花の駅
第一章 花の駅
始まり
五月のある日、病窓から見る若葉に誘われ二十歳の頃に勤めた駅に行って見たくなり外出許可を申し出ると、あっさり許可が出た。
老い先短い命、冥土の旅の土産になればとの憐憫の情からかも知れない。
私は、タクシーで駅まで行き二両編成の列車に揺られ降りた懐かしい駅には、何も無かった。
有ったのは更地に成った駅舎の後のコンクリートに雨除けの屋根とベンチが一脚置いてあるだけであった。
私は、ベンチに腰を降ろし目の前の線路を見ていると、この駅で起きた一つ一つの出来事が浮かんでは消え、消えては浮かぶのだ。
私は、ベンチにもたれながら、静かに眼を閉じて、この繰り返しを楽しんでいた。
この駅で勤務した八年間は、私の青春そのものだったのだ。
浮かび上がる思い出は、前後を問わず強烈に印象に残こるものばかりで、それだけに年老いた頭に浮かぶのかも知れない。
老いると若い頃の出来事が昨日の事の様に鮮明に思い出す、私は、爽やかな風に吹かれながら眼を閉じて人生の華とも言うべき青春の出来事の一つ一つを思い出していた。
着任
私が、この駅に転勤したのは、昭和四十年の春で山陽本線の駅から中国地方の山間の小さな駅に転勤だった。
四月一日付けの赴任で、その日は、雲一つない晴天の朝だった。
寮から職場に出勤して別れの挨拶をし、同僚に見送られ職場を後にした。
電車に乗った私は、窓の外を流れる風景をぼんやりと眺めながら外の天気とは、裏腹に一抹の不安も感じていた。
新しい職場に転勤をする事は、誰しも不安を感じるものだが、私の場合は、実家に近い駅に転勤と言う事で私の希望を聞く事無しに、駅長が決めてしまったのだ。
私は、列車に乗り継ぎ、新しい赴任先の駅に着いたのは、昼過ぎだった。
ホームに降りた時に驚いたのは、古いくすんだ板張りの小さな駅舎は、桜の花に埋め尽くされていたのだ。
私は、ホームに降り立った時一瞬立ち止まり、その見事さに唖然とした。
駅前の広場には、大人が二人して両手で抱えても抱えきれない程の大きな桜の木が数本有り、今が満開の花最中だった。
只、駅舎の前の築山に有る桜の大木は、まだ堅い蕾のままだが、その木は、駅舎に添って左右に大きく枝を伸ばし駅舎を覆いつくしている。
その桜の木には、太い支柱が三ケ所も立てられていて、そのどれにも木が傷まない様にゴムで保護されていた。
明らかに他の桜の木とは違う扱いである。広場に有る、他の桜の木は、駅前広場に競う様に大きく枝を張り満開の花を咲かせている。
その咲き誇る桜の木の下では、十人ばかりの男女がゴザを敷き宴会をしていた。
今迄に駅前の広場で花見の宴会をする事なぞ見た事も聞いたこともなかったので驚いたが、もっと驚いたのは、私と一緒に降りた客が改札を出てその宴会の前に行き、勧められるままにコップ酒を飲んで居るのだ。
私は、駅の事務室に入ると
「本日付けで着任しました。山方章一です。よろしくお願いします」
と挨拶をすると事務室に居た四人が一斉に私を注視した。その中で駅長らしき人が立ち上がり
「私が駅長の笠岡です。遠い所から御苦労様、まあそこへ座りたまえ」
と駅長机の前のイスを進めてくれた。私が駅長に転勤書類の入った封筒を渡すと駅長は、中身を見て
「君の実家は、ここから四駅程離れているが家から通うのかね」
「はい、そのつもりです」
「そうか、この駅の人達を、紹介をするよ」
と言って駅長は、事務室にいる三人の職員を紹介してくれた。
私は、次々に挨拶をしたが、どの人も四、五十代の年寄りであった。
後で聞いたのだが、この駅の定員は、七名で一番若い人が三十七歳であった。
その様な職場に二十歳の職員が配属されたのだ。
当然一番若い私は、使いぱしりに徹した。同僚とは、いえ若手の一人を除き後の人達は、私の父親と同年代の人ばかりである。
