だろ?なら俺のこの最初の一回を最大限活用する形を取った方が上策の筈だ。それに、柊も転校して来たばかりで警戒が解けていない。此方が策を巡らせ相手がこの学校に慣れるまでの一ヶ月……」

壁に掛けてあるカレンダーを眺め、一ヶ月後の日付へ当たりを付ける。

「そうだな、ゴールデンウィークがあけてから一週間でどうだ?それまでに俺が柊真琴を部室へ連れて来る」

最初は難色を示した二人だったが柊真琴が手強い事実はこの二人が誰よりも身に染みて理解している。

「分かったわ、それでいきましょう。でも、それでも一樹が柊を連れて来られなかったら、アンタは私と辻先輩にスイーツ一ヶ月だから」

スイーツ一ヶ月?

あのお洒落を食べるだけに特化した試験管とフラスコを足して二で割ったような容器に入った暴利の化身を、俺が二人に一ヶ月間も奢り続けるだと?

「おいおい!ちょっと待ってくれ!スイーツ一ヶ月って!俺そんなことしたら破産するんだけど!」

「だって柊さんを連れて来るんでしょう?なら失敗した時のことなんて一樹には関係ないと思うんですけど〜」

「うむ!確かにそうじゃな!我や雛には猶予なぞなかった!対して一樹、ヌシは前例を二つ見た後になおかつ時間をかけることが出来るのじゃぞ?そこまでして同級生であり同じクラスでもある柊を連れて来れなかった時のペナルティーはあって然るべきじゃないのかのう?」

二人して嫌な笑みを浮かべた瞬間、俺は瞬時に全てを悟った。

やった……

俺はやってしまったのだろう……

いや、二人に嵌められたと言うべきか。

こいつらは、もう柊の事などどうでもよかったのだ。

できるだけ自身の腹へスイーツを滑り込ませるための計略を編み続けていたのだ。

だが、俺も男だ今更否定など出来る筈もない。

「……分かった、俺がもし柊を連れて来れなかった時は五月からの一ヶ月間放課後はお前らの腹をスイーツで満たしてやると……約束する……」

そう口に出した瞬間の事は絶対に忘れない。

ハイタッチとガッツポーズ。

もうスイーツ一ヶ月が手に入った様な喜び様と言ったら、大阪道頓堀で騒ぐ年明け一秒前ぐらいのテンションだ。

甘い物と好きな男のためなら女は何処までも狡猾になる。

俺が知ったのは紛れもない、女子は女子で誰も彼もが恐ろしいというただ一点だった。

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