序章 四話
明人の家を初めて見た人は明人を金持だと思うだろう。ゲーム機を買う件では嘘をついたとはいえ、親から五十万を貰っていた時点で、実家はその通りなのだろうが、普段冴えないオタクとして見られている明人が富豪というのは少しギャップがある。さらに普段から同じ服を着回しているため清潔感は無い。
ただ一つ、明人の口から聞いた中で意外だったのは毎日、風呂に2度入るということだ。それには総馬もまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
そんな明人の住む家は一人暮らしにしては手広で、家の周りに塀や庭まである。そんな赤色の一軒家の五LDK住宅の入り口にある門を抜け、玄関入り口まで歩いていく。そして、玄関入り口の扉の横にある〈大島〉と書かれた表札の横にあるインターホンを鳴らした。
『合言葉は?』
合言葉なんか知らないぞ? 総馬は一瞬考え込むが出てこない。こういう所がこいつのめんどくさいところだなと総馬は腰に手を当て考え込む。
『合言葉が言えないようなら少し待て、王の準備がある』
王がなんだか知らないが、この寒い日で外に長々と居たくないと思った総馬はインターホンを人差し指で連打する。家の中から連打した分だけのインターホン音が外にまで漏れてくる。
「おいこら、さっさと開けろ」
『こんな精神攻撃でこのレッドクラウン城が落ちると思うな!』
引きつった声であくまで徹底抗戦の様を見せる明人に総馬は呆れた様にインターホンを鳴らすのをやめると、インターホンの音声を流す場所にギリギリまで顔を近づけた。
「早く開けないと、お前が俺に無理矢理押し付けたエロゲ売り飛ばすぞ」
声のトーンを落とし、脅すようにそう言うと、家の中からドタドタという物音が聞こえてくる。そして、開かずのレッドクラウンとか言う家の扉が開かれる。
「お、お、お前! あれは初回限定版の特典ディスク付きのレアものだぞ! あれは売ると言うのはいささか冗談でも度が過ぎてるぞ!」
「お前こそ合言葉とかまどろ―――」
逆切れしだし、唾を飛ばしながら怒鳴る明人にキレてるのはこっちだよと怒鳴ろうとした総馬だったが、家から飛び出てきたワイシャツにパンツ一丁のブサイクな男に絶句した。と言っても明人なのだが。さすがに外に晒していい恰好ではないだろうと不快な気持ちになり、怒鳴るのはさすがに我慢をし、絶望したかの様な声を漏らす。
「なんだよ、その見苦しい身なりは」
「ん? 私の私服だが?」
総馬の当然の疑問に何を言ってんだお前はと言いたそうな態度で怒鳴るのを止めた明人は、訝し気な表情を浮かべる。
そんな明人の態度に呆れた総馬だったが、少し明人との記憶を巡らせる。前に家に来たときはきちんとした格好をしていたと思うのだが。いや、パンパンにはち切れそうな純白のタキシードに純白のスラックスを履いていた。総馬は昔の光景を思い出し、その時は今ほどではないが絶句したのを思い出したが、やはりその時よりもひどい。
「ああ、なるほど、確かに口から胃が出そうだよ、気持ち悪さで、ほら、お前が見たがってたグロ光景だぞ」
総馬は朝話していた内臓が飛び出るほどの驚きを見せると言っていた明人の言葉に嘘偽りは無かったなとその見苦しい恰好を見つめ、嫌悪の表情を浮かべる。
「ん? 何を言っているのだ?」
だが、明人は朝話していたことなどすっかり遠く遥か昔の話らしい。まるで総馬がおかしい事を言っているかのような態度だ。
「なんでもない、というかお前、この前はなんかきちんとしているのかしていないのか分からないが、変な白い服を着ていただろう、あれはなんだ、破れたのか?」
「破れるわけないだろ、ピッタリだ。それに客が来るときは普段絶対あれ―――いや、純白装備を着ているぞ、だが、今日はお前が急かすから」
ピッタリなわけないだろ、パンパンだったぞ。なんて嫌味を言おうかとも思ったが、その前に急かしたからこの恰好なのだという批判について問わねばならないと総馬は顔に困惑を現した。
「俺がいつ服なんかいいから出てこいなんて言った?」
「いや、そうではなく、インターホンの下りは全て、私の策だったのだ」
「あの下りの間に着替えようとしていたと?」
「だから王の準備を待てと」
「まどろっこしいんだよ! 着替えるために待ってほしいならそう言え! しかもお前が王様かよ」
我慢しきれずに声を荒げる。あまり声を荒げる事が少ない総馬は慣れない事をしたせいか口から咳が漏れる。総馬の文句を明人は納得したようにうんうん頷くき、総馬の両肩に手を置いた。
「そうか、なら待っていてくれ!」
爽やかそうに言ったのだとしたら総馬はそうは思えない。だが、明人は俺のリアクションも待たずに家に引っ込もうとした。総馬を残して。
「あ、俺を中に入れ―――」
言い終わる前に明人の家の扉は無慈悲に閉じられた。総馬は怒鳴る事さえ疲れ、玄関の前にへたり込んだ。明人が家の玄関の扉を開けたのはそれから十分後の事だった。