私は、笠岡駅長の案内で宿舎の家族と駅構内に在る保線区詰所に挨拶を済ませると駅事務室には、帰らず構内の西の外れにある踏切まで行くとそのまま町の方に足を向けた。
途中にある西本商店と看板の掛った店に入ると店番をしていた中年の婦人が
「あら駅長さんいらっしゃい何かお求めでも」
「いや今日は、買い物ではないのだ。新人が来たから挨拶がてらに案内をしているんだ」
「まあまあ、それは、それは、ご丁寧にご苦労様です」
「女将さん、紹介するよ、今日から駅で働いて貰う山方君だ、よろしく、山方君こちらは、駅の人達が日頃お世話になっている西本さんだ」
私は、駅長に紹介されると一歩前に出て深々と頭を下げながら
「今日着任しました山方です、よろしくお願いします」
「まあまあ、ご丁寧に西本で御座います駅の方達には、日頃からご利用頂き有難う御座います」
「それじゃ女将さん、旦那さんにも宜しくお伝えください。失礼します」
駅長は、婦人に丁寧に挨拶をすると店を出た。それから駅前迄帰るのに五軒程挨拶をしたが職種は、個人商店が主で官公庁は、無かった。
私は、歩きながら駅長に
「駅長、一つお尋ねしますが、職員が異動すると毎回この様に挨拶をして回るのですか」
「そうだよ、どうかしたかね」
「いえ、私も、この様な挨拶回りをしたのは、初めてですので」
「そうだろうね、普通は、民間の商店までは、行かないものだからね」
「何時頃からですか」
「私もよく知らないけど、前任者から特に西本商店の主人と住田商店の女将だけには、気をつける様にと引継を受けたのだよ」
「何かあるのですか」
「以前トラブルがあったらしい。西本の主人は、お花やお茶の先生で踏切の先に大きな屋敷が有っただろう、あそこに、住んでいて仕事柄地域の有力者と言う訳さ、それからもう一人住田商店の女将は、見た感じは、人づきあいが良さそうだけど、こと銭がからむと人が変わるから気をつける様に」
私は、先程挨拶をした住田商店の女将を思い浮かべながら駅長に
「でも駅長、あの女将一見して人が良さそうで、それに身体に障害が有りましたよ」
「そうだよ、左の手首から先はないし左足も不自由だから初めての人は、その姿と笑顔に騙されるのだよ」
「でも、私には、悪い人には、見えませんけど」
「だから君にもその事を教えて置くのだよ、あの人は、本名は、住田兼代と言うのだけどケチでシブチンの上にお金の為ならどんな事でもするし口も悪いおばさんと言う事で、皆、金ちゃんと呼んでいる」
「そうですか、とてもその様には、見えませんでした」
「みんな、それに騙されるのだよ、君も気をつけたまえ」
その様な会話を駅長とかわしながら駅前迄帰ると
「さあ其処の駐在さんと農協の支所に挨拶したら終わりだ」
そして駐在と農協支所に立寄り挨拶を済ませると駅舎の前の築山に在るまだ咲き染めもしていない八重桜の大木の前で駅長は、私に
「この八重桜は、駅の宝だ、この桜の花や葉を欲しがる町の人達が大勢いるけど絶対に取らしては、いけない。これは、この駅の総意だ。君もこの駅に転勤したのだから、他の職員と仲良くしてうまくやって呉れ」
「駅長、一つお尋ねしますが、何故町の人は、桜の花や葉を取りに来るのです」
「それは、この八重桜の花や葉を摘み塩漬けにして桜茶や葉は、桜餅の材料にするらしい。この木は、その材料に最適だそうだ」
私と駅長が話をしていると駅前で宴会をしていた恰幅の良い一人が立ち上がり私達の側に来ると
「駅長今日は、駅前広場を、お借りしています。まあ、あちらに行って一杯やって頂けませんか」
「戸田さん、有難うございます。今日は、転勤者の案内をしていますので」
「此方は、新しい方ですか」
「紹介しましょう、今日からこの駅で働いて貰う山方章一君です。山方君、こちらの方は、町議の戸田強さんです」
私は、その町議に深々と頭を下げて挨拶をした。
