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山の駅の想いで  作者: 富幸
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消滅

 第五章 消滅


 ある日私は、五十数年ぶりに、あの懐かしい駅に降り立った。

 そこに有ったのは、ホームと更地に成った駅舎の後地が有るだけであった。

 かつては、桜の花に埋もれた駅舎や建物も取り払らわれ、線路とホームが、その面影を残しているだけである。

 後地には、駅舎の代わりにバス停の様な雨除けとベンチが置いてあるだけであった。

 駅前に在った幾本もの桜の木やや白いモクレン・植木類は、無論の事宿舎の後地も今は、分譲地として民家が建っていた。

 駅から国道までの両側に在った農協の支所も製材所や交番までもが無くなって居た。

 駅前の国道まで出て見ると車の往来が激しいが駅の方を振り返ると、そこには何も無かった。

 小さいとはいえ、其処には、調和のとれた駅の在る風景が広がって居たのだ。

 私は、駅舎の後地に設置されているベンチに腰を降ろしぼんやりと目の前の風景を眺めていた。

 すると間もなく上りの二両編成の気動車が入って来たが乗る客も降りる客も無く、そのまま出発をしていった。

 私は、大きく溜息をつき眼を上げると抜ける様な青空に爽やかな風が吹いてくる。

 遠くに山の稜線が見え、私は思わず

「あぁ、山は変わらない」と思った。

 春には、桜の花に埋もれ、駅前広場では、夜昼を

 問わず花見の宴が開かれる。

 夏は、噎せ返る様な青葉に囲まれ、夜になると蛍が乱舞し人々の目を楽しませる

 秋には、唐錦の中に甘柿が実をつけ、公孫樹の大木が黄金色に色付き実をつける。

 冬には、雪に埋もれた駅の事務室は、ダルマストーブを大勢の乗降客が囲み事務室は、社交場であった。

 あれほどの利用客や地域住民に愛され信頼されていた駅が、何故この様な姿になったのか、何故こうも変わったのだろう。

 大勢の乗降客や貨物は、何処に行ったのか、お世辞にも立派な駅舎とは言えないが、花や緑に囲まれ存在感の有った駅が今は、線路とホームだけになっている。

 列車が到着するたびに大勢の乗降客で賑った待合室も事務室も、駅舎の前に在った築山も取り払われ只の広場が有るだけであった。

 何故にこうも変わったのだろう、歳月は、有形、無形を問わず破壊や崩壊をするものだろうか。

 長い鉄道人生の中で青春と言う、人生の華とも言うべき時を共にした小さな山の駅。

 ベンチに座って五月の爽やかな風に吹かれながら抜ける様な青空を見上げ私は、思い出世界に落ちて行った。


 夕方になって下り列車で一人の婦人が降りて来た。婦人は、ホームのベンチに座って居る老人を見て不審に思い、声を掛けながら老人の肩に触れると老人は、崩れる様にベンチから落ちて行った。

 婦人が慌てて老人に触ると、老人は、至福の笑みを浮かべたまま、冷たくなっていた。

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