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第三章 十七話


 テンラは獣心共和国の勢力図内の人間の村で、父、人間のアビゲイルと母、ハーフエルフのネルの間に生まれた。

 アビゲイルは若くして親から貰った農場で農夫をやっており、ガタイは良かったし、性格も聖人とまではいかないが娘と嫁を一番に思う男だった。

 ネルは綺麗なエルフでハーフエルフだったため、手先と頭が良く、村の子に勉強やお料理を教えていた。


 「あの子はほとんど人間の子ね、ただ耳がエルフ耳だから私の子なのは分かるわ」


 「良いじゃないか、ネル、私たちの子がエルフでもハーフエルフでも人間でも」


 「そうね、私もそう思うわ、アビー、でも私、不安なの、テンラがどこの種族にも馴染めずに可哀想な思いをするんじゃないかって」


 「大丈夫だよ、ネル、私たちが見守ろう」


 「ええ、そうね」


 そんな会話をたまたま聞いたのは十の頃だった。テンラはそのころ、村の子どもたちに混じって遊んでいたがやはり耳の長さや村のどの子よりも可愛かった外見のせいで浮いてしまっていた。いじめられたわけじゃない。ただ居心地が悪かったのだ。


そんな日が続くうちにアビゲイルはテンラとネルの前で大きい地図を机に広げた。ネルはそれを見て不安そうな顔をした。テンラは父の話ことはいつもタメになると思っていたので何を言うのか楽しみにウキウキとした表情を浮かべた。


 「実はな、明日にでもエルフの森に住居を移そうかと思うんだ」


 「反対よ! あの村には帰らないわ!」


 声を荒げたのは普段穏やかな性格のネルだった。ネルはアビゲイルを強く睨んだ。テンラは喧嘩をしだすのかと思い、ウキウキした表情を変え、顔を俯かせた。


 「ネル、君も言ってたじゃないか、馴染めないのかもしれないって、なら人間の村で十年余りを過ごしてみたんだ、今度はエルフの村を試してみたって良いじゃないか、もしかしたらそっちの方がテンラには過ごしやすいのかもしれないし」


 「でもあの村には父さんならまだしも、私の祖父と祖母が居るの、絶対、歓迎なんかしてくれないわ」


 「ひ孫や孫の君の顔を見て怒る人は居ないと思うよ」


 「人間の祖父ならそうかもしれないけど、エルフは血が重要なの、テンラのようにエルフの血が薄い子をひ孫と認めるかどうかさえ、怪しいわ」


 「じゃあ、こうしよう、日帰り旅行でおじいさんに挨拶して歓迎してくれるかどうかで決めよう?」


 「……わかったわ、アビーは自分の意見を曲げないんだから」


 「わがままかもしれないけど、ちゃんとネルとテンラの事を考えているつもりだよ」


 ネルはそんなアビーの言葉を聞いて諦めがついたように微笑んだ。テンラは親が仲直りしたと思い、顔を上げ、アビーに笑いかけた。


 「お父さん! エルフの森ってどんなところなの?」


 「お父さんも行ったことは無いんだけど、母さんの様に美人さんが多く居て、緑が綺麗な場所だよ」


 「もう、あなたったら、良い? テンラ、綺麗な場所だし、鳥や蝶が住むのどかな村よ」


 「楽しみ!」


 正直、テンラは父と母が一緒ならどこに居ても良かった。諦めが悪く、テンラのために色々な事に挑戦する父。優しく、色々な事を教えてくれる母。そんな両親をテンラは愛していた。



 エルフの森での私たちの待遇は最初は良かった。まず、母は元々本村の偉いエルフの家系だったが、ネルの父が人間の子と結婚したことで没落した。

 そんな祖父であるネルの父、テンラの祖父は最初、テンラの一家と二世帯で住んでいたが、流行り病で祖母が無くなり、祖父はエルフの森に里帰りした。そして謎の事故で他界したこともあり、テンラの一家が森に入って尋ねたのは大祖父の家だった。


 「なんじゃ、お前ら……その顔はネルか?」


 「はい、大祖父様」


 森の奥にある家は没落貴族らしい手入れが行き届いていない大きな木で出来た家だった。この家だけは先祖から貰った物で唯一残ったものらしい。

 だが、すでに大祖父に貴族趣味を楽しむ金など無く、修繕を頼むのも、お手伝いを雇う事さえ出来ていなかった。

 そんなわけでその大きな家を訪ねて出てきたのはその大祖父のエルフだった。大祖父はエルフの上の人

という事を示す金色の糸で紡がれたエルフの文字が目立つ白い正装を着用していた。目がつり上がっており、まるでコソ泥を見るかのような目で三人を見つめるが、すぐにネルに気づき、表情を驚きに変えた。

 テンラは大祖父の目を見て酷く怯えたのを覚えている。だが、大祖父は物語でよくあるいびったり、家族をいじめたりするような意地悪な男ではなかった。そこだけはネルの見当違いだった。


 「あの、どうもネルの夫で、アビゲイルと言います」


 「ネルも人間と結婚していたか」


 「ごめんなさい、大祖父様」


 「ふふっ、気にするな、昔、お前の親父に怒って以来、そんな事気にするのが馬鹿らしくなったわ」


 その言葉にネルは意外そうな目で大祖父を見た。そんな事を言われるとは思わなかったのだろう。アビゲイルはなかなかの好感触に顔を笑顔に変えると手を差し出した。すると大祖父もアビゲイルの手を握り、握手をした。

 握手が終わり、大祖父はテンラに目を落とす。テンラは初めて会う大祖父に怯え、ネルの背中に隠れようとした。


 「この天使の様な子はネルの娘か? こんにちわ、えっと」


 「テンラです、大祖父様」


 「そうか、テンラ、怯えなくていいよ、おなかは空いていないかい?」


 大祖父は膝を曲げるとテンラの目線に合わせてそう聞いてくる。テンラは自身のおなかに調子を聞いた。答えはイエスだった。テンラは小さくうなずく。


 「そうかそうか、汚い家だし、昔のような豪勢な食事は出せないが用意することにしよう、アビゲイルくんとネルも遠慮しなくていい」


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