私と駅長が事務室の前に帰ると駅長は、眉をひそめる様に小声で
「近く町会議員の選挙が有るものだから花見に、かこつけて有権者に只酒を飲ましているのさ」
と駅長は、吐き捨てる様に言った。
「あぁー、それで駅長さんにも酒を進めたのですか」
「そうだよ、駅長も参加していた。となると箔がつくだろう」
私と駅長は、事務室に入り出された番茶を飲むと駅長が
「山方君、今日は、もう家に帰りなさい。明日は、八時三十分が引継になるからね」
と駅長は、私に勤務の解放を命じた。私は、次の日から駅に勤め出した。
長い鉄道生活の中で一番長く勤務した駅の始まりだった。
私の父親は、私が小学生の時に事故で亡くなって居る。
その思いが有るのか知れないが、父親の様な同僚に囲まれて仕事をする事に一生懸命になった。
なにしろ同僚の全員が教師であり父親や兄の様な存在なのだ。
私は、日々の仕事を覚えるのに苦労は、しなかった。私の周りの同僚が、新米の私を指導するのに全力であたって呉れたからだ。
私の見習いの先生は、美野志郎という、この駅で一番若い同僚だった。
その同僚が開口一番に私に質問した事が
「山方君、君は、この駅の職員として一番大事なことは、何だと思うね」
「この駅の職員として、ですか、なにですかねぇーわかりません」
「そうか、やっぱり君も判らないか、実を言うと私もこの駅に初めて勤め出した時の駅長に聞かれたのだよ」
「その時先輩は、どう答えたのですか」
「今の君と一緒さ、なにも答えられなかったさ、すると駅長が
「一番大事な事は、大きな声で元気よく挨拶をすることだ」
と私に教えてくれたのだよ」
「挨拶ですか、何故ですか」
「その駅長の云う事は、人と人が付き合うのに挨拶は、欠かせないものだ。この駅で仕事をする上で駅という性質上不特定多数の人と付き合わなければならないその付き合いに挨拶は、欠かせないものだ。と教えられたのさ」
「そうですねぇー挨拶か、判りませんでした」
「私もそうだったよ、確かに駅を利用するお客の中には、虫の好かない奴もいるけど、その駅長の云う事には、嫌な奴でも毎日挨拶という言葉を掛けて居れば必ず返事が帰って来るものだ。だから相手が根負けして挨拶をしてくる様に成る、だから挨拶がこの駅で一番大事だと言うわけさ」
私は、先輩の説明を聞きなる程、だから駅是として、親切で丁寧な応対、を掲げているのかと思った。
当時の国鉄は、組合員と管理者という時代背景がありながら、この小さな駅では、駅職員が一丸となって業務に専念していたのである。
国鉄の駅とすれば小さな駅だがその環境は、素晴らしい。
桜の花のソメイヨシノが済むと駅前に在る八重桜が咲き誇る、この様に四季を通じ花や青葉に覆われた美しい駅だった。
そして美しいのは、環境ばかりでなく人情にも厚いものがあった。
そのことを私は、ベンチに、もたれながら想い浮かべていた。
八重桜
ある日、最終列車が出て駅玄関の戸締りに出て桜を見ていると山北当務駅長が
「その桜を見るのならこの月明かりだ。国道まで出て見ると良いよ」
と声を掛けてくれた。私は、言われた通り駅前広場を抜け、まだ舗装もされていない砂利道の国道まで出て後ろを振り向くと
「ワァー」
と思わず声を上げた。そこには、朧の月明かりに浮かび上がった満開の八重桜だった。
その花に駅舎は、覆い尽くされ、駅事務室や駅前照明の明かりが紅の色に染まり揺れていた。
私は、一瞬桜の絵の中に紛れ込む様な錯覚を覚えしばらくその場に立ちすくんだ。この様な美しい八重桜は、見た事が無かったからだ。
その八重桜の美しさに呆然としながらも自分が、この美しい駅に勤めている事に誇りを覚えた。
しかしその美しい風景を見る事が出来たのも、僅かに二年間だけであった。二年目の秋に襲来した台風により八重桜の幹の一部が裂けたのだ。
