変化とは別の変化を準備する
「分かった、お前が行きたいって言ってたスイーツ食べ放題連れてってやるから……」
毛先とページを交互に捲っていた指が途中で止まり、此方の様子を探る様にチラチラと視線だけが飛んで来るが、食いつくには至らない。
「ふっ、ふ〜ん、それで〜別に私スイーツとか興味ないんですけど〜」
成る程興味がないと?
これで俺は辻先輩と出掛ける理由が出来た。
ありがとう雛、お前の事は忘れない。
「あっそうなの。じゃあ辻先輩一緒に行きましょうか!そういえば、行き前のケーキ屋のモンブラン、五十食限定らしくて!あっ、そうだ!北口にはミルクレープの店も新しく出来るみたいですし、次の休みはそっちも次いでに行きましょう」
「ほう、甘味かのう!よいのじゃ!行くのじゃ!あっ……じゃがのう、我は今月分の金を全て使い切ってしまったのじゃが……」
昨日全財産をカツアゲされた辻先輩だが、それは心配には及ばない。
と言うか、昨日の残金が在ったとしても、金額が全く足りていないのでそもそも問題外でもある。
「いいんですよ、辻先輩の分は俺が全額支払いますから」
「ほう!ならばいざ行かん!我は地の果てまで一樹に付いて行くのじゃ!」
まだ見ぬスイーツパラダイスを目指し辻先輩とハイタッチを交わす中、雛が眺めていた雑誌を閉じ立ち上がった。
「ちょっと!ちょっと!私別にスイーツ食べに行かないとか言ってないんですけど!」
なんだこいつ?急に辻先輩との会話に割って入って来て迷惑な奴がいると思えば、なんだ雛じゃないか。
「だってお前スイーツ興味ないんだろ?誘って悪かったよ、もう二度とお前をスイーツ食べ放題なんて誘わないから安心してくれ。次からは……そうだな、お前が好きそうな漬け物百選とか、新大久保辺りでやってる激辛夏の陣とかに誘うから、それまで待っててくれ」
「別に激辛も漬け物も好きじゃないんですけど!まぁ、別にスイーツ食べ放題とか、あんたに誘われるまでもなく自分のお金で行くからいいけど!」
「あっそう?じゃあ俺は辻先輩と一緒にカップル百組限定ラッピングのSNSバエバエのやつ頼むから、お前は一人寂しくお一人様専用の葬式一歩手前のスイーツでも食ってれば?」
「はぁ!なによそれ!そんなの馬鹿舌の辻先輩と行っても無意味じゃない!私を連れて行って欲しいんですけど!」
「誰が馬鹿舌じゃ!我の舌は馬鹿ではないわい!」
「そうね!先輩は舌だけじゃなくて頭も馬鹿だからね!相対的に見れば舌の性能の方が上なのかもね!」
「我の頭が悪いじゃと!?我は学年三位で頭も悪くないんじゃが!」
「地頭の良さと学年順位を混同してる時点でお察しなんですけど〜というか肉体の年齢に合わせて知能まで退化してるんじゃないか心配なんですけど〜」
「言わせておけば!貴様こそ!その貧相な身体で人の事が言えるのかのう!」
言葉に詰まる雛から俺はサッと瞳を逸らし、雛が置いていた雑誌を適当に捲って行く。
「へ〜そうなんだ〜今年はツートンカラーが流行なんだ〜知らなかったな〜」
睨みつける雛だが、何故雛が俺を睨みつけるのかの見当はついている。
アレは高校一年の春、始業式まで一週間をきった春休み中本屋で偶然出会った雛が持っていた本。
雑誌と雑誌の間に挟み込み、細心の注意を払って会計に持っていた雛だったが俺はその会計に運悪く居合わせた。
『今日から始める発育計画』
何を?
なんて野暮な事を聞こうものなら顔面の形が変わるまでドロップキックが飛んで来るのは間違いない。
参考書を買って綿密な計画を立てなければ何かを発育する事が困難であるなど、本人が一番信じたくない筈だ。
だが、俺も雛も『オンギャア』とこの世界に産声を上げてからもう高校二年だ。
そろそろ雛の双丘に結果が出始めなければこれ以上を望めない年齢に突入する。
雛が頑なまでに『好きだから!』という理由で毎朝飲んでいる豆乳も、好きでもないのに毎食欠かさず食べているキャベツの千切りも、今のところ何一つ目に見える成果を結ばぬまま一年が経過している辺り、本当に発育に向いていない身体なのかもしれない。
そうだ、思い返せば雛の母方は今の雛と瓜二つの慎ましさを携えているではないか!
あぁ、残酷なまでに原因は明らかだ。
「雛、気にする事はないさ。お前はなにも悪くない、どちらかと言えばお前の両親の遺伝子に原因がある」
「アンタは何も喋るんじゃないわよ!そもそも貧相な身体はお互い様なんですけど!というか!どっちも余計なお世話なんですけど!」
「我がお前らの歳になれば、それはもうバインバインのタユンタユンじゃからして、貴様と一緒にされるのは我の沽券にかかわるでのう〜はぁ〜我も難儀じゃのう〜重い胸はそれだけで大変じゃからして〜」
確かに辻先輩は現状幼女の姿をしているが本来の十八歳の姿になると、それはもう桁外れの戦闘力をその身に宿す。
雛が小学四年の少年野球だとしたら、辻先輩はパリーグセリーグからかき集められるWBC選抜選手ぐらいの差がつく。
悲しいが、二人の胸部の戦力比は誰が見ても明らかだ。
雛も、厭味と分かりつつも辻先輩へ反論するだけ自身が傷つく事を理解してか、怒りを抑えゆったりと一つ目を閉じる。
「はぁ……もういいわよ、分かったわ。次は私が行くわよ!その代わり一樹!スイーツ食べ放題とミルクレープ、それから駅前のモンブランとカップル限定メニューには付き合ってもらうから!」
「……分かったよ、その代わり柊の事は頼んだぞ」
お前そんなに食ったら育って欲しくない所がミルクレープ状態に育っちゃうんじゃないの?
手遅れになっちゃうよ?主に腹回りとかムチムチモンブランになっちゃうんじゃないの?と思ったが決して口に出す事はしない。
「じゃあ、本当に任せるからな。しっかりやってくれよ」
「ええ、任せなさい。そこの使えない幼女と私が違う所をみせてやるわよ」
確かに雛は辻先輩と違い、同学年での友人もそこそこ多い。
これはもしかしたら上手く行くかもしれない……
あぁ、そうだ。
あの時の俺は楽観的にもそう思っていたのだ。