序章 五話
「さ、待たせたな、これが私の勝負着だ」
「勝負パンツみたいに言うのをやめろ」
ようやく中に入ると、やはりピチピチのズボンとはち切れそうな白いタキシードでお出迎えを受けた。それについてはもう総馬は初めて家に来た時から諦めていた。唯一の救いはこれで大学に来ない事だ。
そんな豚に真珠みたいな明人から目を離すと、辺りに目をやる。外観通りの裕福な家庭を表すような家の内装に心を奪われる。だが、少し、内装に違和感を覚えた。前来た時に至る所に貼ってあった美少女の卑猥なポスターが根こそぎ無くなっていたのだ。
「あのポスターたちは?」
「う、うぬ? ああ、家政婦に怒られてな、貼るのをやめたんだ」
「逆にこれまで怒られなかったのかが不思議だよ」
少しぎこちなく答える明人に嫌味を言いつつ、二階に上がった左奥にある部屋に向かった。明人の部屋の横の部屋に立ち入り禁止のシールが貼ってあったが明人の事だ。二次元グッズが放置されているだけだろうと総馬は質問しなかった。
「俺の聖域にようこそ」
部屋に入ると一人で使うには広く、10畳ほどもある部屋で、まず目につくのは美少女フィギュアやロボットなどのプラモが入った棚が五つほど鎮座していスペースだ。総馬は興味など無かったが毎回圧巻される。
そんな部屋には一畳ほどを丸ごと占領したモニターとデスクトップ並みの大きさの機械が置かれていた。だが、デスクトップパソコンは別で置かれていたため、これが明人が言っていたゲーム機なのであろう事がわかった。頭に被れるようなヘルメットのような機械もそのデスクトップ並みの大きさのゲーム機に付いている。
「ゲームの話もそうだけど、お前の親御さんも何気金持だよな」
「そんな事は無いぞ、私のこの家の家賃、光熱費、携帯代、それら抜きでも小遣い八万程しかもらっておらん」
「俺と喧嘩したいの?」
最近のSNSに沸くお正月のお年玉で十万以上貰ってるのに少ないと嘆く小学生の様な事を言う男の胸倉を思わず掴んでしまう。総馬自身、喫茶店でバイトをして趣味や食事を我慢して、彼女とのデート代などに全振りしてやっと一人暮らしが出来ている。好きでやっている事とはいえ、こんな余裕な態度を見せられ不快な気持ちにならない者は居ないだろう。
「じょ、冗談だ、私も学業の傍ら副業があると言う事だ」
「副業?」
そんな話は初耳だが、元々明人は趣味の話や自分語りしかしない類の人間だ。だが、その自分語りにもバイトや副業の話など話しされた事などない。総馬は少し訝し気な表情を浮かべながら明人の胸倉から手を離す。
「ふう、すまないな、残念ながらお前にも教えられないのだ」
「いや、うん、大丈夫」
どうせくだらない事だろう。コンビニバイトを店長や客と言い争う戦場と呼ぶような男だ。大した事はしてないはず。総馬はそう思い、さっさと聞くのを遠慮したが、明人はさっきから手を額に当て、やれやれと言わんばかりに顔を振ったり、鼻で笑いだしたり、腹立たしい男だ。いや、まさか……。
「……聞いてほしいのか?」
「は? だから教えられんと言ってるじゃないか、話を聞いているのか?」
「変な仕草してるからほんとは聞いてほしいのかと思ったんだよ!」
呆れ切った声でそう言われ、総馬は思わず声を荒げる。だが、明人は、どこが変なのだ、このスタイリッシュな動きを見ろと言い張り、腕を広げ、謎のポーズをした動きを繰り出す。総馬にはただ腕を開閉しているようにしか見えない。
「あーうん、かっこいい、かっこいい」
総馬はこれ以上何か言うとこの話題は永遠に続くだろうと察し、そこら辺にあったリモコンを取り、ゲーム機が付いたテレビに向かって電源ボタンを押す。テレビの画面にはニュースキャスターがニュースを読んでいるところだった。ニュースは最近増えている総馬たちの周辺地域での行方不明続出というニュースだった。総馬は一瞬気を引かれるが、テレビの前に躍り出てきた明人に遮られる。
「おい、ほんとに見たのか! ほれほれ!」
「分かった分かった、そこどけ」
相も変わらず謎のポーズを取り続ける明人にイラっとした総馬はその巨体の肩に軽く手を置き、退かすが、ニュースは既に夏の大三角形の話になっている。冬なのに。
「夏の大三角形の出現予報を今から見てどうする、彼女と見たいのか? 今から夏の予定づくりか? がっつきすぎだぞ、バアアギ君」
「誰だよ、バアアギくん、違う、その前のニュースだ」
「行方不明の幼女の話か?」
一瞬、明人の声のトーンが落ちた気がした。だが、幼女とは言っていなかったはずだ。総馬は聞きそびれたニュースの断片を思い出しながら首を傾げる。
「そんなニュースだったけ?」
「ああ、いや、全然聞いてなくて適当に考えた」
声のトーンが落ちたのは気のせいだったのか。ドヤ顔でそう言う明人だったが、ドヤ顔をした意味はわからない。お前の中で勝手に誘拐された幼女を返せと言おうとしたが、その前に明人がこちらに手を差し伸べてくる。