この出来事に驚いた駅長は、直に造園業者に相談すると共に翌日やって来た業者に
「この桜何とか、元に戻りませんかなぁー」
業者は、その桜を丹念に見ていたが
「駅長こりゃーあ、無理だ、幹の半分は、裂けているから枯れるだろうし、残った半分も樹勢が弱って花の付きが悪くなるよ、それにしても、これほど大きな八重桜も珍しいね、余程大切にされて居たのだろう」
「そりゃそうだ、この八重桜は、駅の宝だもの、それが、この台風で、この様だ、仕方が無い。残った半分だけでも助けてやってくれ」
と駅長が頼むと業者は、裂けた半分を切り離すと残った木を養生すると帰って行った。
次の年、つまり私が着任して三年目の春には、あまり花をつけなかった。樹勢が弱って居るのが誰の目にも見えていたが、その夏八重桜に決定的な出来事が起きた。
駅前の農協支所に荷物を運んで来た大型トラックがこの八重桜にぶつかったのだ。
この時以来八重桜は、弱って来るばかりで秋を待たずに枯死してしまった。
あれ程、永年に渡って人々を魅了した駅の八重桜、私が見た二年間の花が、あの八重桜の最後の花だったのかも知れない。
私の長い人生の僅か二つの季節を彩った八重桜だが、その妖しいまでの美しさの虜になった心は、死を目前とした老齢の身にも、あの月明かりの中で咲き誇る八重桜の風景が、昨日の事の様に想われる。
あの時の、あの風景を五十数年経った今でも、こうして駅舎の後地のペンチに、身をゆだね目をつぶると見る事が出来る。
私もあの時の、あの風景に魅せられているのかもしれない。
忘れえぬ人々
鉄道は、地域住民の足であると共に、駅は、鉄道の顔であり人々が最初に利用する施設である。
駅は、不特定多数の御客様が離合集散を繰り返す場所なのだ。
その駅で出会った人の中には、様々な経歴の人がいた。
山師
私は、木製のベンチにもたれながら浮かび上がる想い出の一人に山師がいた。
その人は、大きなリュックを背に手には、設計図を入れる様なフ―リケースを持ち、幅広の大きな帽子を被り登山の様な服装で列車を降りると改札をしている私に
「つかぬ事を尋ねるが、この駅で貨物を取り扱っているかね」
「はい、貨物は、取り扱いをしていますが」
「確か、この駅から輝石を出荷していた。と聞いて来たのだけど」
「輝石ですか、今は、出荷はしていません。山は、もう廃山になっています」
「そうか、銅山の方は、廃山になったと聞いていた。が、所で廃山になった場所に行きたいのだけど判るかね」
「ちょっと待って下さい。私は、判りませんから聞いてみます」
私は、事務室に入ると宮部先輩に
「先輩、鉱山の後地が判りますか」
「鉱山って、銅鉱山の方かい。それならこの駅からだと少し遠いいが、あそこに行くつもりかい」
「いえ、私でなくお客様がお尋ねで」
私達が事務室で話をしていると、その客が事務室に入って来て
「この辺りの地理に詳しい方は、貴方かな、少し教えて貰いたい」
と言ってフ―リケースから数枚の地図を取り出し駅長机に広げた。そして宮部先輩に
「この地図は、この近辺の地図だが銅と輝石の鉱山跡は、どのあたりになる」
宮部先輩が場所を示すと、その客は、赤鉛筆でしるしをすると別の地図を出して並べて見ていたが
「うんうん、間違いない。間違いない」
としきりに呟き納得した様に頷いている。すると宮部先輩がその男に
「一体何を調べに来たのだい。銅山も輝石の山も今は、掘り尽くして廃山になっているのに」
すると男は、全員を見渡すとケースから別の地図の様な物を広げると得意げに
「これは、地質の分布図だ。この地区の下には、金の鉱脈が眠って居るのだ、ここに高い山が在るだろう、その山の下に黄金が在るのだ。わしは、この鉱区の権利を持っているのだ」
と男は、広島鉱山局の交付書を見せて自慢した。宮部先輩が男に
