変化とは別の変化を準備する
そして明くる日の放課後
一樹の居る教室内は二人の言い争いの声に包まれていた。
「何故じゃ!よいではないか!ほんの少しの時間だけじゃ!手間は取らせん!なんなら生徒会から拝借したお菓子も食べ放題なのじゃぞ!」
「要らないと言ってるでしょう?それより、アナタはさっきからなんなの?急に人の教室に押し掛けて来て、仮にも上級生であるなら節度を弁えてくれないかしら?」
柊の言う事は至極最も、クラス内の誰もグウの音も出ない中それでも我らが辻先輩が諦める事はない。
「じゃあ!アレじゃ!生徒会室を好きな時に使っても良い様に取り計らうのじゃ!どうじゃ?あそこは日当りも丁度良いし、我のお昼寝に丁度いいのソファーも使っていいのじゃ」
「いえ、結構よ。というかそもそもアナタは生徒会役員じゃないでしょう?そんなアナタが勝手に生徒会室使用の許可を取ってもいいものなのかしら?」
無論言うまでもなく駄目である。
というかそもそも、生徒会室を好きに使っていい権限は辻先輩にはない。
いよいよ答えに窮した辻先輩はチラチラと此方へ救援を求める視線を送って来るが、残念ながら俺には柊をどうこうする実力はないので辻先輩から視線を逸らす。
辻先輩の向ける視線を追って柊とも目が合った気がしたが、我関せずと瞳を逸らし続けていると、柊は面倒だと一つ大きなため息をついた。
「もう話がないなら帰ってもいいわよね?」
美しい濃紺に似た黒髪を攻撃的に靡かせて机の脇に掛けてある鞄へと柊は手を伸ばすと、涙目の辻先輩へ一瞥もくれる事なく柊は教室を後にして行った。
残された辻先輩とホームルーム終わり間際だった教室内は何とも言えない雰囲気に包まれ、固まったまま動かなくなくなった辻先輩を回収し俺は計画の練り直しの為部室棟へと避難した。
「なんなのじゃあやつは!仮にも我は先輩じゃぞ!年上なんじゃぞ!それをあやつ!『もう、話がないなら帰ってもいいわよね?』じゃと!我をなんじゃと思っておるんじゃ!」
ようやく柊に掛けられた石化魔法が解けた辻先輩だったが、別の状態異常が残っていたのか辻先輩は怒りに任せて壁際に積み上げられている空きの段ボールをこれでもかと殴りつけている。
「なんじゃ!なんじゃ!我のユーフォリアを使えばあんな奴一発なんじゃ!」
確かに辻先輩が本気を出せば、柊を打ち倒す事は出来るだろう。
だが今回は打ち倒すのではなく、話し合いの場を設け、そこに柊を連れ出す事が第一目標である。
「確かに辻先輩が本気を出せば誰にも負けないかもしれないですけど……今回は柊を連れ出す事が目的ですから、絶対に本気は出しちゃダメですよ」
「そんな事は分かっておるわ!このユーフォリア保有者への扱いの土壌を作ったお前の努力を無駄にする事だけはせん……じゃが!それを置いてもじゃ!あの態度はなんなんじゃ!もう少し言い方というもんがあるじゃろ!」
この世のツンデレのツンの部分だけを煮詰めて固め少量の悪意を混ぜた様な物言いによくぞ辻先輩はあそこまでやり合ったものだと褒めても良いぐらいだ。
最終的に辻先輩も沢城同様に泣かされる一歩手前までいっていたが、それ程までに柊の言葉は辛辣を極めていた。
「あやつなんぞ我はもう知らんからな!顔も見とうないわ!あやつが困っていても我は絶対に協力なんぞしてやらんからの!」
急にホームルーム中の教室に現れて『急で申し訳ないんじゃが部室までついてきてくれんかのう』とだけ言って手を引き始めた辻先輩も辻先輩だが、柊の他人嫌いも大概だ。
割合で言えば8対2、いや9対1で辻先輩に同情の軍配が上がるだろう。
「ただ、先輩が駄目だと次を考えないといけないですね」
辻先輩の可愛さが通用しない……もとい駄目となると、やはり雛辺りに頼むのが妥当だろうか?
いや、あいつの事だ、どうせ『はぁ?なんであたしがそんな面倒なことしなくちゃいけないのかさっぱり分からないんですけど〜』とか言って断って来るに違いない。
なら、熊谷先輩か?
いや、駄目だ。あの人以上にこの件に不適任な人材も居ない。
俺は無いに等しい人間関係を思い付く限り頭の中で列挙していると、辻先輩は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ユーフォリアの制御が出来んで困るのは所詮あやつじゃ!あんな無礼な奴もう放っておけ!じゃがのう一樹!昨日の約束は果たして貰うのじゃぞ!もはや弟は我と口もきいてくれんのじゃからして!早急に我が家へ馳せ参じるのじゃ!」
「いやいや、流石にそれは熊谷先輩に怒られるので無理ですよ、それから、先輩の家には約束通り終末には行くので落ち着いて下さい」
「なぜじゃ!我に週末まで待てと言うんか!」
騒ぎ始めた辻先輩をとりあえず宥め賺し、俺は目の前で我関せずと昨日と同じ雑誌を読み耽っている雛へ視線を上げた。
日本国民の政治への投票率ぐらい我関せずを決めている雛だが、この件に関してそれは許されない。
「なぁ、雛。次はお前が柊のところに行ってくれないか?」
選挙活動中の政治家たちばりに腰を低く頼み込むが、試験勉強中の受験生が選挙カーに向ける憎々しげそのままの表情を雛は俺に向けて来た。
え?そんなに重要な書類なのそれ?
ただの今年のトレンドのお洋服が乗ってるだけの雑誌じゃないの?
それとも彼女の中で放課後にセブンティーン雑誌を読み耽る事は宗教的な礼拝かなにかなの?とか思っていれば雛は面倒全開で毛先をクルクル弄びながら吐き捨てる。
「はぁ?なんであたしがそんな面倒なことしなくちゃいけないのか、さっぱり分からないんですけど〜」
これまた、予想通りの返事過ぎて、答えを用意し損ねていた。
というか、雛に関しては最早答えを用意する必要もない。
雛に用意するもの、それは――