「この地区の銅は、掘り尽くした。と聞いているし,輝石は、採算が合わなくて廃山になって仕舞った今更この地区に金の鉱脈が有るとは、思えないが」
「だから、素人は、困るのだ。いいかお前さんが教えてくれた銅山と輝石の廃山跡の二か所を線で結ぶと、その線上に高い山が在るだろう、この分布図から見るとその山の下には、金の鉱石が眠っているはずだ。金が採掘されだすとこの駅は、忙しくなるぞ」
「そんなに調子よくいくかね、誰しも見込みが無いから廃山になったんだろ」
「それは、鉱山技師の連中に見る目が無かったのだ。わしがこれから調査してその証拠を見つけて来るからな」
と言って男は、駅を出て行った。すると宮部先輩が
「山師だけあって法螺吹きだなぁー今更この地区に金山でもあるまいに」
「でも先輩、あの人の話を聞いて居るとロマンを感じますね」
「バカ云え、黄金が在るのならとっくに掘って居る廃山になった時点で調べ尽くしているはずさ」
宮部先輩の云う通り、それから先も黄金が出たと言う事は、耳にしなかった。
埋蔵金
黄金に取り憑かれた人は、山師に限らない。それは、二月下旬の良く晴れた寒い朝の事だった。
下りの列車で降りた三人の客は、私と同年代の若者だった。
三人の若者は、それぞれが大きなリュックサックを背負い両手には、持ち切れない程の荷物を持って降りて来た。その内の一人が改札をしている私の所に来ると
「少しお尋ねしますが岩崎城に行くには、どう行けばよいですか、バスがあるのなら何処で降りればよいでしょうか」
「エッ、貴方達、岩崎城跡に行くつもりですか、あそこに行くには、バスは、有りませんし、この駅からだと五km程有りますが歩くしか無いですよ」
「そうですか、仕方ないですね。おぉーぃ歩くしかないってさ」
すると後ろから荷物を持っている二人が
「仕方ない。歩きだってさ、こいつを持って歩きか」
とブツブツ言いながら待合室に荷物を運び込むと
「駅員さん、この近くにお米を売っているお店が有りますか」
「お米ですか、この先に西本商店という、雑貨屋さんが有りますから、それはそうと貴方達、岩崎城跡になにしに行くのです。あそこは石垣だけですよ」
すると三人は、顔を見合わせ笑みを浮かべながら一人が
「僕達、東京から来たのだけど、実は、古文書を調べていて、この岩崎城が三回落城し二回再建され、その都度黄金が運び込まれた。と書かれていたのてす,僕達は、戦になって落城すると云う事は、城に有った黄金も落城の時に隠したのではないか、という結論に達し、それならば僕達でその埋蔵金を見つければ、大金持ちになれるのでは、と言う事で来ました」
「おいおい、黄金に目が眩んだのは、お前だけだぞ」
「良く言うよ、そう言うお前だって埋蔵金を見つければ俺達有名になるぞ、と言っていたくせに」
「まあまあ、二人共止めなよ、駅員さんが笑って居るぜ」
私は、苦笑いをしながら
「東京からねぇ―、確かに岩崎城には、埋蔵金の伝説があるのは、聞いています。けど今迄に何人もの人が捜されたと聞いていますが、でも見付かったとは、聞いて居ませんけど、それにしても、その様な大きい荷物を持って、新幹線に乗れましたね」
私が尋ねると
「とんでもない。新幹線に金属探知機など持ち込む事など出来ませんし乗れませんよ、東京からは、銀河ですよ、後は各停です」
「金属探知機ですか、そんなにしてまで、こんな山奥まで?でも今の時期は、いいですよ、夏だとあそこは、口縄の産地ですからね」
「駅員さん、その口縄って何ですか」
「あぁ、そうか口縄では、判りませんね口縄は、このあたりの、方言で蝮の事です岩崎城跡には、蝮が沢山いるんです」
「僕達も先生から山城に行くのなら蛇の出ない冬場にしなさい。山城跡は、往々にして蛇の住処に成っていますから、と言われました」
「そうでしょうね。昨年の夏も、岩崎城跡には、蝮取りが三回程来ましたからね」
「何ですか、その蝮取りって」
「あぁ蝮取りと言うのは、蝮を専門に取って回る業者の事です」
「えっ、毒蛇取りが商売になるのですか、それにしても危険な仕事ですね」
「我々だと危険ですが、あの人達は、蝮に負けません素手で取りますからね」
「エッ毒蛇を素手で、咬まれるでしょ、如何するんです」
「だから、あの人達は、咬まれても平気なのです、咬まれた所が少し腫れるだけだ。そうです事実私もその人の腕を見せて貰いましたが肘から下は、蛇に咬まれた痕でゴツゴツしていましたよ」
「でも毒蛇を何故素手で捕まえるのですかねぇー」
「蝮は、金物を嫌うんです、鎌で捕まえた蝮は、鎌を当てた所が腐るそうです、それでは、商品に成りませんからね、ですから蝮を捕まえたら巾着袋を蛇の首に被せるそうです、すると蛇は、とぐろを巻くから、それを小袋に入れ、それをドンゴロスで作った背負い袋にしまうそうです」
「毒蛇でも商売になるのですね。一体何に使うのです」
「蝮は、色々使いますよ、皮は、傷に張れば治りが早いですし身や骨は、乾燥して焼いて食べれば根が落ちた時の精力剤になり、小さく切って少しずつ七輪で焼いて食べれば滋養強壮の薬になりますから」
「それは良い事を聞いた。帰りの土産にお婆ちゃんに買っておこう」
「お前本当にその様な物を土産にするつもりか」
「そうさ、何しろお婆ちゃんは、俺のスポンサーだからな埋蔵金を見つけたら、その一部を出す約束だけど、見付からなかった時の保険のつもりにするつもりだよ、年寄りの特効薬とか云ってね」
「なる程、それは良い思い付きだ。俺も爺さんへのご機嫌取りに使おう」
「そうだろう、この様な物、東京じゃー見た事無いもの、埋蔵金を捜しに行ったと言う証拠にもなるしね」
「皆さんのお家には、七輪があるのですか」
「駅員さん、ご心配なく、こいつらの家は、農家ですから、まだ槇で風呂を沸かしているのですよ」
「チェッ、自分だけ区内だと、思ってさ」
「でも皆さん東京でしょ」
「あちらの二人は、茅ヶ崎と小金井で私は、世田谷です。所で駅員さんその乾燥された蝮は、何処に売っているのです」
「そんな物は、売っていませんよ、岩崎城跡の附近の農家の軒先にぶら下がっていますから、そこで分けて貰ったら」
「何処の家でも有りますか」
「何処の家でも有る。と言うわけには、行きませんがその近くで聞いてみれば有ると思いますよ」
「駅員さん有難う御座いました。これから岩崎城に行き必ず埋蔵金は、見つけて来ますから」
そう言って私と雑談しながらも荷物を持ち直した三人は、張り切って駅を出て行った。
私は、埋蔵金や宝捜しに夢中になれる同年代の三人の行動に、侮蔑と羨望のいりまじあった複雑な気持ちで見送った。
その日から十日後の朝、私が職場に出ると美野先輩が
「おい、山方君、昨日三人の大学生が出札窓口で、この駅の若い駅員さんに、埋蔵金は、出て来ませんでした。とお伝え下さい。と言って帰って行ったぞ」
「そうですか、無い物を幾ら捜しても出て来るはずもありませんしね。でもあの人達よく十日間も、テント暮らしをしたものですね」
「それがなぁーテントを使ったのは、二日だけだって後は、公民館で寝泊まりしたらしいぞ」
「よく地区の公民館を借りれましたね」
「それがなぁーテント生活では風呂が無いだろう、それで民家に風呂を貸して貰えませんか、と言ったら、その農家の人の世話で公民館を借りれた。そうだ」
「そりゃ、そうですよ、農家の人も毎晩、若い男が風呂を借りに来られたら溜まりませんよ、だから世話をしたと思いますよ」
「そうだろうなぁー、まあノ―天気な若者だったからなぁー、あっそうそう土産だと言って蝮の干物を数本持っていたぞ」
私は、三人の落胆した顔を、想像しながら仕事に就いた。
金さん
私が着任して八ケ月程経った。ある師走の朝、駅の窓口に来た青年が私に
「住田商店の金さんの荷物を持って来ました。上りホームの端に置いて置く様に頼まれましたので」
「あぁ、良いですよ、どうぞ」
青年は、私の了解を貰うとトラックに積んでいた荒縄で縛ったドンゴロスの袋を四袋上りホームに積むと
「上り列車が来る前には、必ず積み込みに来ますから」
と言って帰ってしまった。
三十分程して上り列車の改札をしていると住田の金さんがやって来て私に
「松蔵さんは、来たかい」
「松蔵さんって」
「あぁ、そうか山方さんは、知らないわね、ドンゴロスは、持ってきているよね、どうしたんだろう、もう汽車が来るよ」
「住田さん、もう向こうホームに渡らないと列車が入りますよ」
「仕方ないねぇ、山方さん頼まれてくれないかい」
「何を、ですか」
「あのホームの端に積んであるドンゴロスを汽車に積んでくれない」
その時私は、何も考えずに
「あぁ、いいですよ」
と返事をして、列車が入ると最前部の通路にドンゴロスを積むと住田さんは、その上に腰を掛けた。
列車が出て事務室に戻ると駅長が笑顔で私に
「山方君、いま君が積んだ荷物は、何か判るかね」
「そうですね、あの重さからだとお米ですかねぇー」
「そのとおりだよ、あれはヤミ米だ君は、その手伝いをしたのさ、警察に言わせれば、食管法違反で逮捕するぞ、と言うだろうね、それにこれからは、ヤミ米の季節になったから今日の様にヤミ米を積み込むだろうね」
私は、訳が判らず
「何ですか、それ」
「つまり君は、あの金さんのヤミ米販売の仲間なのさ」
「そんなぁー、私は金さんに頼まれて積んだだけですよ、それで犯罪者ですか」
「それが、金さんの手口さ、あの人は、関係の無い人迄巻き込んで、自分のしている事を薄めるのが得意だから、以前にも今日の様な事があってね、そのスジから問い合わせがあり、この駅の職員も仲間だと疑われたケースが有ったのだよ、だから君にも注意したと思うよ」
私が唖然としているのを見て駅長が笑いながら
「でも、大丈夫だと思うよ、あの人は、一回使った手は、滅多な事が無い限りには、当分使わないからさ」
駅長の言う通りそれから数度ヤミ米を運ぶのを見たが手伝いの要請は無かった。
しかし、この金さんには、もう一度ひどい目にあう事になる
それは、私がこの駅に来て三年目の秋の事だった。
ある日私は、夕食の材料を買いに住田商店に行くと店番をしていた金さんが
「山方さん、明日は非番でしょ、何か用事があるの」
「別に無いけど」
「あんた、柿の木に登れる」
「そりゃぁー大概の木には、登れるよ」
「じゃー一つ頼まれてくれない。明日柿を取って欲しいのだけど、なぁにー其処に在る籠にいっぱい取って呉れれば良いから」
と店の隅に置いてある竹籠を指差した。
「あぁ良いよ」
私は、軽い気持ちで引き受けた。次の日仕事の引き継ぎを済ませると、その足で住田商店に行き
「金さん、来たよ、何処に行けば良いの」
「もう少し待っておくれすぐに出るから」
と言って奥に入って、何処かに電話をしている様子だった。まもなく奥から出て来て
「御免ね、待たせて、さぁー行こうかね」
と竹籠を持ち歩きだした。私は
「柿の木が在る所は、遠いのかい」
「すぐそこだよ」
少し歩くと
「山方さん、ちょっと待ってておくれ」
と言うと、金さんは、一軒の家に入り、そこの婦人と一緒に出て来た。
婦人を見ると保線区に勤めている岡田さんの奥さんだった。私は
「おはようございます。こ無沙汰しています」
私の挨拶に婦人は
「まぁー山方さん、貴方だったの、先程金さんから電話で柿の取り手が見付かったからと電話が有ったのよ」
私達三人は、そこから少し歩き、ある平屋の側にある柿の木の前に来た。すると金さんが私に
「この木だけど登れるかい」
その木は、二mぐらい上迄は、枝も無く、これでは身体の不自由な金さんには、柿取りは、無理だと思った。
「これだね、登るから後で籠を貸してね」
と言うと私は、スルスルと木に登り足場を固めると柿を手積みで取り出した。
渡された竹籠に八分目程取った頃、側の平屋からお婆さんが出て来てこちらを見ると家に向かって
「お爺さん、誰か柿を取っているよ」
と大声を出した。すると奥から
「なにゅぅーお婆さんは、大きな声を出しょうるんなら」
と言いながら家の外に出ると柿の木に登って居る私を見て
「ありゃー駅員さんかな、何にゅぅーしょうりんさる」
「あぁ、重本のお爺さんおはようございます。お爺さんのお家は、此処だったのですか、今日は、非番で金さんに頼まれて柿を取って居るんですよ」
「こりゃーわしの家の柿じゃがのぉー」
「エッ、金さんとこの柿の木と聞いていますが」
「うんにゃーあ、間違いなく、うちの柿じゃ」
私は、それを聞くと少し離れて見ている金さんと岡田の奥さんに
「金さん、重本さんは、こりゃあうちの柿だ。と言っていますけどこの柿の木は、金さん所の柿の木では、無かったのか」
私の問いかけに金さんは、バレタかと言う様な顔をしてうなづいた。
私は、すぐに柿の木から降りると竹籠を重本さんに渡し
「申し訳ありませんでした。無断で柿を取りまして」
と深々と頭を下げると
「まぁ、駅員さんは、知らなかった事ですし」
と重本のお爺さんの言葉に少しホッとして
「それでは、これで失礼します」
と再度お爺さんに頭を下げその場を離れたが。駅に帰るまでの道中は、騙された事の悔しさとそれに乗った自分に対する腹立たしい思いで一杯だった。
次の出番の日に改札をしていると金さんが荷物を背負って来て私を見るなり
「おはよう、先日は、お世話様」
と何事も無かった様に改札を出ると列車に乗って行った。
私は、金さんの何時もと変わらぬ平然としたその態度に唖然としたが、先日の事にこだわって居るのは、私だけで金さんには、しごく当然の事かも知れない。と考えたらバカバカしく思えてきた。
後日岡田の奥さんに会う機会があり、あの時の事を聞くと奥さんは、苦笑いをしながら
「山方さん、あの柿は、重本のお婆さんが私に柿を取りなさいよ、と言った話を金さんにした事があるのよ」
「金さんに、その話をしただけですか」
「そうよ、だから私も吃驚して、てっきり金さんも重本さんに了解を取って居るものと思って居たのよ」
「それで私が盗った柿は、どうなりました」
「それがね、金さんが屁理屈を言って重本のお爺さんから柿を取りあげたのよ、お蔭で私は、重本さんや金さんにも頭を下げぱなっしよ、金さんの話に乗って付いて行かなきゃよかったと思ったわ」
「それじゃー、奥さんも金さんの出汁に使われたんですね」
「そうよ、山方さんも私も、とんだ道化だわ、一番よいことをしたのは、金さんだけよ、にこにこしながら竹籠を背負って帰って行ったわ、私、後からお爺さんに散々厭味を言われたのよ」
「とんだ災難でしたね」
「でもね、山方さん、あの後、金さんと出会っても断りの一つも言わないばかりか、平気な顔をして挨拶をするのよ」
「そうでしょ、金さんにとっては、柿が手に入れば人の事は、お構いなしですからね」
私がそう言うと岡田の奥さんは、苦笑しながら改札口を出て行った。
田舎の人だから良い人ばかりだとは、単なる思い込みにすぎない。この金さんの様に人の悪い者もいる。
駅の改札口にいるとお客様の中には、山師ゃ蝮取りの様な異様な事を生業にしている者や埋蔵金捜しに夢中になっている大学生もいるし、また金さんの様な人の悪い田舎者もいる。
この様に田舎の駅でも多種多様な人々が出入りしていたのである。
それが今では、人々から必要とされない駅や鉄道となってしまった。かつては、あれ程賑った駅前も今は人影も無く時折通る一両編成の気動車もガラガラであった。